そう
女と男
主導権は女にある。
男は女に選ばれるのだ。
お気に召すようにエスコートするとゴールは開ける。
だから男は喰っているようで喰われている。
だまって喰われるのが男だろうか? [
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re*construction
去年は卒業設計が終わり自分のなかで建築に対する試みがひとまずの終焉を迎えた年だった。大した成果もないままの撤退であり、心身ともに疲れ果てていた。自分にとって少なくとも何かする気力が湧いてきたのは学部卒業の区切りを越えた、四月になってからだった。
自分のなかで最も大きな部分を占めていた建築に対する情熱は安藤事務所でのインターンを通して変容した。「想いがなくてはいいものはつくれない」安藤忠雄が吐いた言葉のなかで一言をあげるとすればこの語をあげよう。この言葉をきいたときに自分の中で中心を占めているのは建築ではないことを知った。人やその集団が自分の心を捉えているのだった。建築は気持ちを押し殺してまでやる職業ではない。いやすべての職業は嬉々としてやるものでなければならない。そう悟り、かねて頭の片隅にあったmackineyへの就職を考えるようになった。
結果としてそれはうまくいった。ifなどないがもしを考えるとぞっとするがすべては結果なのだ。建築に対する情熱はひとまず括弧の中にはいり、ひとつの区切りを迎えた。
それとは別に家族の問題がある。自分にとって家族は大きな存在だったが、同時に疎ましいものでもあった。高校二年生で塾に通い始めてから家族で食べる夕食は無意識に避けるようになってた。建築学科が始まってからも必要以上に大学に居続けたのも華族から離れたかったからだろう。
問題の根底にあるのは母親である。甘えの構造が自立を、自覚をはばむ。彼女の押し付ける関係は彼女の提供するサービスに対する代価だった。だからありがたくもなんともないし、成長を阻害する因子以外のなにものでもなかった。
ということでいま国際交流館で一人暮らしをしている。いまだ母親との関係には問題がある。彼女ができないのも一重にこの依存関係から脱し切れていないことの証左だろう。もしかしたらこれは金銭的な自立を果たしてからになるかもしれないが。
ここは由々しき問題でどうにかしなくてはならないな。
また身体面でいえば料理の研究と筋トレ、ダンス、目の体操、政体の研究を通じてかなりの改善が見られた。
というわけでreconsturactionはひとまず成功だったといっていいだろう。焦土のような心身の状態から就職を成功させたのだ。2007年はこの流れを確かなものにしたい。 [
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天才について
天才とは一瞬に思考する人のことをいう。
インスピレーションは結果として論敵である。
あくまで結果なので論理的であろうとすることは思考を停滞させる。
イメージ、インスピレーション、しかるべき構成、ルール。
インスピレーションとは発見により
状況が不連続に変化したことをいう。
話が長いというのはインスピレーションを得たときの
ひとつの兆候だといっていい。
明確に見えているが言語が追いつかない場合である。 [
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システムについて
疎外という言葉がある。
ごく単純にいえばシステムに適合していない部分の状態をさすのだが、人間はものと同時に主体でもあるせいで
それを単純に不適応とするだけでは状況はすすまない。
感情的な意味づけをしてはじめて人間として
その状況に関わることになる。
つまり。。
現状はいくつかのルールをもつシステムに分解できる。
いくつもの選択肢が存在するが、現実に自分がとりうるものはいくつかの制約によって制限される。たとえば金であったり時間であったり。ほとんどの場合はこの二種類が物理的な制約となって行動を絞るが、そこまでではものやシステムそのものとなんらかわりはない。
人間が人間である由縁は、その状況を名づけることにより、感情という新たな通貨を発生させることにある。メールを返すという処理は適切な解を見出すことと、それに対する感情を発生させるという二段階にわけて処理される。 [
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something graet
科学者はなぜ神をみるか?
あまりに巧妙なシステムを見ると人はついつい神だとか天才だとか、思考の範疇外においやってしまう。別次元の存在の仕業にしてしまえば深入りすることなくすますことができる。そもそもすべてを知ることは不可能だから、それは人間という記憶装置が備えている安全弁みたいなものかもしれない。目の前で動いてるパソコンの仕組みなんてまったくわからない。本当は知らないということは恐怖なのに、ふだんは気にならない。気にしないかわりにもっと生活に関連のあることがら、洗濯をいつするかだとかメールの返事をどう書こうか、そういうことに頭を使う。
科学者というのはそんな中で日常よりもシステムの方に興味をもたざるを得ない職業のうちのひとつだ。彼らは常日頃から物事の背景に潜む法則を探し当てようと考え続ける。そしてそのうちある事実を発見する。人間も、それが織り成す社会ですらも一個のシステムだということを。そこには主体性は存在しがたい。ある状況にある反応を返す無数の因子が相互に関連し合ってるだけなのだ。
ところがここでひとつの問題が発生する。本来ならば観測者はニュートラルで客観的な存在であるはずなのに、科学者は精密な機械にはなりきれない肉体をもっているのだ。システムを発見した科学者は考える。この感情はなんなのだろうか?巧妙なシステムに対する感嘆はそのうちそれをつくったなにかに対して向けられることになる。本当は単純な相互作用の繰り返しとフィードバックが作り上げたシステムを、科学者が単一の主体がなしたものだとしたとき、科学者はそれに「神」と名づける。 [
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行動主義
すべては行動に結びつく。
考えたら実行せなあかんでー
「それってなんの意味があるの??」
結果がかわるんや! [
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神はいない
そう神は存在しない。あるのは巧妙なシステムだ。人間はわずか50年という歳月を傾けるだけで、「人知を超えた」システムを作り上げることができる。偶然がシステムに組み込まれていき、当初思い描いていたものよりもはるかに精密で、強靭なシステムが生まれる。
それを力と呼ばずになんと呼ぼう。神はいない、というのは逆説的に可能性が無限であることの証左なのである。 [
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感情とシステムあるいはルール
想いが最初にくればいい。想いをかたちに変えるとき、ルールが必要となる。それは欲望ではない。人間の思念のうち最も強く崇高なのは想いである。
想いは未来形だ。
デザインも未来形。
哲学も分析もマーケティングも戦略も
すべては想いを実現するためにある。 [
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低調
やる気が起きない
やっぱり朝起きたらシャワーあびてストレッチしよう
白湯も飲もう
オレンジジュースも大事だ
あと
ためしに塩分を大目にとってみようか
こういうときは人前にでないほうがいいのだけど
そうも言ってられないよね
年明けは良かったから
2週間周期のサイクルかもしれない [
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