監獄街






スカイはマツから言われた寝室にいた。
向かい合わせに置かれている二つのベッドの片方はシーツも何も敷かれておらず質素な感じがした。
こちら側を使うよう言われスナオは空っぽのベッドに接近する。
窓を眺めても明るいままだ。
夜が来るのは2ヵ月後らしいが実感がわかない。
マツとフェイロンから簡単に説明を受け寝室に放り込まれた。
時計は何故かあるようでもう寝る時間だと言われ、多分フェイロンは寝てしまったのだろう。
四季どころか昼と夜すらない星に落とされたことは屈辱以外の何者でもなかった。
ぼんやりしていると激しい青空を切り取ったようなマントを頭からかぶった男が窓から侵入してきた。
彼はマントをとり軽く頭を振る。
見たこともないほど綺麗な男だった。
ぬけるように白い肌と艶だった赤い髪がやたら映える。
異様なまでに整った顔立ちはマネキンのようだ。
細い体から伸びるすらりとした手足がやけに中性的で。
極めつけは双眼にはめこまれた青い目である。
マントと同じ、いやそれ以上に激しく燃え立つ青空の光を帯びた強い眼だ。
透き通るようでいて美しい男はマントを窓枠に引っ掛けスナオを睨んだ。

「誰だ、お前は」
「新しい同居人。今まで一人部屋だったろ。仲良く住めよ」

振り返ればマツがいた。

「こいつスカイってんだ。冷たく見えるが寝は良い奴だぜ。スカイ、こいつはナオキだ。新しく来た囚人でケイプハンターに襲われていると子を連れてきた」
「一緒に住むと誰が言った」

マツが驚いてスナオを見た。
スナオは平然といった。

「宿を貸してくれたことと助けてくれたことは恩に着る。だが僕はお前たちと暮らすつもりはない。すぐに出て行く」
「まー、そう遠慮すんなって。スカイはこれで結構優しいんだぜ。いきなし殴ったりなんざしねえよ」

肩を組もうとするマツを振り払う。
馴れ合いたくなどなかった。
何もしていないのにこんな辺境の星に落とされたのも友人だと思っていた奴らに罵倒されたこともめちゃくちゃな裁判した判事もナオキを独りぼっちにした無責任な彼女に父親も、何もかもが気に食わない。
苛々しベッドに戻ろうとすればスカイが毛布を投げてよこした。

「寝るなら毛布をかぶれ」

どぎまぎする。
礼を言おうか迷いベッドの上に座った。
スナオの隣にマツが腰を下ろした。

「お前やっぱ地球からきたんか」
「僕がどの星出身だろうがお前達には関係ない。余計な詮索はしないでおいてくれ」

ぷいと横を向く。
マツは気にしていないようで言いたいことがあるのだと言った。

「ここは東西南北四つのエリアに分かれていてそれぞれのエリアごとにトップがいる。トップの仕事は開くエリアの当地とエリアごとの友好、友好は各エリアごとでのごとごたが起きないように和平を保つことだ。一個のエリアが潰されちまえば星を取り合っての戦争になるからな。ここは西エリアでトップは俺。お前ラッキーだったのな。もし東エリアに落っこちてたら今頃黒こげだぜ」
「エリアだと。刑務所のくせに法律でもあるというのか。ふん、僕が聞いていた監獄星は無法地帯でレイプや殺人がまかり通っていると言われていたがな」
「ま、法律ってか決まり事はあるぜ。機能してねえけど。この星は地球と違ってな、半年が一日なんだ。昼と夜とは三ヶ月ごとに交代で来る。西エリアはこのグルーミイの森全体な。外は他のエリアのもんだから勝手に出るんじゃねえぞ。他のエリアに行くには俺とかの許可がいる。とにかく慣れるまでは無防備にこの家から出歩かねえ方が良いぜ。お前結構可愛い顔してるから襲われるかもな」
「襲われるって、馬鹿か、お前は。僕は曲がりなりにも男だ。殺される事はあっても襲われる事なんてありえない。いや、アメリカでも少年への性犯罪はあったが。被害に会うのは少女のように可愛らしい年端の行かない子供ばかりだったぞ」
「あるんだな、それが。ここの環境ってえげつねえから女はなかなか生き残れねえ。んで数少ない女はトップと力のある男に奪われちまう。で、女をゲットできなかった男が男に走るわけ。西エリアでも犯罪は多いから気をつけろよ」

スナオが眉を寄せた。
ばんばんと背中を叩きマツは笑う。

「安心しろ。俺がお前の保護者になってやる。こう見えても西エリアのトップだぜ。誰もお前に手出しは出来ねえ」
「庇護者をまた増やすのか」

あきれ返った声はスカイのものだ。

「拾ったのは俺だぜ。だからあれは俺のもんだ」
「ふざけるな。僕はお前のものじゃない。一度その豆腐に蛆がわいたような脳みそをケイプハンターにでも食われて来たらどうだ」
「あっはっは。ひでえ」

たいして傷ついたふうもなくマツは寝室から出て行った。

「ま、お子様は早く寝ろよ。一日が3ヶ月ったって今は寝る時間だぜ。スカイ。」

呼ばれたスカイはマントを手に寝室を出た。
ドアを閉める瞬間睨まれた気がした。

「なんなんだ、あいつは。というよりも僕は本当にあの無表情無愛想男と暮らさねばならないのか。冗談じゃない。僕は誰も殺していないのにどうしてこんな所であんな低俗で下品な男どもと生活しなければならないんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。あの、無能の馬鹿裁判官め。本当の犯人を何故見つけようとしない。ナオキは今頃どうしているだろうな。殺人犯の妹とか言われて苛められてはいないだろうか。それとも酷い兄を持って母親と父親を殺された可愛そうな少女として世間は見てくれるのだろうか。はっ、僕の基になった精子は絶対価格が下がるだろうな。大売出しされるかもしれない。ざまあみろだ。これで僕の異母兄弟が増えるんだ。馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しすぎで涙が出てくる」

スナオは頭をわしゃわしゃとした。
髪が解れてぐしゃぐしゃになった。

「スカイ、妬いてんのか」
「妬く?何故」

顔を背けているスカイに後ろから抱き付き首筋に鼻を寄せる。

「プラントの匂いがする。また東エリアに行ってきたのかよ」
「庇護者はフェイロンだけで十分じゃないか」
「お前が男拾って着て俺が拾ってきたらなんで駄目なんだ。教えろよ」
「んっ」

唇が重なった。
舌を絡めあう深い口付けを強要される。
スカイは目を細め、自分に夢中となっているマツを見下すような目で見た。
利用されていることすら知らないで愛を囁くマツは馬鹿な男だと思う。
トップだから近づいたにすぎない。
もしマツの代わりに別の奴がトップに着けばそいつを誘惑するだけ。
わざと冷たく突き放せば夢中になって追いかけてくるのだ。
男なんてみんな単純だ。
火星にいた頃から何も変わらない。
離れていった唇をスカイはもう一度ねだった。
マツの唇が触れてくる。
長く深い口付けは唾液を交換するだけのいわば儀式のようだった。
口付けを交わした後、偶にベッドに誘うこともあったがマツはそういう時は笑ってごまかすのだ。
抱きたくてたまらないくせに相手のことを考えてあえて手を出さないそういった所は好きだった。
スカイ自身もマツに抱かれたいわけではなかったが、極まれに人肌が欲しいと思うときもある。
東エリアにいる親友のことを忘れたいと願っているわけではなかったが。

「嫉妬か。馬鹿馬鹿しい。俺はお前のオンナじゃない」
「スカイ、俺のもんになれよ。フェイロンをお前が拾ってきたとき、俺めちゃくちゃ嫉妬したんだぜ。頭ん名中ががんがん気持ち悪くて、ドロドロした重厚な金属を脳みその代わりに詰め込まれてるみてえでな。マグマみてえに煮えたぎった気色の悪い嫉妬で狂っちまいそうだった。今も嫉妬してるのな。お前が東エリアばっか行ってあいつと会おうとしてるから」


二話
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