北朝鮮による日本人拉致問題は、今回も実質的な進展はなかった。「再調査」というだけでは時間稼ぎに終わりかねない。解決へのテコである経済制裁の解除は慎重の上にも慎重に。
注目の拉致問題では、北朝鮮が再調査の実施を約束し、日航機よど号乗っ取り犯グループの引き渡しに協力する意向を示した。
日本政府は「一定の前進」と評価して、対北経済制裁の一部を解除する方針を示した。人道物資に限っての貨客船「万景峰92」号の入港、人の交流を認めることなどだ。
拉致問題解決の糸口をつかみたい思惑からだろうが、政府は実質的な進展・被害者の帰国につなげる成算があるのか。具体的進展なしの制裁解除はすべきでない。
北朝鮮は、今回「拉致問題は解決済み」という表現は使わなかった。ただ「再調査」はこれまで何回か約束、実施したが、結果は矛盾だらけの死亡報告書や本人と判断できない遺骨の提供など、対北不信を増幅しただけだ。
それに、被害者らは北朝鮮当局の監視下に置かれている。調査をしなくても安否、所在は当局が十分に把握しているはずだ。
また、乗っ取り犯の一部には欧州からの日本人拉致容疑があり、全員引き渡しは拉致捜査の一助にはなる。しかし、北朝鮮は最近「反テロ」を宣言した。それなら犯人引き渡しは当然で、制裁解除の理由にはならない。
今回の北朝鮮の対応の背景には米朝関係がある。テロ支援国家の指定解除をめぐる折衝で、米側から拉致事件解決への前進を強く求められ、日朝関係の改善を演出する必要があるからだ。
もう一つは、北朝鮮の食糧・エネルギー事情の困窮だ。昨年の大水害による凶作で食糧は年間百万トン以上不足だ。南北関係の冷却で韓国からの食糧や肥料支援は途絶えている。さらには国際的な穀物・原油価格の高騰が追い打ちをかけ、中国が頼りの原油輸入もかなり減少したという。
また六カ国協議は、北朝鮮に核計画の「完全な申告」を求めているが前進はなく、見返りの経済支援の見通しも立っていない。
拉致解決を支援参加の前提にしている日本にとって情勢は有利に動いている。日米韓、日中韓の連携も強化されつつある。いまは焦るときではない。安易な妥協は拉致解決を遠ざけるだけだ。
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