原爆症認定をめぐる集団訴訟で、国は原告合わせて十一人全員を原爆症と認めた仙台、大阪両高裁の判決を受け入れ、上告を断念した。地裁段階から国側が八連敗し、被爆者行政が断罪され続けている事態を踏まえれば、当然の決断といえよう。
全国原告・弁護団も両判決で退けられた国家賠償請求をめぐり上告を検討していたが、早期解決が好ましいと判断、上告しないことを決めた。これにより、全国十五地裁と六高裁で係争中の一連の集団訴訟で、初めて判決が確定した。
五月二十八日の仙台高裁判決で争点となったのは、原爆症の認定要件の一つで、疾病の治療を必要とする「要医療性」の有無だった。高裁は原告二人のがん手術後の後遺症や定期検査について要医療性を認めた。同三十日の大阪高裁判決では、四月に導入された新基準の「積極認定」の対象となっていない甲状腺機能低下症や貧血などを患う未認定の原告五人を含む九人全員を原爆症と認めた。
両高裁の判決は、新基準でも救済は不十分との司法判断を明確に示したものといえよう。被害実態を直視せず、積極姿勢に欠ける被爆者援護行政の在り方にも厳しい批判が向けられたと理解すべきだろう。
しかし、舛添要一厚生労働相は上告を断念する一方で、係争中の他の訴訟については「他の高裁の判断を仰ぐ必要がある」として、継続の意向を表明した。政府は新基準を見直す考えはないとしており、被爆者側が求める原告三百五人の全員認定にも否定的だ。司法判断の流れは定まりつつあるにもかかわらず、かたくなな対応はどうしたことだろう。
原爆症認定のハードルは高い。被爆者約二十五万人のうち認定されたのは1%弱にとどまるのが実情だ。国は四月から認定条件を大幅に緩和する新基準を導入した。爆心地から約三・五キロ以内での被爆や、投下後約百時間以内に爆心地付近に入ったなどの条件を満たし、がんや白血病など五疾病にかかった被爆者を積極的に認定するというものだ。
条件が緩和されたとはいえ、爆心地からの距離や対象疾病の限定などで「線引き」は残る。両高裁の判決は、新基準の不備を指摘し、救済の枠を押し広げた。今後も訴訟が続けば、司法と行政の「二重基準」が生まれる恐れもあろう。
混乱回避に向けた政治決断が求められるのではないか。被爆者の高齢化も進む。基準のさらなる見直しや訴訟の早期全面解決を目指し、柔軟な対応を急がねばなるまい。
死者・行方不明者が八万六千人を超した中国・四川大地震の発生から一カ月が過ぎた。四千六百万人を超える被災者が不安な生活を強いられている。現地では余震が続き、地震でできた土砂ダムなどによる二次災害もなお懸念される。引き続き国際社会の支援が欠かせず、中でも地震に関して多くの経験を持つ日本の役割は重大だ。
本紙に掲載された四川省からのルポによれば、いまだに多くの被災者がテント生活を余儀なくされている。避難生活が長引けば高齢者や幼い子どもたちにとって過酷さが増そう。災害弱者を守る手助けをしたい。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)なども心配だ。むしろこれから表れてくるであろう大災害の心理面への影響については、中国ではまだ認識が十分でないかもしれない。四川省だけで千人を超えるという震災孤児をはじめ、とりわけ子どもたちに注意が必要だ。
仮設住宅の建設が進んでいる地域もあるようだが、そこでの暮らし方も問題になる。二〇〇四年の新潟県中越地震で住民を集落単位で入居させるなど、日本には経験から学んだノウハウがある。また、ボランティアの活動の仕方などは今後もアドバイスができるだろう。
被災者の生活再建も始めなければならない。被災地は内陸部で、発展著しい沿海部との経済格差は大きい。暮らしの安定を取り戻すことは容易ではあるまい。被災者の就労などで日本が力になれることがないか、検討してみる余地はあろう。建物や道路の再建・復旧には培った耐震技術が役立つはずだ。
貧しい地域が立ち直るには、時間がかかる。日本としては、中国側の実情に十分配慮しながら、息長く支援していく姿勢が大切であろう。
(2008年6月13日掲載)