北陸を舞台にした作品を書くために能登を訪れた推理作家・佐野洋さんを案内したことがある。実際の事件をヒントにする人で、地元紙にもよく目を通していた その佐野さんが連載「ミステリーとの半世紀」(本の窓)で「推理作家として慙愧(ざんき)に堪えない」と過去の新聞体験を書いている。日本海沿岸で男女が突然姿を消す事件が相次いだころの話である 当時、事件の関連性が分からず、まだ拉致と断定できなかった。佐野さんは「情報は当局の発表しかなく」「なんともいえない」などと北朝鮮による犯行に慎重な見方をしたコメントが紙面に載ったのだった。その後、自らの誤りが明白になり悔やんでいるのである 拉致事件が「慚愧に堪えない」のは、われわれも同じである。日朝首脳会談以降も、北朝鮮側の非道な対応で家族会の苦悩は深まるばかりだった。外交は無力に過ぎた。今回の交渉結果も一歩前進というには疑問が残る 今さらハイジャック犯を引き渡されても拉致事件の進展でないのは言うまでもない。中身のない言葉を評価して制裁解除に進めば、また後悔する時がくる。
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