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袋小路に入り込んでいた日本と北朝鮮の関係がやっと動き始めた。
日本人拉致の問題で、北朝鮮側が再調査を行う。38年前に起きた日航機よど号乗っ取りの実行犯らの引き渡しに北朝鮮が協力する。
その代わり、日本は北朝鮮に対する制裁の一部を解く。人道物資の輸送に限って、貨客船の万景峰号を含む北朝鮮船の入港を認める。
北京で開かれた日朝の政府間協議で、そういう合意ができた。
3年半前、北朝鮮が横田めぐみさんのものとして渡した「遺骨」が日本で偽物と鑑定されて以来、拉致問題はにっちもさっちもいかなくなっていた。
むろん、扉が大きく開いたわけではない。被害者の生還を待ち望む家族たちの、歯がみする思いに変わりはない。日本政府がすべきなのは、今回の合意を足場に扉をさらに開かせることだ。制裁の一部解除もそのためのてことして役立てなければならない。
「拉致は解決済み」としてきた立場を北朝鮮が変えたのは事実だ。政府は日本側捜査員の参加も含めて早急に再調査の中身を詰めるべきだし、北朝鮮がまずこれに誠実に応じなければ話は進まない。
北朝鮮が引き渡しに協力するとしたよど号のハイジャック実行犯や妻のなかには、欧州で日本人拉致にかかわったとして、警察庁が国際手配していた3人も含まれる。
拉致については、北朝鮮側はこれまでずさんな説明を繰り返し、日本側は煮え湯を飲まされてきた。再調査と言われても楽観はできない。
北朝鮮が日本への姿勢を変えてきたのは、米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から外す作業が大詰めに来ているからだ。米国は指定の理由として「よど号事件の犯人をかくまっていること」をあげ、拉致にも言及している。
指定解除を実現させるためには、今回の合意程度には歩み寄りの姿勢を見せる必要があると踏んだのだろう。米国は、北朝鮮側に対日関係を前進させるよう働きかけてもいた。
なぜ米国が指定解除を検討しているかといえば、6者協議の合意に基づいて北朝鮮側に核施設の無能力化や核計画の申告を促すためだ。
問題は「日朝」と「米朝」、そして「6者」が複雑にからみ合う構図の中で、拉致問題をはじめとした日朝の懸案をどう進展させるかだ。
核放棄への歯車が本当に回り出せば、日本は北朝鮮へのエネルギー支援に加わっていかねばならない。それがまた、北朝鮮を拉致問題でも真剣に対応せざるを得ないような状況に追い込むことになる。
この合意をそうした方向への転換点とすることができるか、まだ入り口に立ったにすぎない。
「たばこ1箱千円」。あなたが喫煙者だったら、それでもなお吸い続けるだろうか。それとも禁煙に踏ん切りをつける絶好の機会にするだろうか。
たとえば1箱20本入り300円のマイルドセブンを、たばこ税の値上げで千円にする。そんな健康政策を推進する超党派の議員連盟が発足した。
「1箱千円」は、たばこに別れを告げる人を増やすために、大いに歓迎である。
たばこは本人ばかりか、周りで煙を吸わされる人の健康も損なう。寝たばこなどは火災の原因にもなるし、少年の非行の温床にもなっている。
2兆2千億円の税収を稼ぎ出し、葉タバコ農家や販売者の生活を支えているが、社会全体で見れば、負の部分が多い。21世紀の日本は脱たばこ社会をめざすべきだ。
政治家らが脱たばこに向けて本格的に取り組むのは初めてである。一度に千円に引き上げることはむずかしいかもしれないが、粘り強く活動してもらいたい。
日本のたばこは他の先進諸国と比べて安すぎる。代表的な銘柄の場合、英国は1300円近くするし、ドイツやフランスでも日本の倍以上だ。米国は地域で違いがあるが、ニューヨーク市の場合、やはり倍以上も高い。
日本の男性の喫煙率は40.2%と英米よりも突出して高い。女性は12.7%だが、若い世代で喫煙が増えている。赤ちゃんへの影響を考えれば、見過ごせない状況だ。
「千円たばこ」は、こうした現状を大きく変えるきっかけになる。研究者の試算や世論調査では、この水準まで価格が上がれば、8〜9割が禁煙を考えるという結果が出ているからだ。
ただ、めざすべきは、あくまでも国民の健康や安全の基盤づくりであることを改めて確認しておきたい。
議連には、税収を増やすために、たばこ税を上げようと考えている議員も少なくない。早くも約9兆円も税収が増えるという皮算用が出ている。
しかし、これは消費量がいまと同じという前提だ。価格を上げれば、当然、買う人は減る。
消費量を減らすのがそもそもの目的だから、税収も大きく減ることを覚悟しておいた方がいい。税収が減ることを嫌って、大幅な引き上げをためらうようなことがあってはならない。
「財政収入の安定的確保」を目的にしているたばこ事業法は、根本から改めなければならない。
議連には、たばこ税に代わる安定的な財源の確保に知恵を絞ってもらいたい。国が巨額の債務残高を抱え、高齢化で医療や介護の費用が増える中で、消費増税などで補う必要がある。
「千円たばこ」は、税制改革を本気で考える契機にもなる。