2008年06月11日

痴漢容疑少年

 渋谷で一件打ち合わせを終えて帰る途中、平日だってのにやはり混んでいる井の頭線の改札をくぐると、いましも到着した電車から人混みが。
 50年配男性の荒々しい声に足を止めると、白地に細い横縞のラガーシャツ風を着た、ひょろっこいメガネ少年が、手首を取られている。
「なにぃ? 言い逃れは許さんぞ! この手が、この右手が触ってただろうがっ!」
 なるほど、そういうことかと思ったが、被害者らしい相手がその場にいるわけでもなさそうだ。
 年配男性の義憤ということなのだろう。
 それにしても都会の人々は冷たいものよ。
 年配男性と少年、そして少し離れて足を止めている俺だけが、流れの中の岩のようだ。
「痴漢?」と俺が言うと年配男性は、おまえの助けは要らんとばかりの顔でうなずき、
「駅員に渡すから」と言っている。
 まあ、そうなれば出る幕もない。
 ホームの売店のサンドイッチにふと目をやった時、視界の端でなにかがひらめいた。
 先刻の少年が猛ダッシュでホームを駆けていく。
 年配男性の取り残された姿も見えたが、追いかける気にもなれないらしく、天を仰いでいる。
 すぐさま駅員が二人走ってきてあたりを見回している。
「痴漢容疑の少年?」と訊くと、
「そうです。見ましたか」
「そこで、手を掴まれてたやつのことなら、もの凄い勢いで走ってったよ。白地に紺の横縞で、メガネでニキビ面。そんなに大きくない」
「どうも!」
 という間にもさらに二人がやってくる。
「何かあったのか」と同僚に声をかけ、
「痴漢痴漢」
「ちぇ!」
 計4人で追っていった。
 中の一人が仲間に向かって俺を指し、
「目撃者」と言うので、
「ああ、正しくは違う。その少年がおじさんに掴まれているところからしか見てないから。でも、この先ホーム、行き止まりでしょう? そっちかこっちか、どっちかの電車に乗ってるよね」
「いや。ここに降りられたら……」とその駅員が指さしたのは、ホーム奥にある下の階に通じる階段だ。
 痴漢も最低だが、痴漢冤罪も怖い。
 満員電車では常にバンザイ状態で乗るようにしている。
 あの年配男性の剣幕からして、何かの行為があったような状況を感じるが、俺は見ていない。
 見ていたらタダじゃ置かないが。
 それにしても、痴漢容疑少年が後をすり抜けた時、足をひっかけるくらいはできたかな、とか、あるいは彼が実は鋭い武器を持っていてそれで反撃してきたら、とか、いろいろ考えることはあった。
 被害者不明の痴漢容疑でこれであるから、人混みでの刃傷沙汰など目の当たりにしたら、しばらくほかのことは考えられなくなるに違いない。
posted by TAKAGISM at 15:15| Comment(0) | 事件
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