2008/6/12  11:15

昨夜の私のブログ記事に植草教授の反論がありました。  分類なし

植草教授から、昨夜の私のブログ記事について、情緒的な反論のような言い訳のようなものがありました。詳しくは「貞子ちゃんの連れ連れ日記」藤井まり子氏への反論


「植草氏がインフレターゲット理論を駆使できないでしょう」というのは、私の勘違いでした。それは深く謝罪します。本当に植草氏には申しわけなかったです。
しかし「・・でしょう」という私が使った「推論箇所」部分だけを植草氏は切り取って、ご自分のブログでアップするのは、なんか、おかしいですよね。
私は間違っているかもしれないから「推論」の「でしょう」を使っているのに、あたかも私が断定した表現を使ったように切り取って、なぜ植草氏はご自分のブログでアップする必要があるのでしょうか?詭弁を使うのでしょうか?

さらに、彼からTBさえも来ないのはどうしたものなのだろうか?
(アクセスが急に増えているから怪訝に思ってアクセス解析しけど、もし仮に私がアクセス解析しなかったら、私は教授の反論さえ気が付かないまま暮らしていたのです。本当に、教授って、手の焼ける人ですね〜〜〜。)
彼は、今は精神的に疲れているから、建設的な前向きの議論をする気には、まだなれないのだろうか?今はいろいろと辛い時期だろうから、それだったら、人間としては理解できる。
あるいは、まだブログ慣れしていないので、TBの送り方が判らないのでしょうか?
以上2点が違っているとしたら、単純に彼は、陰口はたたけても、前向きな議論はしたくないだけなのでしょうか?
あるいは、AOLには良くあることですが、時々TBを受け付けないことはあります。だったら、コメント欄に反論を記してくださればよかったんです。単純な話です。

私が一番植草教授から直接聞き出したかった「弱者保護」への具体的な代替案だったのだが、彼の反論の中では、またしても具体的な代替案が一切記されてなかったなかったので、とても残念です。
彼ほどの優秀な頭脳の方なら、具体的な代替案は出せるはずなんです。

私はこういった時期ですので、もし可能なら、日本のSafetyNetについて、植草氏とネット上で大同団結したいのです。
けれども、今の彼は、なんか違和感がある。
それが何かよく判らないから、昨夜の私のブログ記事になったのです。

私は彼を応援したいんです。大同団結したいのです。
けれども、一歩間違えると、彼の理論は、日本経済全体をゼロサムゲームあるいはマイナスサムゲームへと落とし込む危険をも内包しているような気がしてしまうのだ。

彼は、いまは時の人:高橋洋一氏の図書も1〜2行ほど引用しているが、自分にとって都合の良い箇所だけの引用だ。言い換えたら、自分にとって都合の悪い箇所は引用しないのだ。
ちなみに高橋洋一氏は、竹中平蔵氏のブレインだった。

私がフィナンシャルジャパンの請負をしていることを、彼はブログ内でとても重要視しているけど、私は請け負いライターなので、フリーなのだ。木村 剛氏へ義理を感じる必要は一切無いから、請負なのだ。それが請負ライターの自由なところなのだ。嫌になったらいつでも止められる。幾度も言うが私はフリーなのだ。請負とはフリーという意味なのだ。
けれども、彼のブログ記事から一部抜粋引用すると、
藤井氏はせっかく得た仕事を失わないように、急きょ私を攻撃する記事を掲載されたのか、元々、私をおびき寄せるために痴漢冤罪の記事を執筆されたのではないかと推察する。確かめようがないからそのことには深入りしない。

なのだそうだ。
推察がお好きなようだけど、推察も程度問題です。
はぁ〜〜〜〜〜???ですよ。
「仕事を失わないために???」「おびきよせるために????」
はぁ〜〜〜〜???ですよ。
「確かめようが無い」って、その気になったら今すぐ確かめられるじゃないですか!!!!
でたらめばっかり抜かすな!!!(笑)

第一、私は請負になってからは、木村氏とは一度も直接話をしていない。いろいろな仕事を持っている人間は、みんな、そんな暇は無いのよ。

第二に、私はブログと請け負いライターと、さらには今は、とある出版会社からの依頼で「国債と福祉政策」に関する図書も書き進めている。目次はほとんど出来上がっているので、後は、自分の具体的な福祉についての今までのブログ記事を使って肉付けをするだけだ。
そして私は子育てもしているし、家事もしている。
こういった新しい環境に慣れたら、請負ライターとして、フィナンシャルジャパン以外でも働く意思も持っている。6足目のわらじを履いても良いとも思っている。

第三に、彼は、ブログの中で またもや、ひとつの重要な真実を隠しています。
わが夫と植草氏は長年の知り合いです。
一時期、わが夫はほんのちょっとですが、植草氏の社会復帰に非力ながら尽力した時期があります。(具体的には、愛知県在住中に、『彼ほどの頭脳の持ち主を埋もれたままにしておくのはもったいない」ということで、当時経団連会長だった奥田氏と植草教授との会見に、わが夫がちょっとだけ尽力したような話は聞いています。)
そういったわが夫の分け隔てない行動も、私は今でも誇りに思っています。
だから、私が誰であるかは、狭い日本の金融村の中で、植草氏は私のプロフィールを読めばする判ったはずです。判らなかったら かなりの馬鹿だ。
だから、彼のブログ記事の
藤井氏はせっかく得た仕事を失わないように、急きょ私を攻撃する記事を掲載されたのか、元々、私をおびき寄せるために痴漢冤罪の記事を執筆されたのではないかと推察する

が、まったく根拠が無い「誹謗中傷」であることは、植草氏自身が一番良く理解しているはずなのだ。
「せっかく得た仕事を失わないため」って、なにそれ???
我が家が経済的に困窮していないことは植草氏が一番よく知っているでしょう?
明日仕事を失っても私はまったく困らないのは氏が一番良く知っているでしょう?
それを一番良く知っているのは植草氏じゃないの?
愛知県にいた頃は、わが夫も非力ながら、植草氏復活に尽力したではないですか?覚えていないの?

教授が、私がフィナンシャルジャパンの請負タイラーになったことだけを針小棒大に解釈するのは、なぜだろうか?

単純に教授は木村 剛が嫌いなだけなのか?
そりゃ 確かに 私も木村氏の一部分は好きじゃないですよ。

けれども、好きか嫌いかじゃなくって、木村剛の言っていることは、やっぱりいつも本当のことなのよ。

我が家も実際に「401K的なもの」が是非とも必要だと思って企業創業したのは、教授はご存知ではないのか?

福井(当時)日銀総裁と木村剛氏と竹中平蔵一氏が一緒に写真に並んで写っただけで、みなが同じ意見でみながツルンデイルと勘違いするのは、なぜだろうか?

だったら、教授の理屈からは、今は時の人:高橋洋一氏も竹中平蔵とツルンデいたことになるのだろうか?

植草教授は、当時経団連会長である奥田氏とまったく同意見だったから、奥田氏に近寄りたかったのか????

あるいは、教授が、請負ライターなどというフリーな肩書だけで、魂を売る人間がこの世にごろごろ存在すると思いたいのは、なぜだろうか?

わが夫とともに私は植草氏が復活することを切に希望しているし、今も希望しているのだ。
そのことを一番良く知っているのが教授自身ではないか?
私は、だからこそ、弱者保護の具体的な中身を教授自身から是非とも聞いてみたかったのです。

ブログ上で、最初に小異を捨てて大同団結することをブロガーに呼びかけたのは、植草教授からではないか?
だから、私は昨夜のブログ記事をアップしたんです。
あなたの言葉を真に受けた私がお馬鹿で人が良すぎたのか?
無条件で大同団結するのはいくらなんでも無茶だ。子供じみている。

わが夫と教授が知り合いであるから、ある程度、安心して気楽に昨夜のブログをアップしたことは、私の片手落ちだったかもしれない。一部表現に行き過ぎがあったかも知れない。その点は深く謝罪します。というか、私が教授を信じすぎたかもしれない。
けれども、私が誰であるかを一番良く知っているブロガーの一人が、教授じゃないですか?
「中傷記事」と黒く塗す必要がまったく無い人物そのものが、教授自身ではないですか?
それなのに、具体的な政策を示さないまま、私のブログ記事を「中傷記事」と黒く塗りつぶすのは、どういったわけでしょうか?
教授わかりますか?
小異を捨てようとしても、方向性が大きく違っていたら、福祉政策でも成功しない確率が高くなるのです。福祉政策でも、ブロガーとて無条件で大同団結出来ないのですよ?
本気で弱者保護する熱意があるかどうかは、あなたに直接会ったことがない私としては、貴殿に福祉について具体的な代替案があるかどうかで判断するしかないじゃないですか?

文字情報交換しているだけじゃ「ラチ」があかない。
いつでも教授に実際に会う準備はあります。
当方としては、わが夫をはじめとして、過去においても、教授とは小異を捨てて大同団結はいつもしてきたわけですし、これからも大同団結する準備はあります。
でも、植草教授の「貞子ちゃんの連れ連れ日記」藤井まり子氏への反論ブログ記事は、私が誰であるかを一番良く知っているはずのブロガーの一人である植草教授としては、馬鹿げた、あるいは、あまりに誠実さに欠けた反論ではないでしょうか?

植草氏の誠意の無さには一時的にでも興ざめした。義理の無さにも一時的にでも興ざめした。
しばらく、放置。
こんなこと(植草氏との大同団結の可能性)に、自分の貴重な時間とエネルギーを裂いた自分の馬鹿さ加減と人の良さに自分でも情けなくなってきた。私も、人が良いのもほどほどにしようと痛感した。
私だけは、21世紀の日本らしいSafetyNetno研究を書き進めます。

【追記】教授の今は辛い時期だろうから、疑心暗鬼になるのは人間としては仕方ないと思うから、教授が疑心暗鬼でなくなってから、私は教授とは、大同団結します。以上。
いくらなんでも、教授の全人格まで受け入れるのは、私は神様じゃないから無理。
ちょっとだけ相手の大物度を信頼して批判したら、過剰に反応して「中傷」と判断する「小学生のような幼児性」から抜け出してくれない限り、私は教授と大同団結するのは無理。以上。
教授、あなたが精神的に立ち直るまで、それまで待ってるからね♪
早く立ち直ってください♪

【追記2】誤読する方が多いので、一部分小、もとい文章を手直ししました。

【追記3】
うえくさ教授的な思考回路が広まれば、、今後、邦銀が再び不良債権を抱えるようになったとき、21世紀の日本では、誰も不良債権処理をしなくなってしまいます。
それくらい、陰謀説は危険なのです。
一歩間違えると、「何もしない完ぺき主義者」に陥ってしまう。
けれども経済は生き物ですから、そういう時期(不良債権処理をする必要が来るとき)が再び来る可能性はあります。現実問題として、今の邦銀は大量の日本国債を抱えているから、将来、日本国債が暴落したら、日本でも不良債権処理は再び必要になります。

日本だけじゃなくって、どの国でも、そういうことは21世紀ではこれから幾度も起きる可能性は高いです。

痴漢冤罪とはまるっきり関係なく、あまり植草的な思考回路が広まれば、この日本国内では21世紀では誰も不良債権処理をしなくなります。これはかなり危険なことです。
植草氏が疑っている三人の人々とよくよく話し合えれば良いのですがね・・・。
 
少なくとも、私個人は、当時、植草氏が不良債権処理を買って出たという話は聞いたことがない。本人も不良債権処理を買って出たと言っていない。
もちろん、当時、不良債権処理をしたいと考えた人もマイナーだった。そういう勇気ある人は、国内では少数派だった。
あの不良債権処理が完ぺきだったか否かは、こっちにおいて、(私個人も処理の仕方は不完全だったと思う立場です。)、あの頃、不良債権処理を実際にやり遂げる勇気があった人は、わずかだったのです。
当時、「みずほは大き過ぎてつぶせない」という竹中氏の発言も、違和感があったけど、政治的な妥協点としては、そんなものだったと思う。

少なくとも、私は、万が一、間違えて頼まれても、当時は、不良債権処理を断行する勇気はなかった。
自分が出来なかったし行動しなかったことを、他の人がしたとき、その不完全性を後になって批判することは簡単なんです。批判したい気持ちも理解できないではないし、当時は私も批判していた。
けれども、時間がかなり経過して、後になってからも未だに批判するなら、自分のほうが正しかったと思うなら、厳しいようだけど、自分がすればよかったんです。
まがりなりにも当時は、邦銀の不良債権処理をしたからこそ、日本経済はV字回復したのです。
外人も日本の株や不動産を購入してくれるようになってので、日本経済が回復したのです。
こんなことは、過去ブログで幾度も記していることだから、私はもう書かないです。
興味のある方は、ブログ内を検索してみてください。
あのイギリスだって、既にウィンブルドン化しているし、今のアメリカだって、今現在ウィンブルドン化を進めている。
21世紀では、「ひと、かね、もの」が流れ込まないと、高齢化した一国の経済は持続的な成長は無理なのです。福祉財源も壁に突き当たります。
こんな話は幾度も去年からブログでアップしています。




2008/6/12  16:47

投稿者:貞子ちゃん

zeronemaxさん ご指摘ありがとうございます。
本当にその通りだと思います。

植草氏ほどの大物から、反論があるとは思いませんでした。
なんとういか、アルファーブロガーのぐっちーさんを攻撃するというどうでもよいことで、植草氏のブログがアクセスを稼いでいたので、それに、みなが飽きてきたら、植草氏のブログのアクセスが減ってきていたらしいですね。(メールでファンの方から教えていただきました。)
これが本当なら、その次に植草氏のターゲットになったのが私だったんだと、さっき、やっと状況が理解できました。教授にとっては、私が「二匹目のどうじょう」に見えたのだと、やっとさっき私も状況が読めました。
教授にとっては、私は「カモがネギをしょってやってきた」ようなものだったんだと、自分の軽率さを反省します。
今後は、私は専門分野で精進します♪(^^
こんなに中身のないブログ記事でアクセスが急増すしても嬉しくもなんともないです。アクセスが増えて、私個人はかなりびっくりでしたよ。ほんとびっくりで熱が出そうですよ。(^^;
教授とは、福祉について、もっと建設的な議論がしたかったのに、私がまだ世間知らずだったんです。本当、「触らぬ神にたたりなし」でした。
苦しい時は、誰もが祟り神化するので、不詳人間貞子とて、祟り神化している人を責められません。
私も一部失言があったのは確かですしね。
(ブロガーなら失言はお互い様なのですが。)
教授からは、たぶん 謝罪の言葉を乗せたブログの更新は期待薄でしょうけど、それも、私個人は、どうでもよいことです。
今後は、マクロと福祉の得意分野で精進します!(^^
ほんとうに今回は良い勉強になりました。

不詳貞子、今後ともよろしくお願いします。

2008/6/12  16:22

投稿者:貞子ちゃん

誤字さん ご指摘ありがとうございます。訂正しておきました。

2008/6/12  16:21

投稿者:zeronemax

第三者のつもりです。

これ以上のエントリーの追加は、貴方にとって決していい方向に進まないように思えます。一度、冷静になってください。

あるいは、貴方にとって信頼できる方にエントリを評価してもらってください。

2008/6/12  15:34

投稿者:誤字

【追記2】誤読する方が多いので、一部分小->文章?

2008/6/12  15:04

投稿者:貞子ちゃん

?さん コメントありがとうございます。
教授じゃないのに、未だに教授と呼ぶのは、植草氏への敬意の表明です。
痴漢冤罪くらいで植草氏を首にした早稲田大学教授会も不可解です。
名古屋商科大の客員就任には、わが夫はかかわっていません。
夫のことなので、記憶が確かではないですが、名古屋商科大教授就任後に、非力ながらいくばくかの愛知県内の人脈を使った記憶があります。
当時、経団連会長への面会のつなぎ役をある人物を通じて、わが夫はしたらしいです。東京では無理でも、優秀な経済学者がなかなか来てくれない愛知県では、植草氏を迎え入れたいと思う人は、当時は多かったです。
わが夫は政治的な力はそれほど無いので、ほんのちょっとしか尽力できなかったですが、それでも植草氏が奥田氏と会えたので、教授からわが夫へ自筆で丁重な礼状をいただいたと夫から聞いた記憶があります。
というより、わが夫と植草氏は、職場が長く同じでしたから、ああいった時期でしたから、人間として当然の誠意(出来る限りの尽力)はしたまでだと思います。出来ることしか出来ませんでしたから、力及ばずだったことは、今でも教授には申し訳なかったと思います。
FS証券でも、教授をなんらかの採用を検討していた時期もありましたが、社内の女性社員の強い反対で教授の採用は実現不可能であったとの母氏は聞いております。
ですから、マスコミ報道の罪深さ(疑わし気は罰せず野発想が皆無のマスコミ報道)には渡し個人も痛感しております。

ただ、その被害者のご本人から、私個人について「仕事を失わないために」「おびきよせるために」というのは、納得行かない。
さらに、彼から福祉充実政策への具体的な代替案が無いのが不可解です。

もう良いのです。それだけ教授は今は精神的に舞い追っているということがよく判りましたから。。。。今は教授は大変お苦しい立場にあるので、疑心暗鬼になられておられるのでしょう。
私もまだ彼が精神的に苦しまれていることへの配慮に欠けるところがありました、教授には申しわけなかったと思います。
早く、精神的に立ち直って疑心暗鬼から立ち直っていただきたいものです。
そうでないと、議論そのものが不可能です。徒労に終わります。

2008/6/12  13:59

投稿者:?

質問です。
ご主人は植草さんの名古屋商科大学の客員教
授就任において、どのような貢献をしたので
すか?
今は教授ではない植草さんを「教授」と呼ぶ
のはなぜですか?

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