元首相の細川護煕さんは十年前、還暦を機に政界を引退した。以来、神奈川県湯河原町に閑居し、作陶にいそしみながら晴耕雨読の日々を送っている。
江戸初期に熊本藩主となった細川家の十八代当主である。「不東庵」と名付けられた住まいは、もとは母方の祖父・近衛文麿の別邸だった。静寂に包まれたこの地に工房と窯場を設け、心の赴くままにろくろを回し、筆を執る。
そんな細川さんが手掛けた陶芸作品や書などを集めた「細川護煕 数寄の世界展」(二十九日まで)を、高梁市の成羽町美術館で見た。作陶の中心は茶碗(わん)だ。さまざまな技法を駆使したジャンルの幅広さに目を奪われる。
鉄さびのような黒や柔らかい赤の風合いが魅力的な楽焼をはじめ、井戸、粉引、唐津、志野、信楽…。それぞれに深い境地をのぞかせ、素人離れした多才ぶりがうかがえる。書も自身の心境を投影した詩歌などが書かれ、味わい深い。
「あわただしい狂騒の時代だからこそ、晩年にはゆとりをもって自らが生きることの意味と目的について思索する沈潜のときをもちたいとずっと希ってきた」。細川さんは自著「不東庵日常」の中でこう記す。
陶芸も書も、自分の生き方を貫く過程で得た一つの成果なのだろう。十四日には、ご本人も会場に姿を見せるという。