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2008年6月12日

◎採血器具使い回し 現場も行政も認識甘すぎる

 石川、富山県でも発覚した採血器具の使い回しは、医療器具の安全性に対する現場の認 識不足に加え、重要な医療情報を伝達する行政の周知不足という二つの大きな問題を浮かび上がらせている。

 使い回しを行っていた医療機関や施設の多くは、針については交換し、肌が直接触れる 先端キャップ部分は洗浄、消毒すれば問題ないと認識していたようだが、厚生労働省は英国で感染が疑われる事例があったことから使い回しを禁止する通知を出し、実際に守っている医療機関もある。対応の違いはやはり安全意識の差であろう。

 採血を医療の末端的な行為と軽視し、意識がそこまで及んでいなかったとすれば問題だ 。糖尿病患者らが血糖値を自己管理する目的で、指先から微量の血液が採取できる器具が普及したが、だれでも扱えるような手軽さが安全をおろそかにする油断を招いたのではないか。

 今回の問題で深刻なのは、厚生労働省が都道府県に禁止の通知を出した二〇〇六年三月 以降も現場がそれを知らずに続けていたことである。石川県は市町に伝えず、富山県も周知不足を認めている。使い回しがこれだけ全国に広がったのは、行政の周知方法に手抜かりがあったと言わざるを得ない。

 行政内部の単なる事務連絡と違い、今回のような感染リスクにかかわる通知は現場への 周知という点で緊急性の高い重要情報だろう。情報伝達のまずさが健康を脅かす深刻な事態を招くのは過去の薬害問題を見ても明らかである。厚労省も通知を出しただけで「周知徹底したつもり」になっていなかったか連絡体制の在り方を見直す必要がある。

 採血器具の使い回しは、富山県で厚生センター・支所や病院など二十カ所を超え、石川 県でも七尾市や内灘町の健康教室・健康イベント、県立看護大の実習で判明し、さらに広がる可能性がある。問題の発端となった島根県のクリニックのように針を使い回していた事例はなく、キャップ部分の感染リスクは低いとの指摘もあるが、県や各自治体は住民の不安をあおらないよう正確な情報を提供し、対応策に万全を期してほしい。

◎首相問責決議 空虚な印象がぬぐえない

 国会の会期末に参院で可決された福田首相問責決議は、政治的に決して軽いものではな いにしても、そこから生み出されるものが何もない空虚さがつきまとう。福田首相が野党の要求に応じて衆院解散に踏み切るはずはなく、問責決議に対抗して与党が衆院で内閣信任決議案を準備する状況は、非生産的な「ねじれ国会」をあらためて国民に印象づけたと言わざるを得ない。

 民主党は首相問責決議の第一の理由に「後期高齢者医療制度の廃止を拒否し続けている 」ことを挙げている。後期高齢者医療制度に対するお年寄りらの批判の強さは先の沖縄県議選などでも明らかであり、同制度を廃止する民主党の法案を受け入れないのは民意に反し、不信任に値するというわけである。しかし、民主党の言い分はいまひとつ説得力に欠ける。

 そもそも、従来の老人保健制度の継続は困難であり、見直しが必要なことは民主党自身 が認めてきたところである。政権担当能力のある責任政党を標ぼうするなら、政府・与党案に代わる案を示すのが筋であり、ただ元の制度に戻せというだけでは無責任のそしりを免れまい。国会終盤で一転、問責決議を行ったことに政治的な演出のにおいをかぎとっている国民も多いのではないか。

 問責決議は福田首相の存在を認めないということであり、与野党の対立は決定的になっ た。今国会は一週間近く延長されても実質的に幕を閉じたと同然であり、今後の政治の焦点と国民の関心は北海道洞爺湖サミットや北京五輪などに移っていく。民主党などには、このまま存在感を示せなくなることへの焦りもあったとみられるが、国会閉幕とともに問責決議の意味も忘れられてしまおう。

 しかし、秋の臨時国会は首相問責決議の「後遺症」で機能マヒに陥る恐れがある。今国 会では、与野党の歩み寄りで国家公務員制度改革基本法といった重要法案が成立するなど、「対話の政治」の成果も一部生まれた。そうした好ましい国会運営の変化の芽が問責決議で摘み取られ、不毛の対立を繰り返す懸念が大きい。


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