キャラクター&開発コンセプト
サンバーベースの軽トラ4WD・EV
2001年4月20日に発売されたゼロEVサンバーは、スバルの軽トラ「サンバー」をベースに開発した電気自動車(以下、EV)だ。その構造はシンプルで、クルマの動力源となる660ccエンジンやラジエター等を取っ払い、代わりにモーターとバッテリーを搭載、というのが基本的な成り立ちだ。
EVの歴史は内燃機関のクルマよりも古く、あのポルシェ博士も手がけたほど。現在では個人レベルでもコンバートすることができ、趣味として楽しむ人も少なくない。しかし、これが実用車となると事情は全く違ってくる。航続距離、耐久性、コスト、インフラ、メンテナンスなど、課題は山積み。トヨタのRAV4 EVやe-com(イーコム)、日産のハイパーミニやルネッサEVをはじめ、市販EVが数多く存在するが、いずれも売って儲けようという段階には至っていない。どれもこれも、技術アピールのための広告的商品といった性能なのだ。
EVの開発を行なうゼロスポーツ
対して軽トラ初のEVとして登場したゼロEVサンバーは、ビジネスモデルを成り立たせようという狙いがある。開発、販売を手がける(株)ゼロスポーツ(岐阜県各務原市)は、スバル車などのオリジナルパーツの製造・販売を柱とする街のテクニカルショップだが、今のガソリン車相手の商売のままでは将来は暗いという危機感から、数年前よりEVの開発に着手している。
創業は平成元年(設立は平成6年)と、企業として歴史こそ浅いが、電気自動車の世界ではすでに一目置かれる存在。同社のプロトタイプ「ゼロEVフォーミュラ」は昨年末、276.6km/hという電気自動車の日本最高速記録を樹立。同社は「計測路の直線距離がもっと長かったら、GMの持つ世界記録293km/hも塗り替えられる」と語る。
なお、ゼロEVサンバーの駆動方式には2WDと4WDとがある。EVで4WDというのは、このクルマが日本初。車両型式上は「改造車」扱いとなる。
価格帯&グレード展開
価格はベース車両のおよそ3.5倍
車両価格はエアコンレスで、2WDが248万円。4WDは268万円。ベース車のサンバートラックがおよそ70万円だから、ざっと3.5倍だ。燃料代となる電気代は、深夜電力を利用すればガソリンの1/3程度で済むが、車両価格が高いのに加えて、2年に1度程度で鉛電池の交換が必要など、元を取るのは難しい…。しかし、そもそも現状のEVと普通のクルマを比較すること自体が無意味だろう。主なターゲットは個人というより法人。ゴルフ場や公園の整備・管理、新聞や牛乳などの配達、病院や医療機関内での運搬、卸売市場や工場内での作業など、企業でのニーズは意外に高いと思われる。もちろん農作業や農機具の運搬用として使うのも大歓迎だ。また車両のリースも可能で、こちらの場合は4年契約で4WDが月々6万6700円、2WDが月々6万2100円となっている。
月々3万6800円払えば、ランニングコストは電気代だけ
注目したいのは月々定額を払えば、メンテナンス費用が一切不要となるフルメンテナンス・サービスを実施していることだ。主電源となるバッテリー、コントローラー、モーターはもとより、オイル、ブレーキパッドといった消耗品の交換・点検費用、さらに車検の整備費用(税金と保険料はユーザーが負担)、2ヶ月に一度の派遣サービスマンによるメンテナンス費用などが、このサービスに含まれる。金額は月々3万6800円だ。まだまだ開発が発展途上のEVだけに、こうしたサービスは有効だろう。
とりあえずのライバル車は市販EV全般。トヨタRAV4 EV(495万円)をはじめ、軽1BOXタイプとしてダイハツ・ミゼットEV(290万円)、スズキ・エブリィEV(300万円)、スバル・サンバーEV(300万円)。原付四輪としては光岡MC-1EV(38~40万円)などがある。
日本初の4WD、日本一安い軽EV、そして心強いアフターサービスと、魅力タップリで発売されたわけだが、惜しいのは行政機関から補助金が交付されないことだ。ふつうならEVおよびハイブリッドカーは、購入者に一定の条件が満たされていれば、補助金を受けることができるはず。しかしゼロEVサンバーは型式指定を取得していないなどの理由で、補助対象外となっているのだ。ここはユーザーのためにもメーカーのためにも、制度の見直しが必要だろう。仮にゼロEVカーが補助対象車両とされると、100万円ぐらいの補助金が受けられる。
パッケージング&スタイル
ベースはリアエンジンのスバル・サンバー
ベースになったのはスバルの軽トラ、サンバートラック。サンバーの駆動方式は、エンジンを後車軸より後方へ配置するRR。後輪より前方はほとんど空っぽに近いから(4WDの場合はドライブシャフトが貫通する)、大量のバッテリーを搭載するには非常に都合がいい。
新車状態で仕入れたサンバートラックは、エンジンやラジエーター、排気系、燃料タンクなどが外され、空いた部分にモーターやインバーターといったEVの原動力、およびその補機類が搭載される。主電源となる16個の鉛電池は、ホイールベース間の荷台真下。補機類としては、主電源から12V電源バッテリーへ電力を補充する12V変圧装置、万一主電源が漏電・短絡したときの場合に備えての電源ブレーカー、主要な電装系部品を制御・管理する集中管理システムなどがある。
こうして完成されたゼロEVサンバーの重量は、ベース車両よりわずか50kg増に抑えられている。前後重量配分は都合良く理想の50:50を確保。しかも居住スペース、荷室スペースは不変だ(積載重量はボディ重量の増加分によってマイナス50kgの300kgとなる)。これは居住&荷室スペースがある程度犠牲になる市販車ベースのEVとして、異例中の異例だ。見た目はマフラーがないこと以外、全く同じ。唯一、ボディの横に貼られた「ZERO EV」「環境に優しい電気自動車です」のステッカーでEVであることを主張している。
バッテリー残量計と電気ヒーターを追加
室内は基本的にサンバーと同じだ。EVは構造上クラッチが不要となるが、クラッチペダルはとりあえず残されている。取り払うコストを抑えるためだ。新設されるのは、主電源のバッテリー残量をカラー表示する残存容量計。それとヒーターは、主電源を利用した電気ヒーターになっている。エアコンはオプションだ。
なお、不要になったエンジンやマフラーの買い取り需要はほとんどないため、今のところ同社の倉庫で保管されるそうだ。環境のためのEVを開発するメーカーだけに、粗大ゴミとして処理するのだけは絶対に避けたいところ。どうリサイクルするか、これも今後の課題となる。
基本性能&ドライブフィール
あえて鉛電池を採用、航続距離70kmを想定
企業の規模に関わらずEVの開発で最も頭を悩ませているのがバッテリーだ。ライトやパワーウインドウ程度を動かすだけなら12Vの鉛電池で間に合うが、クルマを動かそうとするにはとてつもない大容量が必要となる。大きくてかさばるバッテリーを用いても、充電に時間がかかり、走行距離も限られている。現在のところ、鉛電池に比較してかなり高性能なリチウムイオン電池やニッケル水素電池がEVでは多く使われているが、内燃機関に代わるだけの性能と実用性、価格という点で見通しは暗い。
現在一般的な鉛、ニッケル水素、リチウムの3タイプのうち、航続距離の目安となるエネルギー密度で一番優れているのがリチウム電池だ。次いでニッケル水素、鉛という順になる。比率で表すとリチウム3:ニッケル水素2:鉛1だ。しかし、コストでは鉛がダントツに安く、ニッケル水素やリチウムはその何十倍というコストがかかる。
それでも現在の主流は、ニッケル水素もしくはリチウムだ。これは自動車業界内で、実用化に必要な航続距離が最低でも100km以上必要とされているためだ。ある市場調査で、平日の乗用車の走行距離は約70km以下が95%を占めている、というデータがある。これに安心という保険を上乗せした数値と思っていいだろう。実際、市販EVカーの航続距離はニッケル水素を使うRAV4 EVやEV-PLUSで200km以上、リチウムを使うハイパーミニが100km以上を確保しているとされる。しかしそのコストがそのまま車両価格に反映されれば当然一般ユーザーは買わないし、現実的な価格で売ればメーカーが赤字になる。だから電気自動車はいつまでたっても普及しないのだ。
ゼロEVサンバーは、あえて業界内の掟をやぶって航続距離を70kmぐらいと想定し、鉛電池を使用している。鉛といっても一般のクルマに搭載されている12Vとは違う、EV専用バッテリーだ。70kmというのは軽トラの用途を考えれば十分納得できる数値だし、なによりコストが安く済む。
モーターもあえて直流に
モーターも主流の交流ではなく、直流をあえて採用している。直流モーターのメリットは小型、軽量、安価。対してデメリットは、交流モーターに対して冷却効率が悪い、高回転に向かない、といった点だ。しかし、軽トラという性格を考えればさして問題にはならないだろう。とにかくゼロEVサンバーは、大手自動車メーカーのようにあまり固く考えず、ひとまず必要な性能だけ確保し、構造はシンプル、価格はリーズナブルを前提としているのだ。
気になるスペックは最高出力が25ps。最大トルクが0~2500回転域で8.8kgmを発生する。もとの660ccエンジンに対して、最高出力は約半分の21psダウン。しかし最大トルクは約1・5倍の2.9kgmアップだ。
元々の5MTを3速化して残す
モーターは回転数に対するトルク変動が極めて小さいので、基本的に変速機は不要だ。しかし、ゼロEVサンバーはもともとあった5速のマニュアルトランスミッションを残し、2速と4速を外して、1速はL(低速)モード、3速はM(中間)モード、5速はH(高速)モードと置き換えている。通常はHモード、荷物の積載時はMモード、最大積載量に近い場合や急勾配の坂を登る時はLモードといった具合で、走行条件に応じたギア比を選ぶ。ギアチェンジにクラッチ操作は不要で、2WDと4WDの切り替えは停車中、走行中に関わらず、シフトノブ上のボタン操作だけで可能だ。
もうひとつ注目したいのが充電方法だ。これまでも家庭で充電可能というEVカーは多く存在しているが、その大半は積算電力計、ブレーカー、専用コンセントといった専用設備が必要とされている。その分の費用はもちろんユーザー持ちで、ざっと10~30万円かかる。
一方、ゼロEVサンバーは何の設備投資もいらない。家庭用100V電源OKだ。ガソリンの挿入口のフタを開けると、見慣れた電源プラグが出現する。しかもスルスルと5mの延長コードが付いているのが面白い。フル充電に要する時間は、バッテリー残量が半分ぐらいの時で約8時間。この時間は他の市販EVカーとあまり変わらない。夜寝る前に充電し、朝目覚めたときにはスタンバイOKというわけだ。
究極の静粛性と上級セダンに迫る発進加速
さて、試乗だ。モーターの始動は、フツーのクルマと同じでキーをひねるだけ。EVにはアイドリングというものがないので、エンジンによる音や振動は一切ない。厳密にはモーターからわずかに音や振動はあるのだが、運転席から最も離れた場所に配置されているので、どんなに五感を集中させても無音、無振動。究極の静粛性を確保、というわけだ。ただ、これではホントに走れる状態なのかどうか分からない。安全に関わる部分だけに、せめて他の市販EVのように走れる状態を示すインジケーターぐらいは欲しいところだ。
電気モーターとエンジン、両者の特性に違いはあるが、クルマを走らせるための操作については、大差はない。発進はシフトノブをHモードにして、アクセルを踏むだけ。先述したようにクラッチ操作は不要で、ギアチェンジの必要もない。無段変速機のCVTと似た感覚だ。アクセルをわずかに踏み込んでやるだけで、極めてスムーズに発進する。しかも最初から最大トルクが発揮されるため非常に力強い。感覚的には3リッタークラスの上級セダンに匹敵する。
60km/hぐらいまでなら何のストレスもなく加速する。しかもアクセルを全開にしても、本来の660ccエンジンのようにガーガー騒々しくないのが嬉しい。60km/hからの加速は急に鈍くなるが、軽トラという点を考えれば十分満足し得る性能と言っていい。最高速はメーター読みで90km/hぐらい。これは他の軽1BOXの市販EVと同程度だ。カタログ上のフル充電航続距離では30kmほど劣っているが、実用性能にはほとんど差がないと思っていいだろう。
軽トラでベストのハンドリング
乗り心地自体はさすがに軽トラのまま。ゴツゴツしており、運転姿勢もほとんど直角状態だから、長時間の運転には耐えられない。しかしハンドリングはEVの方が断然いい。これは50:50の前後重量配分に加えて、床下バッテリーのおかげで重心が下がったからだ。実際、フツーだったら横転しそうなぐらいにステアリングを切っても、かなりのところまで粘ってくれるし、応答性も良く、素直だ。ノンパワステだが、重さは全く気にならない。このクルマでハンドリングを評価してもあまり意味はないだろうが、軽トラでベストとも言えるハンドリングは、偶然とはいえやはり素晴らしい。
ここがイイ
無音の走行は、軽トラであることを忘れさせてくれた。ノイズというクルマの3大デメリットの一つに関しては、ほぼ完全に解決されている。これがEVのいいところだ。また力強い加速もガソリン車以上。軽トラならこれで十分という動力性能は驚きだ。4WDシステムがそのまま残してあるので、シフトレバーのボタン一つで切り替わる。さらにトラックとしての積載性を維持しているのもいい。サンバーのメリットを生かしきった、見事な改造だ。家庭の交流100Vで充電可能なのも素晴らしい。
ここがダメ
キーオンで音がしないので違和感がある。最高速が80km/h程度という点は、やはりもう少し何とかして欲しいところか。流れの速い郊外の国道では、もう少し余裕が欲しい。これはこのクルマ本来の主旨から外れる要望ではあるが。
総合評価
趣味でEVを作る人達は多い。ただそれはあくまで趣味であって、社会的な存在にはならない。EVがそうなるためには、企業がビジネスとして成り立たせる必要がある。大手メーカーの社会に対するプロパガンダでは、あまり意味がないのだ。その点、このクルマでは果敢に、ビジネスが成立するようトライしていることを高く評価できる。EVを売って利益を出すという試みを誰かが成功させれば、続く人は出てくるはず。実用には十分なっているのだから。
このクルマを環境に敏感な企業はどしどし導入して欲しいところだ。例えば、新聞社などが、自社の販売網のトラックをこれに変えたりすれば、企業イメージは大幅にアップするはず。自ら率先して環境問題を考えるというキャンペーンが張れるだろう。
トヨタのMMCスマートのようなルックスの軽乗用EV「e-com」を用いて、creyon(クレヨン)というEV共同利用プロジェクトが愛知県豊田市で行われている。これはGPSカーナビと携帯電話を使い、航続距離の短いEVの運行とバッテリー残量を集中管理して、バッテリー切れを防ごうという仕組み。e-comの場合は、専用の充電ステーションが必要で、どこでも気軽に充電するというわけにはいかないから、ずいぶん大がかりなインフラが必要になっている。しかしZERO EV サンバーなら航続距離は同じくらいだが、充電ステーションの必要がないから、もっと簡単にcreyonと同じシステムが組めそうだ。そこまでやるとおもしろいのだが、まだまだ先は長いだろう。
いずれにせよ、街のチューニングショップからEVを使ったメーカーを目指すというゼロスポーツの心意気を買いたい。さらにエンジンのないホワイトボディがメーカーから供給され、行政から補助金が出るようになれば、実質価格はもっと引き下げられる。何とかビジネス的に成功することを願わずにいられない。
e-comやLAV4 EVにも試乗したことがあるが、今回のサンバーも含め、これらのEVは航続距離とエアコンの問題(ヒーターやクーラーはバッテリーには負担が大きい)を除けば、十分実用に耐える。きちんと作れば、走りもガソリン車以上のものが作れるかもしれない。チューニングショップでもボアアップをするのでなく、モーターのコイルをまき直す、などというチューンをする時代がいずれ来るかも。EVの今後に期待したい。