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発信箱:アキバの涙=磯崎由美

 日が暮れて雨も降っているというのに、足を止める人が絶えない。7人が殺害された通り魔事件から一夜明けた9日、秋葉原の現場はまるで街が痛みを感じているかのように、静かだ。

 ジュース、カップラーメン、漫画、牛丼、ぬいぐるみ。路上に設けられた献花台にみんな思い思いの供え物をしては黙とうし、そっと去っていく。亡くなった人の数だけ花を手向ける人もいる。多くは逮捕された容疑者と同じ20代のアキバ系だった。

 「昨日、事件のことも知らずに買い物をしていた自分が恥ずかしくて」。専門学校に通う自称オタクの男性(22)は手ぶらで来たことをわびながら手を合わせた。就職先が決まったが、倒産するかもしれないのだという。「確かにため込むんです。嫌な事があると投げ出したくなるし、相談できるような人いないし」。そんな彼が幸せを感じるのが、この街に来てウルトラマンや怪獣のフィギュアを買い集める時間だ。

 物心ついたころから不況の時代を生きてきた今の20代には、親たちが当然のように手にした終身雇用もマイホームも遠い。社会を責め、自分を責めながらも趣味の世界を大事に生きている。その聖地が引き裂かれ、引き裂いた者が同世代だったことに、彼らにしか分からない事件の衝撃があるのかもしれない。

 凶悪事件が起きるたびに誰もが理由を探そうとするが、「心の闇」という言葉もありきたりになってしまった。祈りに訪れる若者たちを見ていると、それでも「なぜ」を考え続けることの大切さしか、思い浮かばない。(生活報道センター)

毎日新聞 2008年6月11日 東京朝刊

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