原爆症の認定申請を却下された広島、長崎の被爆者らが幅広い救済を求めている集団訴訟をめぐり、舛添要一厚生労働相が国側敗訴の仙台、大阪両高裁判決を受け入れ、上告しないと表明した。一方、認定基準の再改定はせず、他の裁判所での訴訟は継続するという。一連の裁判で国側は8連敗しており、司法の判断は定まったとみられるのに、かたくなと映る対応だ。
原爆症の認定基準のハードルは高く、25万人の被爆者のうち認定されたのは約1%にとどまっているのが実情だ。これまでの原爆症認定訴訟でも再三、司法から基準の改定を促す判断が示されたが、国は上訴して争う姿勢を崩さずにきた。
流れが変わったのは昨年8月、当時の安倍晋三首相が「認定基準を見直す」と約束したせいだ。政治主導で基準の改定作業が進められ、今年4月には新基準の運用が開始された。
新基準は、放射線量の推計値や発症への影響度を示す原因確率を基に線引きしていた旧基準を大きく改めた。とくに放射線起因性の要件を見直し、がんや白血病など5疾病に限っては積極的に認定するように要件を緩和した。
原爆投下後の入市被爆者や、放射性降下物による遠距離被爆者も認定の審査対象に位置づけた。被爆線量や生活歴などを個別に審査する総合判定によって、5疾病以外を個別審査する仕組みも導入された。
しかし、両高裁の判決は新基準でも国が「認定の範囲外」と判断した原告7人を原爆症と認定した。訴訟で争われたのは旧基準だが、事実上、新基準でも不十分とする指摘である。
国側が重く受け止めるべきは、基準の機械的な運用による被爆者の切り捨てを、司法が一貫して批判していることだ。世界唯一の被爆国として原爆の被害実態を内外に鮮明にすべきなのに、過小評価するかのように救済対象を絞り込んできた国の政策が問われている、と言えるだろう。
喫緊の課題は、行政と司法とで生じた二重の認定基準の統一である。裁判で勝訴したのに原爆症と認定されない原告がいる一方で、行政が原爆症と認定しながら裁判では認定されなかった原告もいる。司法から不十分とされた新基準をこのまま通用させることも許されまい。
舛添厚労相は現行の新基準に沿った総合判定を活用したい意向とみられるが、総合判定には基準が明確でない難がある。司法の指摘をくみながら認定基準を再改定し、公明正大な新・新基準を作るのが筋だろう。今後、どのように被爆者を救済していくのか、政府は方針を示すべきでもある。
被爆者の高齢化も進む。「疑わしきは被爆者の利益に」とする立場で幅広い救済を目指し、他の裁判の終結も急ぐべきだ。
毎日新聞 2008年6月11日 東京朝刊