2006年09月30日

短期集中連載��

『なんでピアノの練習をサボるのよ！（怒）』


大声でヒステリックに叫んだのは私・・・
ここ数日間、マリアがピアノの練習を怠けているせいだ。
私が働いている間に課された練習を、彼女は全く行っていなかったのだ。

マリアは私に決められた時間に、部屋で坦々と練習曲を演奏しなければならない。
それは部屋に置いてあるカセットテープに録音される・・・
つまり練習をサボってしまうと、仕事から帰宅した私が、
テープを再生した時にバレてしまうのだ。

マリア『だって、ロベルタが遊ぼうって来たから・・・』

幼いマリアは怒鳴り散らす私に必死で弁解をします。

私『いい？マリア、あなたはロベルタとは違うの！音楽家にならなきゃいけないんでしょ？
　　外で皆と遊んでいる時間なんて、これっぽっちもないのよ！』

５歳の女の子に、それを理解しろと言うのは無理な話です・・・
けれど私は彼女を子供扱いせずに、まるで大人のように接していたのです。

全ては自分のエゴの為に・・・



マリアは泣きながらピアノを必死で演奏しました。
しかし幼い子供がしゃくり上げながら楽器を弾いても、
まともな演奏になるわけはありません。

両手の指が揃わず、リズムもバラバラ・・・

タッチが荒いだけで私は不機嫌になります・・・

私『何やってんの？それ？』

私のキツイ口調で緊張していたマリアはドキっとしたのでしょう。
怒られたくなくて無理矢理に感情を込めようと、
鍵盤に強引に強弱を付けて演奏を続けた瞬間・・・


や　め　な　さ　い　・　・　・


私が押し殺したようなような声でポツリと呟きました。
マリアは手を止めると、恐る恐る私の方を振り向きます。
その瞳には既に涙は流れていませんでしたが、
身体はビクビクとして震えています・・・

彼女にとっては、ピアノの前に立つ私が、
さながら鬼のように映ったことでしょう。

でもそれは間違いじゃありません。
私は音楽の事になると、マリアの前では本当に般若のような女でした・・・


私『あなたはメトロノームを鳴らすことも忘れてる？
　　おかげでリズムもタッチもバラバラ・・・
　　こんな練習じゃあ、全く意味がないのよ！（怒）』


怒鳴りながら譜面台にあるハノンの楽譜を右手で床に叩き落としました。
マリアはピアノの前に座ったまま項垂れて、自分の手を見つめています。

私『ママに叱られたぐらいで何、動揺してるのよ？
　　そんなことで立派な演奏が出来ると思ってるの？
　　悔しかったらママを見返しなさい！ママを感動させなさいよ！』

二人だけの、ピアノしか置いていない殺風景な部屋に
いつものヒステリックな私の言葉が響き渡ります・・・



私はマリアに音楽を教えていたのではなかった・・・
ピアノを通じて、憎しみや怒りを注ぎ込んでいただけ。
何も知らない幼い素直なマリアは、さぞかし毎日が苦しかった事でしょう。

それでも・・・

そんな幼いマリアに対しても、


私　は　虐　待　し　続　け　た　の　で　す


私はソファーから立ち上がり、マリアの隣に立ちました。

マリア『ママ、ぶたないで！痛いからやだよ！』

常日頃、私に逆らえば叩かれていたマリアは懇願します。
けれど私は彼女の耳元でこう囁きました・・・


私『ママの一番大切なモノってなあに？』


マリアはじっと私を見つめ返すと、
蚊の鳴くようなか細い声で、恐る恐るこう言ったのです・・・

マリア『ママの・・・一番大切な・・モノは・・・
　　　　ママの手・・・両手・・・』

絞り出すように彼女は母親である私にこう言いました。
いえ、きっと言わせていたのでしょう・・・
私の日々の言葉、教え、そして今自分の前にいる私の威圧感が、
僅か５歳の子供に、そう言わせたのだと思います。


私『その通り、良く分かっているじゃない？
　　ママは自分の手が一番大切なの、
　　そんな大切な手でマリアを叩くと思う？』


私は口元に笑みを浮かべて、そう言ったことを覚えています。
そしてマリアも、その言葉と私の表情を見て、
少しばかりホッとした安堵の表情を浮かべた事も覚えています。

けれど・・・

私はスッとテーブルの上にあった物差しを握ると、



パ　　シ　　ッ　　！



大きな音がするぐらいマリアの手を物差しで強く叩きました・・・。

マリア『痛い！』

彼女の目から再び涙がポロポロと溢れてきます。
それなのに・・・

ううん、
それでも私は彼女にこう言ったのです。


私『マリア、あなたの手は、まだ叩かれる程度なの？わかる？
　　悔しかったら、叩かれたくなかったら、
　　ママの両手よりも素晴らしい演奏が出来るようになりなさい！』


そう・・・
当時の私にとって一番大切だったのは・・・

紛れもなく音楽・・・

そして、それを鍵盤から紡ぎだす最高の両手・・・



決 し て マ リ ア な ん か じ ゃ な か っ た



ひどいママだったよね・・・
あなたよりも、自分の子供よりも、
自分の両手の方が大事だったなんて、ね。

マリア、ごめんなさい。
もう届かないけれど、ごめんなさい。





き　ゃ　ん　！　き　ゃ　ん　！


ワンちゃんの悲しげな悲鳴が聞えてきました。
咄嗟に立ち止まり、耳をピンと立てるサザビー・・・
私も鳴き声のする方へ、ゆっくりと歩いていくと、
そこにはお散歩仲間のワンちゃんが飼い主さんにリードで打たれていました。
悲鳴を上げるワンちゃん・・・。

何でも飼い主さんの言うことを聞かずに、
家から逃げ出して公園まで勝手に来てしまったらしいのです。

サザビーはその子の声を聞きながら、私の方を見上げました。
私は彼女の視線に気が付くと、そっとサザビーを抱き上げて
その道から離れました・・・。
歩きながらワンちゃんの悲鳴が聞えないように、
そっとサザビーのピンと立てた耳を片手で押さえて・・・

彼女の大好きな遊具の前で、そっと下ろしてあげると
サザビーは私を見上げて動きません。
どのくらい時間が経ったでしょう・・・
私はサザビーの前にしゃがみこんで彼女に話しました。


『ママはサザビーがイケナイ事をした時に叩くこともあるけれど、
あんな風に悲しげな悲鳴を上げさせる叱り方はしないからね。』


それは紛れもない本当の気持ちでした・・・

あの頃には思いもしなかった母親としての言葉が、
この時ようやく長い長い時を経て、いま私の口から溢れ出したのです。


でも・・・

でもね・・・

もし、ママが間違ってあなたを怒ったり、叩いたりした、その時は・・・



容　赦　な　く　、　そ　の　歯　で　

マ　マ　の　手　を　思　い　切　り　噛　み　な　さ　い



辿り着けた・・・
やっと今、辿り着いた・・・。

私にとって一番大切なのは、もう両手なんかじゃなかった。
そう、やっと気がついたんです。

自分の大きな間違いに辿り着けたんです。


サザビーの前にゆっくりと差し出された私の手は、
あの時のマリアに届いたでしょうか・・・


私は彼女の頭を撫ぜながら、そう言うと・・・
彼女も私の手を舐めてきました。



しつけも色々あるのだろうけれど、
私はサザビーに人を嫌いになるような叱り方はしたくない。
確かに逃げ出したワンちゃんも悪いけれど、何故そうなったのか？
逃げ出した過失は飼い主にもあるのです・・・
それを考えたら、私は大好きなパートナーをリードで叩くなんてことは絶対にできない。

サザビー・・・
人間はこんなに自分勝手な面もあるけれど、
今日のことでママを嫌いにならないでね。



ママ、大丈夫だよ、サザビーはだいじょうぶ！



私は幻聴が酷くなったのかもしれません。
こうやってサザビーに愛情を注ぐたびに、マリアの声が聞こえるのです・・・

でも、ちっとも嫌じゃないよ・・・

空は日が沈んで、辺りはすっかり暗くなっていました。
サザビーが私の表情をじっと見つめています・・・


『びっこ、ママと一緒に家でハノン、練習しよっか？』


私の言葉にサザビーは『エへへ♪』と笑顔になったように見えました。




※第８回はまた来週掲載されます


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Posted by the_later_sazaby9966 at 00:00
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