論説

◎2008年06月10日

 2001年、大阪教育大付属池田小を襲った悪夢。包丁を持った男が乱入し8人の小さな命を奪った。「助けて」「痛い、痛い」。悲鳴と泣き声、教室の床は血の海…。恐怖の現場を本紙はこう伝えた▼あの日と同じ6月8日。再び惨劇が起こった。今度は歩行者天国でにぎわう東京・秋葉原。25歳の男が通行人に次々と襲いかかった▼暴走したトラックは人をなぎ倒し、振りかざした両刃のダガーナイフが突き刺さる。悲鳴が上がり崩れ落ちる人、血だまりのなか息絶え絶えの人…。7人が命を落とした▼犠牲になった人に落ち度があるはずもなく、突然に家族を失った遺族の無念は計り知れない。「世の中が嫌になった。誰でもよかった」。無差別殺人の理不尽さに一層怒りがこみ上げる▼「秋葉原で人を殺します」「車が使えなくなったらナイフを使います」。容疑者の男は携帯電話サイトで犯行を予告し事件20分前には「時間です」と決行を宣言していた▼中学時代からゲームに熱中し自分の性格を「ひねくれ者」と書いた男。勤務先ではおとなしく、宿舎の同僚とも付き合いが少なかったという▼内向的で仕事にも不満が募る日々の果て、大胆な犯行でようやく主人公になった気分だったのだろうか。「誰でもよかった」。最近相次ぐ無差別殺人に、生身の命とゲームの命の区別も付かないのかとがく然とする。

◎2008年06月08日

 「SELP(セルプ)」、聞き慣れない言葉だがセルフとヘルプを合わせた造語で自助自立を意味する。授産施設で働く障害者の就労環境を整備、収入を増やそうと「県セルプ振興センター」として発足、間もなく3年になる▼行政の支援を受けず運営は厳しいが、加盟47施設で作る商品の販売や企業などからの受託窓口として仕事を伸ばしてきた。受託といってもメール便の封入など単純作業中心で大きな収入増にはならない▼自立には施設で「売れる商品」の開発が欠かせない。立地や特徴を生かした商品の中には隠れた人気商品も生まれている。なかでも不良品の豆をより分け質の高い納豆やコーヒーはどちらもおいしさでは他の商品に負けない▼欠陥豆を取り除けばもっとおいしいコーヒーができる―。このアイデアは福井商工会議所の「苦情クレーム博覧会」の意見から生まれた。手作業で豆を選別した厳選コーヒーは県喫茶協同組合が焙(ばい)煎(せん)し「粋に浪漫珈琲」のブランドで販売している▼施設の商品だからといって売るのでは長続きしない。手作業は得意だが販売には苦労している。月1回程度は県庁や福井市役所での即売会を行う。消費者ニーズに合う商品開発をしたい▼現在、独自のアンテナショップがほしいと準備を進める。障害者の自立に向けて同センターの役割は大きい。理解と協力が必要だ。

◎2008年06月07日

 仏教徒が多い日本人にとって、仏像はなじみが深い。何しろ1400年以上の付き合いがある。日本書紀によると552年、朝鮮の百済王から経文と「釈迦仏金銅像」が献上されたという▼時の欽明天皇は仏陀(ぶっだ)の教えよりも仏像に首っ丈の様子。「仏の顔は端厳で未(いま)だかつて見たこともない。礼拝すべきか否か」と群臣に問いかけたという▼紀元前5世紀ごろ、インド北部で生まれた仏教。成仏の道を説いた釈迦自身は仏像礼拝を勧めていないが、入滅後500年、在家信者の心のより所にと仏像が誕生し各地に広まった▼その発祥地こそ「ガンダーラ」。現在のパキスタン北西部で東西の歴史と文化の交差点だった。紀元前にはアレキサンダー大王が、中国・唐時代に玄奘三蔵法師が、13世紀にはマルコ・ポーロが足跡を残している▼仏像はこの地で紀元後1世紀ごろ誕生したという。5世紀にかけて石彫を中心に栄えたのが「ガンダーラ美術」。その魅力を伝える展覧会が福井市美術館で開催中だ▼さすがに文明の十字路と呼ばれた地域。ギリシャ、ローマ彫刻を思わせる洗練された仏像がある。インド風の肉感的な造形や文様も見える。まさにインターナショナルである▼日本は木像中心、ガンダーラは石像という違いはある。しかし日本から8000キロ、1800年前後の時空を隔てても、まなざしは同じような気がする。

◎2008年06月06日

 「私の愛人になってください」。こんな手紙を受け取ったらどう思いますか―。のっけから強烈な質問だが、日本人なら「内縁関係なんて不(ぶ)躾(しつけ)な…」と大半が顔をしかめるに違いない▼ところが同じ「愛人」でも、韓国なら男女を問わず「恋人」の意味だし、中国では単に「配偶者」を指す。漢字圏同士、筆談が可能ゆえに逆にとんでもない誤解が生まれる▼そんな不都合を解消するため「日中韓漢字通用小辞典」の出版準備が進んでいる。筑波大の佐藤貢悦教授らが約270の事例を取り上げ、3カ国で発刊予定があるらしい▼ほかにどんな言葉があるのか興味津々だが、まずは「石頭」。日本では「頑固で融通が利かない人」をいうが、韓国では「頭が悪い人」という侮(ぶ)蔑(べつ)語。中国では「石」そのものだ▼「家内」といえば韓国と中国では「家庭」という意味で使うが、日本では「妻」の別称。「汽車」の場合は、日本と韓国では列車のことだが、中国では「自動車」を指す▼長い歴史や風習で意味合いが変化したのだろうが、日本でも同じ現象がある。一例として、土砂をすくい穴を掘るシャベルとスコップ、どっちが大きい?▼角川国語中辞典はスコップを「大型のシャベル」と書き、大辞林では「シャベルより小型」と説明して「関西では大型のものを指す」と補足する。言葉は複雑ではあるが、逆に面白くもある。

◎2008年06月05日

 雌雄を決する戦いは異例の長きにわたった。米大統領選の民主党予備選は、黒人初の大統領を目指すオバマ氏が、同じく女性初を目指したクリントン氏に勝利。5カ月を超える選挙戦に終止符を打った▼史上例を見ないデッドヒートは、2000年以上も前の中国の武将、項羽と劉邦を思い起こさせる。秦の始皇帝亡き後、覇権を争ったライバル同士である▼名門の出身でプライドが高い項羽に対し、劉邦は名もない農民の子で憎めない性格だった。両氏、形勢逆転の要因は、人の意見を聞き入れた劉邦の人心掌握術だといわれている▼4年前、オバマ氏は無名の地方議員だった。しかし「白人でも黒人でもなく、金持ちでも貧者でもない一つの米国をつくろう」―。この力強い演説で老若男女のハートをつかんだ▼知名度、資金力、組織力とも劣勢だったオバマ氏が、政治に失望していた米国人を動かした。黒人のおばあちゃんは、運動資金にと3ドル1セント、約320円をネットで寄付してきた▼陣営には4月末で150万人から2億6500万ドル、280億円近い献金が集まったそうだが、大半は100ドル以下の個人寄付だという。まさに草の根のパワーである▼翻って今の日本。果たして政治家に、有権者に米国ほどのエネルギーがあるだろうか。与野党の腹の探り合いばかりが目に付く現状を思うと、何とも心もとない。

◎2008年06月04日

 「このたびは幣(ぬさ)も取りあへず手向山(たむけやま)紅葉(もみぢ)の錦神のまにまに」。小倉百人一首にあるこの歌、詠み人は菅原道真である。朱雀院の吉野行きにお供したときの作とされる▼今度の旅はあまりに急のことで、道祖神に無事を祈る幣も用意できませんでした。代わりに手向山の美しい紅葉を捧(ささ)げますのでどうぞお受けください▼「もみじマーク」の車を多く見かける。改正道路交通法の施行で、75歳以上のシルバードライバーに「高齢者運転者標識」(もみじマーク)の表示が義務づけられた▼高齢者本人の自覚を促す一方、周囲の注意を喚起し高齢ドライバーを保護するのが狙い。道真公の和歌にちなめば、もみじマークはさしずめ安全を後押しするお守りといえよう▼県内の75歳以上の免許所有者は2万6815人、全体の5%を占める(4月末現在、県警運転免許課調べ)。この10年間で9600人から2.8倍に増えている▼高齢者の交通事故対策といえば、従来は被害者にならないための指導啓発だった。ただ最近は高齢ドライバーが加害者になるケースも多く、こちらの対策も重要になっている▼もみじマークは安全保証書ではないし、事故抑止の特効薬でもない。むしろ自身の安全宣言書だと心得たい。後期高齢者医療制度の批判に配慮して、違反摘発は1年先送りされたが、事故発生に待ったはない。

◎2008年06月03日

 均一化した日本社会を指して「金太郎飴(あめ)みたいだ」という。どこの街にも同じコンビニや全国チェーン店があり、生活スタイルも大差ない。地域の特徴は薄れみんな同じ顔をしている…と▼ところがどっこい、南北に長い日本列島。よくよく見れば気候風土から生活文化まで、実に多様な顔を持っている。本県から直線で約600キロ、みちのく秋田県を訪れてつくづく実感した▼県中央部の穀倉地帯を走ってまず気付いたこと。瓦屋根の家が全く見当たらない。ほとんどがスレート葺(ぶ)きで、しかも片側に急傾斜している。当然、1メートルを超える豪雪対策である▼地元の人の話では「雪が滑り落ちるようにしないと家が倒壊する。その分、雪の下敷きになったり雪下ろし中の事故もある」という。瓦葺きの家は海沿いの一部にあるだけ▼ガードレールの歩道側に金属資材らしきものが見える。建築現場で使う足場とポールに似ているが、実は冬の訪れを前に組み立て、防風雪壁になるという▼奥羽山脈から吹き下ろす横殴りの東風「出し風」は視界を遮り路面はたちまち凍結する。それを防ぐ手段である。そう思って見渡せば、農家は大きな杉に囲まれている▼昔のことわざに「所変われば品変わる」という。気候風土が違えば風俗習慣は違って当たり前。金太郎飴とひと言で片付けられないくらい、日本の歴史・文化は奥深い。

◎2008年06月02日

 「プロスポーツが根付くとその地域が盛り上がる」。企業セミナーで来福した前ヤクルトスワローズ監督の古田敦也さんの言葉には実感がこもっていた。野球、サッカーはエンターテインメントとも話した▼福井に独立リーグのチームができた感想を問われて、BCリーグの志の高さを評価した。プロ野球は少し前までは地域色より首都圏と関西圏に集中して地域色が薄かった。最近は日本ハムが札幌に移転、仙台に楽天が誕生して変わってきた▼仙台に行く機会があり地元の人に聞くとプロ野球のイーグルスが地域に新たな活気をもたらしたと口をそろえた。地元での強さが目立つのもファンの応援に支えられてのことだ▼地元チームを応援する楽しさ、喜びは高校野球で経験しているがプロスポーツはひと味違う。先月からシーズン入りしたBCリーグ。ことしから福井ミラクルエレファンツが加わり楽しみが増えた▼古田さんの言うようにプロスポーツの活躍が地域を盛り上げる。そのためには関心を高めていくことが大事だ。本県出身の女性デュオ、ナナ・イロが歌うイメージソング「”YELL”エール」も親しみが持てる▼出だしは今ひとつだったが主砲の一発も出てこれからの試合に期待したい。サッカーのサウルコス福井も北信越リーグ1部に昇格し戦っている。両チームを応援し県全体が盛り上がるとよい。

◎2008年06月01日

 物と物を固定したりつないだりするときに便利なねじ。ねじは生活の中に大小さまざまな形態で潜在し目に見えず役に立っている。きょう6月1日は「ねじの日」だそう▼日本ねじ工業協会ホームページには、1949年のこの日、旧工業標準調査会が日本工業標準調査会に改名し、新たにJIS(日本工業規格)の制定が実施されたことを記念して決められたとある▼古くは揚水機に使用されたアルキメデスの木製ねじがあり、ルネサンス期には絵画「モナリザ」で知られるレオナルド・ダ・ビンチが締結用ねじを考案、製作した▼回転運動を利用して用途は広い。長さ測定、ロープなどの引っ張り、小さな力で大きな物の移動、圧搾や圧縮、密閉など。固定や接合を繰り返すとねじ山が潰(つぶ)れたり、空回りして締まらなくなったりする。あれは困る▼そんなときよく口にする言葉が「ねじがばかになる」。使いものにならなくなったことを言い表す。使い方が悪いせいもあるだろう▼通常国会はほぼヤマを越し終盤。会期末は15日。ねじれを有効に使い切れず再議決を乱発。審議が尽くされず締まらない印象だった▼与党内にねじれへの恨み節とも取れる言動が目立ち始めた。参院不要論が透けて見える。衆参両院を接合するねじがばかになっているのかもしれない。ねじれの現実を見据え両院の在り方を模索すべきだ。

◎2008年05月31日

 パンダが時ならぬ話題になっている。東京・上野動物園のリンリンが死去した直後、中国の胡錦濤国家主席が来日。福田康夫首相にパンダをペアで貸与すると約束した。絶妙のタイミング▼そこに中国・四川大地震。震源地はパンダの古里・臥龍自然保護区のすぐ近くとあって”友好大使”の安否が気遣われた。幸い無事が確認され関係者は胸をなで下ろした▼一見心温まるニュースだが「貸与」と分かり歓迎熱が冷めている。神戸市王子動物園は二頭のパンダに、年間1億円ものレンタル料と5000万円の研究費を払っているという▼「熊猫」と呼ばれる愛らしいパンダに、そんなに高額の金がかかるとは…。石原慎太郎・東京都知事も「ご神体じゃないんだから、いてもいなくても結構」と冷たく突き放した▼そこら辺の事情は「ナショナルジオグラフィックス」2006年6月号に詳しい。その名もズバリ「パンダ貸します」。米国にある4動物園の平均支出を掲載している▼パンダ保護の名目で2頭のレンタル料100万ドルと研究協力費60万ドルの約1億7000万円が毎年中国に支払われる。子どもが誕生すれば、1頭で別途60万ドル▼一方、頼みの入園料収入は100万ドル以下。厚遇、高額な飼育費用で消えてしまうという。パンダ自身も”客寄せパンダ”として異国で暮らすより、故郷の竹林で過ごすのが本望だろうに。

ページ変更: 1  2  3  

風の森倶楽部