<企画者の言葉>
David Allis,Bryan Turnerにより提唱された「ヒストン上のアミノ酸における異なる化学修飾が異なるクロマチンの構造・機能を規定する」という考え方,いわゆるヒストンコード仮説は,近年の目覚しい研究の進展により,より複雑で修正された考え方に変換されつつある.確かに,「遺伝コード」に対するような「ヒストンコード」というものは存在しないとしても,この約10年間の研究により,ヒストンコードの実体であるさまざまな化学修飾がクロマチンの構造制御や機能にかかわるあらゆる反応の調節に寄与していることが示されてきた.その多様性はさらに広がり,その重要性はさらに増してきている.本特集では,このヒストン化学修飾研究の最新の知見,特に生命機能制御における異なるヒストン化学修飾の役割について紹介する.(眞貝洋一)
ショウジョウバエにおけるPEV(position effect variegation)とよばれる現象は,ヘテロクロマチンの構成因子の研究に大きく貢献してきた.本稿ではPEVを利用した遺伝学的スクリーニングについて解説し,さらにわれわれが最近同定したショウジョウバエにおけるLSD1相同遺伝子Su(var)3-3の解析から得られたヒストン脱メチル化によるヘテロクロマチン形成機構について概説する
細胞内で安定に維持されるヒストンのメチル化修飾を除去することは,生理学的にどの程度意義深いのか.本稿では,近年発見されたヒストンリジン脱メチル化酵素ファミリーJHDM(JmjC domain-containing histone demethylases)の一員で,H3K9を特異的に脱メチル化するJhdm2aの精子形成における役割を,ノックアウトマウスの表現型を中心に紹介するとともに,H3K9メチル化酵素や他の脱メチル化酵素との関連について考察する
近年,転写反応を制御するヒストン修飾と修飾酵素群が多数同定され,生体内高次機能の解析がなされている.特に細胞分化の過程において機能する細胞外シグナルがヒストン修飾とクロマチン構造変換を制御する例が報告されているが,不明な点は多い.本稿では細胞外シグナルによるヒストン修飾酵素活性制御機構の例や,近年われわれが見出した脂肪細胞分化促進因子PPARγの機能をヒストンメチル化転移酵素を介して負に制御する骨芽細胞分化シグナルについて,最近の知見を報告する
クロマチンとよばれるDNA高次構造は真核細胞の遺伝情報を細胞核内に収納し,さらに正確に発現させるために重要な働きをしている.クロマチンをヌクレアーゼで処理すると146bpのDNAが形成されることが1970年代のはじめには明らかにされた.これがヌクレオソームコアで,2つのヒストンH2AミH2B二量体と1つのヒストンH3-H4の四量体で構成されるコアヒストン八量体からなり,その周囲をDNAが1.75回転,左巻に巻いている.クロマチン構造は遺伝子転写を抑制するが,転写調節因子はクロマチンのリモデリング因子やヒストンアセチル化酵素とともにこの抑制を一部解除する.近年,クロマチンの形成と再構築およびヒストンの修飾による遺伝子発現の調節機構が明らかにされている.われわれはヒストンH2Aの脱ユビキチン化が肝臓再生において遺伝子転写を調節していることを明らかにした
リン酸化はクロマチンが受ける化学修飾のなかでは最も動的な修飾であり,ヒストンタンパク質のリン酸化/脱リン酸化が,DNAの凝縮や脱凝縮,遺伝子発現の促進や抑制,あるいは内外のストレスに対する細胞応答などの,ダイナミックな生命現象に深くかかわっていることが明らかになりつつある.本稿では,最も新しいデータを含めてこれまでの各論を概観し,エピジェネティックな制御のなかでヒストンのリン酸化修飾の意味を考察する
ヒストンのアセチル化修飾は転写活性化に深く関与することが以前から示されてきた.最近になって,ヒストンのアセチル化がDNA修復や染色体の安定性にも重要な役割を果たすことが明らかにされつつあり,注目されている.DNA修復/染色体安定性の破綻は細胞死や癌化などの深刻なダメージを細胞に及ぼす.本稿ではヒストンアセチル化がどのようにして染色体の安定性に寄与しているのか,最新の知見を交えて紹介したい.また,この過程にかかわる新規ヒストンアセチル化酵素はヒストンシャペロン因子を必要とし,これまでに知られていないユニークな酵素であるので,これについても報告する.