「人の敷いたレールから降りて自分の足で歩くこと」
05年12月、女優の水野美紀さんがバーニングプロダクションを辞めて独立したというニュースは「事務所トラブル!?」や「男女関係!?」などマスコミ的憶測を呼び、かなりセンセーショナルに騒ぎ立てられた。しかし彼女は言う。「表現したいから、表現するのが好きだから、この仕事をしているんです。芝居がしたいし、成長したいし、芝居がうまくなりたい」――そのシンプルな想い、そして芝居に対する限りない情熱が、彼女の独立の原動力であり真意だった。自身も大手事務所からの独立経験のある高木淳也氏が、彼女の今後の抱負を真摯にきく。
1974年香川県生まれ。87年に雑誌モデルとしてデビュー、その後女優に転身。代表作にドラマ「逃亡者」、「踊る大捜査線」、「ビューティフルライフ」、映画に『恋人はスナイパー 劇場版』(04年)、『交渉人真下正義』(05年)、舞台に劇団☆新感線公演「髑髏城の七人」(04年)、阿佐ヶ谷スパイダース「桜飛沫」(06年)など。大人の女性役から、コミカルな役まで幅広く活躍する実力派女優。著書にエッセイ『ドロップ・ボックス』がある。05年12月に所属していたバーニングプロダクションを辞め、独立。
*公式サイト「628DRIVE 水野美紀オフィシャルサイト」http://www.628drive.com/芸能界という特殊な世界で自分を守るためにできること
水野 私、一時テレビにずっと出させてもらっていたんですけど、自分の中の感性とか表現欲とかが、かれちゃったと感じたときがあったんですよね。これ以上、これからやる新しい作品で、前よりもいい芝居、いい表現をする自信がもうない、と思った時期があった。
高木 充電する時間がなかったの?
水野 そうですね、なかったのかな……。それで舞台に目を向けたときに、ここから学べることがある!と思ったんです。
高木 それは、拘束されずに自由に演技ができるから?
水野 というよりも、違う刺激があるからかな。舞台とテレビは表現も方法論もすごく違うし、ぜんぜん違う感覚を使うから。
高木 たとえば一般の視聴者の人たちは、タレントを一つのキャラクターとして見るでしょう。それがいきなり独立する。しかもその理由を金銭トラブルや男女関係とか考える。
水野 なにかトラブルがあったんじゃないかと思われますよね。でも普通の人が思うあの会社のメリットを、私はメリットと感じられなかったんですよね。バーニングのような大手事務所にいれば、守ってもらえるし、テレビにでも出られる、CMにも出られる。お給料ももらえるし、安定している。売れているタレントとして認識されて、万々歳だろう。そう思われると思うんですけど、私は人気タレントになりたいのではなくて、表現したいから、表現するのが好きだから、この仕事をしているんです。芝居がしたいし、成長したいし、芝居がうまくなりたい。
高木 それは最近思ったの?
水野 いえ、それはずっとですね。20代にテレビドラマを中心に演じていて、そこで吸収できることや刺激があって、次はもっといいものにしたい、次はこういうことにチャレンジしたい、というテレビの中での成長があったんですけど、あるときなんかかれちゃったと感じたんですよね。
高木 その「かれちゃった」というのを具体的に言うと?
水野 だいたいオファーされる役が決まってきたし、求められるキャラクターも決まってくる。その中で自分なりに冒険とか新しい試みをするって限界があるじゃないですか。それで、もうこれ以上見せてない部分や引き出しはないなと。引き出しが空っぽになったんです。これ以上いいものや、前より新鮮な芝居、表現を見せられない。そのときにすごく怖くなっちゃって。
高木 すごく真面目だよね。(笑)
水野 (笑)真面目だと思います。
高木 オレなんて金持ちになりたくて、この世界に入ったヤツだからね(笑)。
水野 そういう理由はシンプルでわかりやすくていいですよ。有名になりたい、お金持ちになりたい、芸能という世界が好き、テレビのタレントになりたいという人にとって、バーニングはすごくいい会社だと思います。でも私には合わなかった。私もっと、地味にこつこつやっていきたいタイプなんですよね。
高木 血液型は何型?
水野 B型です。
高木 B型なの?(笑)それにしちゃ真面目すぎない? 実はオレもB型なんだ。あんまり縛られたくないし、団体生活できない。
水野 団体行動は厭ですね。
高木 自分の実力を発揮できるところで頑張ろうという感じはあるけど……。水野さん、オレよりもっとカタイよね(笑)。
水野 うん、そうかなあ……。
高木 カタイよ。いい意味でいうと、しっかりしてる。
水野 頑固かもしれない。
高木 わかるよ、オレもそうだから。それでいつも失敗してる(笑)。でも本当に思うけど、タレントは今の芸能界の方法論では絶対に潰れる。まず契約書を交わすことが大事だよ。だいたい15~6歳の社会も知らないようなコたちがテレビに出て、大騒ぎされて、そのうち感覚が麻痺してくるよね。
水野 そうですね。
高木 しかも芸能界の独自のルールで生きなければいけない。それは続かない。人間として生きられないもの。
水野 最初にいた事務所がそうなんでした。当時13歳、世間知らずな年齢にあった私が、周りの人と接して情報や知恵を得て成長することを、とても拒まれたんです。「現場では誰とも喋るな」とか、完全に隔離されたんですよ。それで16歳で上京して一人暮らしを始めたんですけど、親とも電話しちゃダメ、友達も作っちゃダメと言われて。週に3つほどレッスンを受けていたんですが、レッスンに行く前に事務所に「今から行きます」という電話をしなくてはいけなかったんです。
高木 理由は訊かなかったの?
水野 訊けないですよ。というより、みんなこういうものなのかなと思っていたんです。田舎から東京に出てきたばかりで、こうしなさい、ああしなさいと言われることが常識なのかなと思っていた。とにかく自分が今どこで何をしているかを事務所が把握できるように連絡をしなくてはいけないんですよ。勝手に遊びに行っちゃいけないし、友達を呼ぶのもいけないし。
高木 壊れなかったの?
水野 壊れましたよ、1回。でもだんだん仕事が増えてくると、事務所の人の目の届かないところで、人と話す機会も増えてくる。それでうちの事務所は少しおかしいんじゃないかと気がついた。気付かずに洗脳されていれば狂わなくて済むけれど、気付いちゃったらそこから葛藤だから。もう、すごく精神的に苦しかったんですよね。
高木 なるほどねえ。今日はもうちょっと暴露話が聞けるかなと思ったんだけどな(笑)。
水野 (笑)でも本当に独立の理由は地味にこつこつやりたいだけですから。金銭トラブルもないし、お給料に不満もなかったし、男性関係、たとえば妊娠とか結婚とか、交際を反対されてとか、そういうこともないし。
高木 ただ自分のやりたい仕事のフィールドを広げたかっただけ?
水野 ええ、自分でチャレンジしたかっただけ。
高木 反対されたりしなかったの? ひと悶着なかった?
水野 「半年後に辞めたいのですが」という手紙を、最初はまったくなきものとされました(笑)。
高木 でも今までのような露出量ではなくなるし、舞台や映画を中心とした仕事ということで路線が変わる。虚像を追いかけるのがファンの心理だから、そのカタチが変わると、ファンの人は寂しいんじゃないかな。
水野 どうなんですかね。
高木 いや、逆に新しいファンも増えるかもしれないけど。
水野 でも舞台はファンの方と直接会えるじゃないですか。そういうところで喜んでもらえたらなあと思うんですけど。あとは露出が少なくなる分、新しく作ったホームページで、日記をマメに更新するとか、状況をいろいろわかるように発信しています。
高木 ファンの反応はどう?
水野 そんなに変わらないですよ。前の事務所で作ってもらっていたホームページを辞めるときに閉鎖して、新しく作ったんですけど、前のホームページに来ていた人たちがごっそり遊びに来てくださっているので。
高木 では今後の抱負を。
水野 そうですね……、これから地味にこつこつ(笑)、でも実力を確実につけていきたいと思っています。
高木 その「地味に」がよくわからないんだけど(笑)。
水野 (笑)テレビ、CMの世界が華やかな世界だとしたら、その反対として露出が少ないと思われている舞台とか、執筆活動とかですかね。エッセイの本を1冊出したんですけど、書き続けたいと思っていて。新しいエッセイのオファーももらっています。
高木 順調なんだね。
水野 今のところ順調ですね。夏にはまた舞台をやりますし。今年は舞台2本ですね。
高木 老婆心ながらくれぐれも気をつけて(笑)。
水野 何をどう気をつけたらいいか、今はわからないですよ(笑)。