全国医師連盟(黒川衛代表)が6月8日に開いた設立集会では、医療事故裁判の被告の佐藤一樹元助手や、過労自殺した小児科医の遺族の中川のり子氏、リハビリテーションの日数制限を定めた診療報酬改定の告示の撤回などを求めて行政訴訟を起こした勤務医、澤田石順氏らが、医療現場の抱える問題点をそれぞれの立場から指摘した。(熊田梨恵、兼松昭夫)
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2001年に心臓手術を受けた12歳の女児が死亡した「東京女子医大事件」で、業務上過失致死罪で起訴された被告で、現在保釈中の佐藤一樹・元東京女子医科大学病院循環器小児外科助手は、「特定機能病院の資格を剥奪(はくだつ)されたくない大学病院側の、組織的責任を逃れようとする裏工作があった」と述べ、内部調査報告書の虚偽作成や、警察による作為的な実地検証などにより、大学病院が責任逃れのために佐藤元助手個人に事故責任を負わせようとしたと主張した。
佐藤元助手は「現場の医師と大学病院には利益相反がある。業務上過失致死は法人でなく個人が対象。その意味で病院管理者と警察の利害関係は一致した。真実も正義もなく、裏の世界は『白い巨塔』レベルではなかった」と述べた。同院が特定機能病院の資格を剥奪されたくないために警察の捜査に協力したとの見方を示し、意図的に虚偽の調査報告書を作成して現場の医師らに見せないまま遺族に提出し、外部評価委員会も利益保護のために関係者で構成されており、警察による実地検証も作為的なものだったと主張した。
また、「医局の主任教授からパワーハラスメントを受けていた」と述べ、心臓血管外科専門医の認定を取得するに当たって妨害されたり、佐藤元助手を支援するためのカンパ活動をやめさせられたり、電話を盗聴されたりしたと訴えた。
佐藤元助手は、個人ではなく組織を守ろうとする大学病院のシステム的な問題が、原因究明や再発防止、遺族とのコミュニケーションなどを阻んでいると述べた上で、「患者が亡くなったのは大変悲しいこと。事故で亡くなった場合は、原因を正しく調べて解明・分析して遺族に伝え、今後はそのようなことが起きないようにするのが医師の務め。不誠実な態度で患者の死を無駄にしてはいけない」と締めくくった。■「勤務医に人間らしい生活を」
過労により自殺した小児科医、中原利郎氏の妻のり子氏は、小児科の勤務医の労働環境について、「こんなことではいけないと、現場の先生方にぜひ、声を上げていただきたい」と訴えた。のり子氏は、勤務医の当直について「労働法規では、労働性がない電話番程度のものと定義されているが、実際には過重労働だ。言葉のすり替えがまかり通っている。医師の待機時間は、欧州連合(EU)の最高裁の判例でも労働時間として認められている。現場の先生方に知っていただきたい」と呼び掛けた。
中原利郎氏は1999年1月、勤務していた東京都内の病院の小児科部長代行に就任。当時、小児科スタッフは6人から3人に半減し、責任者となった利郎氏に業務の多くが集中するようになった。利郎氏の当時の1か月当たりの平均宿直回数は、小児科医の平均の倍近い6.67回に上り、99年3月には8回にも及んだ。同年8月、うつ病を発症。遺書を残して勤務先の病院で投身自殺した。
のり子氏は、労働基準監督署による労災補償の不支給決定をめぐる行政裁判で昨年勝訴し、現在、勤務先を相手取った民事裁判の控訴審で係争中だ。
講演でのり子氏は、千葉県内の病院に勤務していた小児科の女性勤務医が、宿直中にくも膜下出血で倒れ、2週間後に亡くなったケースを紹介。「過重労働で命を落としたり、健康被害に遭ったりしている先生方を知っている。自殺未遂を繰り返している先生からの相談のメールも、何回も届いている」と明かした。
また、医療従事者による精神疾患などの労災申請が他職種に比べて多い状況も指摘し、勤務医の過重労働について、「現場の医療者が発言していかないと絶対に解決しない。過重労働のない人間らしい労働環境が医療界に実現できるよう、切に願っている」などと語った。■「行動しなければ変わらない」
2008年度診療報酬改定で設定されたリハビリテーションの日数に対する算定制限を定めている告示の差し止めを求め、国を相手に行政訴訟を起こしている鶴巻温泉病院(神奈川県秦野市)の勤務医の澤田石順氏は、「勝てると思ってやっているのではない。行動しなければ変わらない」と述べ、こうした行動がメディアや国会議員への情報伝達につながり、世論に訴えていくきっかけになっていると報告した。
澤田石氏は今年3月、国に対し、患者にとって必要なリハビリテーションについて国が日数制限をしてはならないとして、診療報酬改定について掲載している厚労省の告示の差し止めを求める「重症リハビリ医療日数等制限差し止め請求」を起こした。また、4月には、回復期リハビリテーション病棟に対して後期高齢者などの入院制限を課してはならないとして、「後期高齢者等リハビリ入院制限等差し止め請求」も起こしている。澤田石氏は、「国の医療政策の過ちで命を失った医師や患者さんがいっぱいいる。生きているわれわれには責任がある。行動しなければ変わらない」と、行政訴訟に至った思いを訴えた。
澤田石氏はそれぞれの行政訴訟について、「国の行う政策について違法性を追及するもの」と説明した。リハビリテーションは医師が必要と認めて行うとする「療養担当規則」や、生存権を規定する憲法25条、法律の定める手続きがなければ、生命や自由を奪われたり、刑罰を科されたりしない「適正手続き」を定める憲法31条に違反しているとした。澤田石氏は「血圧を下げる薬や糖尿病用の薬(の内服)が180日以内なんてあり得ない。(国が)自ら定めた省令に違反しているということ。180日以内など(の数字)は医学的根拠も何もない」と語った。
特に、回復期リハビリテーション病棟に対して、事実上患者の入院制限となる「成果主義」の点数を導入したことについては、「厚労省は家に帰れない人は『医療費の無駄』と言う。厚労省が『効率化』と言うのは、『治る人に医療を施し、治りにくい人には止めなさい』ということ。リハビリできない人が増えると早死にする(人が増える)。そういう結果が出たときに国は責任を取らないで、『医者が悪い』と言うに決まっている。10月1日から本格的に始まるが、犠牲になるのはお年寄りが大半だ」と訴えた。
澤田石氏は行政訴訟を起こしたことについて、「勝てると思ってやっているのではなくて、やることで『箔(はく)』が付く。やったことであちこちから取材が来る。毎週1、2回は(メディアに)後期高齢者の問題を提供している」として、マスコミに問題を知ってもらうきっかけになっていると述べた。また、「5月17日に民主党の厚生労働部門会議で後期高齢者医療制度の問題を指摘してきた。こういうことが可能になるのは訴訟のおかげ。無名の人間が訴訟したらこうなる」と述べ、行動してほしいと会場に呼び掛けた。
今後の目標については、「厚労省の診療報酬を野放しにしてはいけない。日数制限や回数制限を設けては駄目だという法律を作りたい。(診療報酬の)具体的な案が出たら国民や専門家から意見を聞き、内閣法制局を通し、国会承認を得るぐらいしなければならない」と述べ、こうした活動を全医連で行っていきたいとの意気込みを示した。
■「運動より知識の総量を増やして」
『医療崩壊 ―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』などの著書や、講演活動を通じて臨床医の立場から医療崩壊の危機を訴えている虎の門病院泌尿器科部長の小松秀樹氏も来場し、全医連設立に当たっての抱負を以下のように述べた。
「(全医連は)建設的な大人の論理に近づいてきている。対立をかき立てることではない、建設的な理論が必要。運動として激しい対立を形成していく場合が状況によってはあると思うが、それよりももっと建設的な、運動というよりは知識の総量を増やして、世の中でうまく問題解決していく対応の方が、長い目で見ると影響力は大きいのでは。ぜひ期待したい」
更新:2008/06/09 21:46 キャリアブレイン
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