創価学会の事や公明党の事、そして仏法などを常識目線で考えていく努力をしています。
おかしいものは、おかしいと言えなきゃダメですね。
あと自分の頭で良く考えましょう。
こんばんは。
今日は「更新お休み」のご連絡です。
「想学サロン」は昨年の1月17日にgooブログで開始をしてから、このshinobiブログへは昨年11月に移動しました。
そう考えてみると、約1年4ヶ月間続けてきた事になります。
いや~・・・結構長い間、続いたものだと僕自身、感心したりしますが・・・
その中で、僕が日々考える事に対して様々な方からコメントを頂き、都度考えさせられたり、勉強できたり、または改めて教えられたりなどしてきました。
まあ、一時期は変な「罵詈活」からのコメントで荒れそうになった事もありましたが、皆様のご理解とご協力で大荒れにならずにここまでやってこれたと思います。
本当にお世話になりました。
さて、誠に勝手ではございますが、このあたりで一度、このブログの更新をお休みさせて頂きます。
理由としては、以前にも書きましたが、会社で取り組んでいる事業関係で、最近は時間がとれない事も多く、記事に関しても中々まとまったものを書き込む事が出来なくなったりと、そういう事情からその様に思った次第です。
この記事を書くという事、けっこう労力がかかるもので、1つの記事をどんなに急いで書いたとしても、だいたい2時間程度の時間がかかってしまいます。
やはり更新という労力はかなりのものである事、この1年半の間で感じました。
僕は書いている記事の中身からすると、僕自身「アンチ」の部類に入りそうなものですが、「今の創価学会の事」を問題として捉えていても、根っこには日蓮さんの仏法を自分の尺度に考えています。(これは僕が創価学会の中で教わった日蓮さんの仏法という意味になりますが・・・)
なぜならば、これは僕の信仰であり、今の社会生活の中においても、それは変わりのないものです。
実際、今の事業を取り組むにしてもお題目をあげて取り組んでいますし、時間がある時には御書や関連書籍(最近、学会書籍は読んでません)に眼を通したりと、自分の中で思索をしています。
しかしながら、これは僕の主観ですが、地元の組織を見ると、やはりそのあたりが完全に変化してきている事を僕は感じましたし、その為もあると僕は思うのですが、組織の様々な先輩諸氏も組織の一線から消えている現実を、僕は見てきています。
だからこそ、それはオカシイという視点から、このブログで記事を書き続けてきました
まあ、、、この事をここで書いても詮無い事ですので、ここで辞めるとします。
でも最近思う事は「文は心を伝えきれない」という点です。
僕がこのブログの注意事項として書かせて頂いた「議論のための議論は避けたい」という事なのですが、やはりこういう事は起きてしまうと思いますし、特に最近ではそういう事に労力を裂く事も疲れてきてしまいました。
(まあ、この疲れるというのは仕事の事もかなり影響していますが・・・)
この思いを書き連ねてしまうと、やはり長文になってしまいますので、とりあえずココで辞める事とします。
失礼しました。
今後の僕ですが、当面は事業活動に労力を傾倒すると共に、もう少し地元組織の中に入って出来る事にも、もう少し時間を費やしたいと思っています。
(まあ、だからといって活動家になんてなるつもり、更々ありません)
あとこのブログについては、来週に入った段階(5/19~)でコメント記入を停止いたします。
理由としては、こういう系統のブログというのは、放置するとコメントで荒らしの対象となる事が十分考えられるからです。
何卒ご理解下さい。
そしてある程度時間が経過した後、再度、継続するか廃止にするかを検討したいと思います。
あとメールについては現在の所、廃止をするつもりはありませんので、何かありましたら遠慮なくメールを頂ければと思います。
本当に長い間、お世話になりました。
ありがとうございました。
また、もし再開をした場合には、その時にはまた、様々とブログを通して意見交換をさせて頂ければ幸いです。
以上、よろしくお願い致します。
コメント書き込み禁止にともない、頂いたコメントを以下に表示します。
あわせて僕のレスも書かせていただきます。
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止めないで下さい。
今晩は
運ちゃんさん。
ブログ読みました。
お仕事御多忙の中更新お疲れ様です。
書き込みに時間がかかるのは、仰るとおりだと思います。
でも止めないで下さい。Kanさんのお言葉にありましたが、ここはランキング16位ぐらいに位置していると思います。見ている人がいます。今の学会から
退会したい人もいるでしょうし、組織に悩んでいる
人もいるでしょう。
そういう方達が、見ているかもしれません。
言葉だけで、顔を見ずに伝えることは、相手の人と
なりもわかりませんし、その人の背負っているものも見えません。それでも、発信して欲しいと思います。運ちゃんさんが、学会的考えをされていると、
御指摘ありましたが、当然です。運ちゃんさんは、学会2世でしょう?私も運ちゃんさんの意見聞いてて、学会的と思います。かくいう私も、たいした活動していなくても、学会的な考えの持ち主だろうと思います。でも、それって罪ですか?
1~10まで、学会的な考えは悪でしょうか?
ここは議論の場ではないと、私は思います。
運ちゃんさんが、ここにコメントを書く人と同じ考えになる必要はなく、又その反対もしかりだと思います。意見を発信することは、大切だけど、同意見
になる必要も、なす必要もないです。
書き込みをする私も心していかねばならないと思います。
運ちゃんさんが、組織の中に入って、自分に出来ることをしていかれることと、このブログで意見を発信されることは、同じ行動です。
相手の顔が見えるか見えないかの、違いだけです。
私は、更新のピッチが速かったので、大丈夫かなと
思っていました。
皆仕事優先は当然のことなので、もっと更新のピッチを落とされたらいかがですか?
御自分のメルアドまで出されていますので、意見を
発信するなかで、メールで御相談の方も将来は、いらっしゃるやもしれません。運ちゃんさんと同じく
私も、日蓮大聖人を信仰しています。私も、学会のことはああだこうだと言っても、題目あげています。色々悩んで、題目あげても壁が破れない、駄目かもしれないと、ずっとこのままかもと思っていた
状態に、ほんの少し光がさしてきました。まだまだ
これからも題目が続きます。
で、話が戻って、ブログ続けてください。
どんなに運ちゃんさんが、大変でも続けて欲しいと思います(こういう言い方が学会的でしょう♪)
理由は、ここに書き込みはしていないが、見ていますという方々の為です。これから益々混沌としていくと思います。意見を発信する、話を聞いてくれる
所が必要と思います。必要とする人は一人かもしれませんし二人かもしれません。それでも、運ちゃん
さんが、待っているかもしれない人の為におやりになることは菩薩の行いになりませんか?
大聖人のお心に叶っていませんか?
秋 2008/05/18(Sun)01:17:54
続けて戴きたいですね
私も秋さんと同じ意見です。
是非とも続けて戴きたい!
そう思います。
これだけの内容の記述、たしかに時間がかかると思います。
秋さんのおっしゃるとうり、更新頻度を落とされて
何とか続けて戴ければと思います。
数え切れない多数の人たちが、このブログを読んでいます。
日本だけじゃないと思います。
マスコミのニュース以上にネットのシェアは早くて広いです。
よかったら是非、ご検討戴き続けて下さい
kan 2008/05/18(Sun)01:38:13
運ちゃんさんへ
今の世界の動向を見ていると、ますます国家主義の国々が増えてきているのではないかと思われます。
合衆国でも、民主主義の体裁は整っているけど、支配する層はゆるぎない少数が、多数(国民の半分)衆愚のサポートにより、なにから何までコントロールしようとしています。
カギは教育の質の低下とメディアの偏向・情報分断・経済格差の拡大ということでしょうか。私は専門家ではないので間違っているかもしれませんが、結局は自分の考えを持たせないように国民の意識を操作する、それに尽きると思います。
人間は経済的にある程度満たされていれば、いろいろなことを考える余裕ができてきます。社会にも政治にも自分の日常をちょっと離れた関心を抱くのではないでしょうか。
ところが(作られた?)不況で中産階級をなくすことによって自分のことしか考えられなくなる人々を増やすことができます。すべてがそうだとはもちろん言えないけど、リベラルの良識派・人権主義でいられるのはある程度経済的に満たされているからではないでしょうか?
その余裕がなくなると、究極的には災害援助物資を暴力で横取りするような、人間としての質の低下を招くことになるのです。もちろんその人たちも生きるのに必死なんですが。でも権力は庶民をそういうところに置いておきたいんだと思います。
話はちょっとずれましたが、創価学会も、学会員が小市民的な幸福だけを追って題目をあげ、学会活動をすればするほど、社会にも政治にも目を向ける余裕がなくなっています。(確か昔は平和のデモ行進なんかもしたと聞いたことがありますが。)
でもそれに甘んじることができない人たち、質問がいっぱいの人たち、理想と現実の折り合いを自分の中につけたい人たち、私のようにヘナチョコ学会員の人たち(まるっきりのアンチにはなれない人たち)には、運ちゃんさんのこのブログは灯台の灯のようです。
少しでも自分で考えたい人たちにとっての灯台です。
こういう場が少なくなればなるほど、学会中枢が日本だけではなく、世界中の支配権力と結託して国家主義への道を加速していくわけです。
良心的な人たちが黙ってしまう、また君たちは一人ぼっちじゃないんだよ、というメッセージを出せなくなってしまう。
でも、ブログに書くのは本当に大変ですね。投稿するのだって時間がかかるのに、記事の更新にいたってはなおさらです。
どうかご自愛ください。
さくら 2008/05/18(Sun)03:38:49
無題
運ちゃんさん、こんにちは。
プログ運営をお休みなさるそうで。
しばらくこちらは休養なさって、またの再開を心待ちにしています。
ねここねこ 2008/05/18(Sun)14:24:03
希望様へ
こんにちは。
お元気でお過ごしのことと思います。
ブログをもしご覧になっていたら、運ちゃんさんが
お休みに入られますので、お元気なお便りいただけたら幸いです。
秋 2008/05/18(Sun)15:45:54
ありがとうございました
このブログは今までで一番参考になりました。
どうか、休まれてまた気が向いたら再開してほしいと思います。
場合によってはコメント欄なしでもいいと思います。管理g大変でしょうから。運ちゃんさんのご意見がしっかり読めさえすれば、ないよりはずっといいです。
Ted 2008/05/18(Sun)16:53:04
お久しぶりです♪
運ちゃんさん☆
ご無沙汰しております!
そう。いわゆる通称「バリ活?」としましては・・・
こちらでのコメントは著しく空気を乱すと実感してより控えるとともに、でもこうして何かのご縁でこちらのブログを拝見しお邪魔してより私、運ちゃんさんの戦い、ずっと記事を通じ、日々拝見しておりました☆
そして今回の記事に少し寂しく思い、またコメントに手が伸びてしまった次第であります・・・。(詫
でも、これは職業ではありませんので、ご無理をすることはないと思います。何かに真剣に打ち込む時には、そこにエネルギーを捧げることもあると思います。今は目下、本業である「お仕事」なんだと思います。
片手間で記事をアップをすること、コメント返信に真摯に応える時間をかけれない現状等々、真面目な運ちゃんさんにはそれ事態が相当な気苦労になるであろうことご察し致しますし、何より心身共に多忙な時には、異なる意見・批判などを目にすることだけども、恐らく大変な心労であろうと思います。
この度の運ちゃんさんを通じ、思いが正確に伝わらないもどかしさや歪曲される悔しさ、何より疲れ。敬愛してやまない師匠(私には、その存在自体が励ましであり、どこまでいってもやっぱり、人生の師匠なんですよ~汗)のこれまでの日々の心中を、何故だか、少し垣間見る思いでした。
「インプット」と「アウトプット」。
また運ちゃんさんなりの良いバランスが取れた時、そんな時には新しい記事をぜひ、載せて下さいね。
密かに?(笑)楽しみにしております☆
追伸
ちなみに私は、自身のブログにコミュニケーション機能(コメント欄)を排除し、あくまでも自身の心のアウトプットのみの手段として、一昨年より、ほのぼのゆるゆ~るとやっております♪
このmyブログは友人知人のみにお知らせしておりますしワード検索等々より他の方々の目も入ることも無論多々ありますが、ここでは読み手の方の感情や感想はあくまでも其の方の主観で捕らえ、咀嚼して頂き、実際のコミュニケーションはどこまでも「対面(対話)」で、日々展開している次第です♪
何がしかの意見をネット上で発進することは自由であり、しかしながらそこにコミュニケーションツールを交えると、いつかは自身の首を絞めるかも知れない、と周りを見て実感したからです。
これは、人間的にも大変に魅力的でしごく誠実なお友達が、生活環境の著しい変化に加え、何より多くの人を対象にし返事をする、というこの機能により疲弊しせっかくの手軽な情報発信手段でもあるHP(ブログ)を、早々に終わらせてしまったことが以前にもあり、非常に残念だったことが契機になりました。
無論。これらの目的、使い方は運営者にゆだねられますと共に、正解は無いと思いますので♪これからも運ちゃんさんらしく!様々と貴重なこのブログを展開なされること、切に願っております☆
でも、運ちゃんさんという人間を作っている土台(土壌)・・・。
好きも嫌いも超越し?それは間違いなく、やはり、学会魂と感じます、よ♪相当に同じ「匂い」がするので?やっぱり運ちゃんさんの動向も、気になって仕方がなかったのかも知れません、ね・・・。(笑
それでは♪ゆるりと?待っています☆
お仕事も、どうか頑張って下さいねっ!!!
チオビタ☆ 2008/05/18(Sun)20:23:27
運ちゃんさんへ
今晩は。
今日からコメント欄閉じるということでしたので、
御挨拶にきました。
短い間でしたが、私の楽しみであり癒しでした。
有難うございました。
私が疑問を持ち始めて、ウロウロしている時、ここと出会いました。
悩んでいる人がいる、私一人じゃなかったって思いもし励ましもいただきました。
又、ここで出会えた方々も素敵な方達でした。
事業はどうぞ頑張ってください。冬の書き込みで、
地面から上がってくる空気がとてもとても冷たいと書かれていたのを見て、事業の大変さを思いました。今度お会いする時は、今よりも、もっともっと
事業が軌道にのられていますように。
私も、自分の仕事、少しの明かりを確実にすべく頑張ります。
又お会いできる日を楽しみにしています。
秋 2008/05/19(Mon)01:03:12
ありがとうございました!
運ちゃんさん、お疲れさまでした! 更新中止は残念ですが、お体に気をつけてお仕事頑張ってください。 毎日こちらのブログを覗くのが楽しみでした。 運ちゃんさんの記事にいつも『そうだ、そうだ!』と共感してました。 ブログ開始から1年4ケ月経ったんですね。もっともっと長~く感じます。 それだけ内容が濃く充実していて私にとっては拠り所でした。 いつかまた再開されることを首を長くして待ってますね。 ありがとうございました!!
ミルフィーユ 2008/05/19(Mon)06:17:11
感謝しています
おはようございます、いつも運ちゃんさんのブログを拝見して、心の整理をしていました。
このブログが無かったら、もっと苦しんでいたと思います。
創価学会、信心についてとても考えさせていただきました。
上から押し付けられる活動を止め、自分で考え行動する事の充実感をいまは味わっています。
また機会がありましたらブログを再開してくださいね。
感謝しています、ありがとうございました。
そら 2008/05/19(Mon)08:58:49
ありがとうございます
私は創価学会は社会悪だという立場であり、運ちゃんさんとは基本部分の違いがあるにもかかわらず、言いたい放題のコメントに誠実な対応をしてくださったこと、感謝いたします。
物事の優先順位は本人が決めることとはいえ、ブログに時間を割かれることで仕事に影響が出るのはおかしいと思います。
従って、今回の決定に異を唱えるつもりはありませんし、いずれ再開されればとは思いますが、敢えて約束をしてほしいとは申しません。
個人のための信仰が組織・独裁者への信仰になってしまっている創価学会の本末転倒という非常にわかりやすい見本がありますので、どうかこれを反面教師として心身の健康に気をつけてください。
これまでありがとうございました。
創価瓦解 2008/05/19(Mon)09:28:31
ありがとうございました
いろいろと書きたいのですが、お礼だけにしておきます。こういう考え方しているのは私だけでは無いんだ、これで良いんだ・・・と随分と勇気を頂きました。これからは、自分で考え自分が正しいと思う方向へ進んで行きます。自立の時ですね(笑)本当にありがとうございました。
れんげ 2008/05/19(Mon)10:53:11
ありがとうございました
運ちゃんさん
長い間、拝見させていただき、本当にいろいろな面でお世話になりました。
考えることや疑問にもつことなどを学ばせていただきました。
いつかまた、ネット上でもお会いできるときがくることを願って、お礼の挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。
また、私も時を同じくして学会のことを考えるのを休もうかと思っています。
運ちゃんさんもゆっくりなさってください。
nohman 2008/05/19(Mon)12:37:47
待ってます
ここで知ったこと・・・
ここで気付いたこと・・・
ここで触れた方々と交流できたこと・・・
学会の中で異を唱えることが裏切りではない!
と気付かされた精神復興の自立魂を芽生えさせてくれた場所、 残念です・・・・・
と言っても自分に出来るわけでもなく・・・・
☆運ちゃん、再び不死鳥のごとく登場!☆
まってますヨ~!!
”貴方は必ず戻ってくる!”
何~んて思ってます。
ありがとうございました。
そして・・・ おかえりなさーい!
その頃にはハルユキも成長してると思います。
ハルユキ 2008/05/19(Mon)14:19:41
お疲れさまでした
あっという間の1年4ヶ月でしたね。
このブログは、私にとって、ホッと出来るひと時を与えてくれ
また、様々な葛藤を抱えている方たちにとっては
指針のような役割を果たされていたように思います。
それもこれも、あなたのお人柄と、こちらに訪れる方々によって為された業です。
長い間お疲れ様でした。ありがとうございました。
駄文はここらあたりで止めて、
今後の運ちゃんのご健勝と、
そして、いつかまた、再会できます事を念じて
ひとまずお別れしましょう。
皆様もお元気で…
モカ 2008/05/19(Mon)15:02:38
ありがとうございました
運ちゃんさん、悩んでいるときたまたまこのサイトに出会い、過去からの記事をずっと読む中で、ずっと気になっていたことに自分なりに答えが出せましたし、なんともいえない罪悪感がなくなりつつあります。
いくつかのサイトや本を読みましたが、一番的確に読んでいて公正に書かれていたと思います。またあたたかいコメントもすごく勇気づけられました。
本当にありがとうございました。
そしてまたいつかお会いできるのを楽しみにしております。
pochi 2008/05/19(Mon)16:17:45
無題
>もう少し地元組織の中に入って出来る事にも、もう少し時間を費やしたいと思っています。
そのお考えもひとつだと思います。活動に参加するもしないも個人の自由です。しかし今の学会を憂い何とかしたいとお考えならやはり組織に入って直接訴えていくべきでしょう。蚊帳の外からいくら訴えても所詮部外者の戯言ににしかとらえれません。むしろ組織の中で四苦八苦し苦労してる人達にとっては、同じ苦労もせず外から何を言っているんだと言われても仕方ありません。たとえ耳を傾けてくれなくても地道に現場に入って話をしていくことしかないのです。もしくは今の学会に見切りをつけて信仰をするつもりが全くないのならとっとと去りましょう。なんにせよお疲れ様でした。
UnKnown 2008/05/19(Mon)21:16:09
無題
またいつかってってことで。
ブログ見れなくなるのは寂しい事すが、
ご事情もある事と思いますので、無理強いすることは出来ません。
又いつか宜しくお願いいたします。
ペガサス 2008/05/19(Mon)21:21:58
無題
今までいろいろありがとうございました。
またお疲れさまでした。
またどこかでお会いできたらいいですね。
モモ 2008/05/19(Mon)21:26:25
ありがとうございました
ブログを見始めて1年位でしょうか。考えさせられる事が多かったと思います。
大変でしょうが再開を期待しています。
お疲れ様でした。。
編集長 2008/05/19(Mon)22:12:10
秋さんへ
コメントありがとうございます。
継続するかしないかは、もうすこしお時間を下さい。
このブログ自体は消さないで、残します。
本当に今の創価学会では、悩んでいる人も多く、ブログとは別に様々な相談もお受けしました。
その中で、こういったブログの存在意義もある事は自分なりに理解をしているつもりです。
もうすこしだけ・・・お時間を下さい。
ありがとうございました。
kanさんへ
本当に様々なご意見をお聞かせ頂き、感謝しています。
またkanさんの感じてる事、とても僕に近い事を感じました。
とりあえず「休止」としますが、再開時にはまたよろしくお願いします。
ありがとうございました。
さくらさんへ
確かに今の日本社会も、かなり変な方向へ進みつつある様です。
そんななか、創価学会は権力側に迎合し、なんら庶民を省みる事なくかと活動をすすめている要におもえてなりません。
だからこそネットでの情報発信も今後は大事な事だと思っています。
それもふまえつつ、再開については検討をさせて下さい。
いままでありがとうございました。
ねここねこさんへ
本当にいままでありがとうございました。
またもし再開した時には、よろしくお願いします。
Tedさんへ
すこしでも参考になっていれば幸いです。
本当はまだまだ書きたい事もあるのですが、すこし休ませてもらいます。
また再開した時には、よろしくお願いします。
チオビタ☆さんへ
その節はお世話になりました。
チオビタ☆さんのキャラ、個人的には気に入っています。
また再開の節には、よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ミルフィ~ユさん
コメント恐縮です。
それほど、このブログを読まれていた事、感謝です。
ありがとうございました。
また再開した時には、よろしくお願いします。
そらさんへ
こちらこそ、ありがとうございました。
またこのブログを読んで頂いた事、感謝につきます。
また再開の節は、よろしくお願いします。
創価瓦解さん
いつも別角度からのご意見、ありがとうございました。
すこし時間を頂いて、事業に注力するとともに、様々考えて生きたいと思っています。
再開の節はまたよろしくお願いします。
nohmanさん
そうですね、お互いすこしはなれて休む事、大事かもしれません。
またお会いできるまで、、、、
ありがとうございました。
ハルユキさんへ
お世話になりました。
また再開した時には、よろしくお願いします。
ありがとうございました。
モカさんへ
このブログでは貴重な体験などお聞きする事が出来て、勉強になりました。
また再開する事ありましたら、よろしくお願いします。
ありがとうございました。
れんげさんへ
少しはお役に立てたこと、うれしく思います。
こちらこそお世話になりました。
ありがとうございました。
pochiさん
こちらこそ、お世話になりました。
少しでもお役にたてた事、ブログには意味があったのだと感じています。
またもし再開の節は、お立ち寄り下さい。
ありがとうございました。
UnKnownさん
お世話になりました。
組織には実は見切りをつけているのですが、やはり人生であまりに深く関わり過ぎている事もあり、なにかしら関わらないとダメなようです。
であれば組織内でも微々たる「変わり者」として関わるつもりです。
ペガサスさん
またいつか会う日まで、しまし休憩だと自分では思っています。
お世話になりました。
ありがとうございました。
モモさんへ
こちらこそお世話になりました。
また再開の節は、よろしくお願いします。
編集長さんへ
こちらこそお世話になりました。
少しはお役に立てたのですね。
また会う日まで・・・・
しばし休憩です。
以上です
各位
本当に様々なコメントを頂き、感謝に耐えません。
このブログで、微々たるものですが、すこしはお役にたてた部分もある事、実感しています。
また自分に余裕が出てきた時、また再開をすると思います。
その時にまたお会いできたら幸いです。
本当にありがとうございました。
運ちゃん 2008/05/19(Mon)22:33:31
こんばんは。
日々仕事に追われながら、GW明けてからブログ更新の時間が中々とれませんでした。
考えてみれば会社のオーダーで事業に取り組み、早いものでもう今年も5月半ばとなってしまいました。
この間、本当に試行錯誤の連続で新規の仕事を進めてきましたが、ここに来て漸く仕事の形となってきた様に思えます。
まあそのおかげでしょうか、自分の仕事のスケジュールも混み始める様になり、日々会社の事務所の椅子を暖める時間も減ってきました。
そういえば今日の聖教新聞には以下の言葉がありましたね。
「SGI会長・・・青年の人格形成と教育に尽力」
本当に「尽力」なんかしてんのかいな??
その昔、僕は青年部の幹部をしていた頃、よく言っていた事があります。
「創価学会の中で戦う事が、自分を鍛える事になる」
しかし僕は壮年部になってから、仕事への取り組みに力点を置いていく中で、今の様に会社から新規事業への取り組みを命じられる様になりましたが、この新規事業を立ち上げるという事がこれほどシンドクて、尚且つ精神的にもかなり負荷がかかるという事、本当に実感できました。
またその反面で、自分の鍛えが社会の中で試された事を実感しました。
これは僕の人生の中でも、とても良い経験をする場を頂いたものと、会社及び社長には感謝をしています。
本当にここ最近まで、事業の立ち上げの中で追い込まれ、今だから書く事も出来ますが一時期は本当に精神的に破綻をしてしまうのでは無いかという日々もありました。
僕にも家族がいますが、この家族を本当に養い続けて行く事が出来るのかと、夜中に悩んだ日々もあります。
でもその中で以下の言葉を常にかみ締めて来ました。
「哲人の苦に徹すれば珠となる。この言頼もし若き君等に」(過去の池田名誉会長の箴言)
「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや」(1143ページ 四条金吾殿御返事)
これは青年部時代に幾度と無くかみ締めてきた言葉です。
本来、信仰の世界と現実社会の関係というのは、やはり日蓮さんが言う様に、以下の関係にあるのではありませんか?
「まことのみちは世間の事法にて候、金光明経には「若し深く世法を識らば即ち是れ仏法なり」ととかれ涅槃経には「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」と仰せられて候を妙楽大師は法華経の第六の巻の「一切世間の治生産業は皆実相と相い違背せず」との経文に引き合せて心をあらわされて候には彼れ彼れの二経は深心の経経なれども彼の経経はいまだ心あさくして法華経に及ばざれば世間の法を仏法に依せてしらせて候、法華経はしからずやがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候。」(1597ページ 白米一俵御書)
創価学会の中の世界というのは、やはり信仰者の世界であり「馴れ合い」も存在しますし「甘え」もあります。しかし社会はある意味「妥協の無い世界」という側面もありますし、厳しい世界でもあります。
例えば創価学会の中で「折伏」が出来なくとも、生活で路頭に迷う事なんかありませんが、社会の中で事業をする時、一瞬のミスで生活は破綻をしてしまいます。
そう考えてみるならば、やはり社会は厳しいものだと思います。
であればこそ、本来ならばその社会の中で信頼をされ、責任を持つ人間を育成する事が創価学会の社会的責任になるのではありませんか?
そういう人材を育成する事で、社会のよりよい方向へと導く事は、宗教にとって大事な責任であると思います。
しかし、、、現実はすこし違うみたいです。
「活動第一」を標榜するが故に、青年部の幹部では「自営零細業」や「公務員」が多くいたり、やもすると仕事をほったらかしにしても創価学会の活動に邁進している活動家が居る事、僕は見てきました。(まあ、リーダーたるべき職業幹部自体、仕事をあまり真面目にしていないみたいですがね)
そういった結果、仕事や事業を失敗し、組織内部で借金をして踏み倒し、人に迷惑を掛けてきた人が、引っ越した後、他の地域で壮年部の分県幹部や区幹部となり「組織の中で我尊し」という姿を見せている幹部もいたります。
はたしてそういう人材を育てる事が、創価学会の目指すものなのでしょうか?
以前の記事でも書きましたが、池田名誉会長は「再度、私のもとで青年の人材を育成しよう」と勇ましい言葉を述べて、青年部幹部会を始めた様ですが、その結果、今の組織はどうかというと、少なくとも僕の地元の組織をみると、余計に人材層が薄くなっている様に思えてなりません。
やはり社会とのかかわり方、何か間違っているところがあると、僕は思います。
信仰者の本来の「実力」が試されるのは、組織の中では無く、やはり社内の中だと思いますが違いますか?
であればこそ、日々の社会生活に対して、もっともっと真剣に取り組む方向性を、会員に対して発信し続ける事が、実は今の創価学会に必要な事ではないかと僕は考えています。
なにも「衆議院選挙」だとか「聖教新聞の拡大」ばかりに重点を置いて、組織の現状維持に必要な人を「人材だ!」と焦点を当て続けるものでは無いと思います。
ましてや「偉大な師匠に師弟不二」なんて・・・
もうすこし足元をしっかり見つめませんか?
こんばんは。
中国の胡錦濤国家主席が来日していますね。明日は仕事で都内なのですが、厳戒態勢がひかれているのでしょうか?少し興味があったりします。
まあ首脳会談では「戦略的互恵拡大」が合意された様ですが、まあ今の日本と中国の関係を見ると、それは在りかと思います。
僕の業界でもそうですが、今の日本では既に中国無しでは成り立たないところもありますし、それだけ日本と中国は経済的な繋がりが強固になってきている状況で、いまさら日中関係の解消と言うわけにはいかず、こういう表明をする事が一番波風が立たないとも思ったりします。
ただし中国の政治家は日本の政治家と比較しても、かなり強かだと思いますので、これからの日本政府の対応についても、要監視では無いかとも思いますが・・・どうですかね?
さてさて、今日は聖教新聞が休刊日でもあったので、特に何もありませんでしたが、まもなく「庶民の王者:池田名誉会長」が胡主席と会談をすると思います。
一体どの様な会談をするのか、とても興味があったりします。
それはさておき・・・
今の僕は「日蓮自伝考」から「日蓮伝再考」へと読み進んでいます。
そんな中で以下の記述がありました。ちょっと長文ではありますが、引用します。
『「然るに日蓮は何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず」(妙密上人御消息 1239ページ)という言葉の意味するところは何なのだろうか。深く考察してみる必要があると思われる。それはやはり権威と毛木で塗り固めた死せる教団を否定した言葉ではなかったろうか。また和合僧団が大切といっても、仏法僧のうち僧(サンガ)は、釈尊や日蓮が直接作ったものではない。弟子たちが作ったものである限り、時とともに硬直化や腐敗はさけられない。たからいかなるサンガであっても、それを絶対化することはできない。絶えず日蓮の志に立ち返り、自らを検証していく柔軟さと、強い志が大切なのだと思う。』
僕はこの山中講一郎氏の言葉にとても共感をしました。
組織というのは、僕が青年部なりたての頃には以下の様に教えられてきました。
「信心を一人でやりぬくには難しい。だからこそ仲間が必要であり、組織が必要なんだ」
つまりは組織は「手段」であり「目的」では無いという事ですよね。でも今の創価学会では「組織」を目的として活動に取り組む事に、大きく舵を切っていると感じますが、いかがですか?
昨日の聖教新聞の「寸鉄」にも以下の記事がありました。
『学生部歌「広布に走れ」が誕生30周年。俊英よ、学会の先頭を走れ。歴史を作れ』
広宣流布の先頭を走るのであれば、学生ならば本分の「学業」に取り組み、そこで基礎力を作る事に力点を置くべきはずが、多くの学生部幹部は「学会活動」の先頭に走り、やもすれば学業をおろそかにしたりする傾向があります。
これは何も学生部だけではなく、男女青年部や婦人部にも同じ事が言えると思うのですが、皆さんどうやら「学会活動」が主体となり、生活は二の次で爆走する傾向、組織の中に多いのは皆存知の事ですよね?
そしてそれを煽っているのは、永遠の指導者の指導だと思います。
そしてその結果が今の創価学会の組織的な疲弊へとたどり着いているのではありませんか?
最近の学会活動家の中の意識では「創価学会」は何を目的とした組織であるか、その認識がずれてきていると思います。
創価学会の原点。それは日蓮さんの仏法を基調に「平和・文化・教育」へと展開する事であったはずです。
つまり、基調はあくまで「日蓮さんの仏法」であり、歴代会長の思想はその上の指導であるはずです。
「七百年も前の思想、現在には通用しないのではないか?」
そういう言葉を良く聞きますが、だからこそ創価学会はもっと真剣に日蓮さんの仏法を研究し掘り下げる必要があると思います。
でも、、、誰も取り組んでいませんよね。
何か最近の本部幹部会での永遠の指導者の指導にしても、日蓮さんの御書を「刺身のツマ」程度にしか取り上げていません。
こう思うのは僕だけですか?
そう考えると創価学会とは言え、日蓮さんから見たならば「弟子が作り上げたもの」であり、山中氏の言うように「時とともに硬直化や腐敗はさけられない。たからいかなるサンガであっても、それを絶対化することはできない。絶えず日蓮の志に立ち返り、自らを検証していく柔軟さと、強い志が大切なのだと思う」という事になると思います。
ここで一つ言いますが、創価学会の活動家幹部が言うじゃありませんか。
「この選挙戦で宿命転換をしよう!」
「君の問題は学会活動の中、戦って解決するしかない!」
「学会活動こそが、人間成長の戦いなんだ!」
はっきり言いますが、こんなの嘘っぱちです。
僕は「宿命転換」という言葉、最近あまり使いたくないのですが、自分の人生の転換を行いたいならば、まずはしっかりお題目をあげて、日々の生活に全力で取り組むべきです。
また今の問題を解決したいならば、やはりお題目をあげて智慧を出して、その問題に正面から取り組むべきです。
そして人間成長したいならば、やはりお題目をあげて社会の中で、しっかりと課題に取り組むべきです。
そういう日々の生活の中、あまった時間に学会の活動を少し取り組むだけで十分だと思います。
何故、幹部が先にあげた言葉の様に、全てを「学会活動」に結びつけるかというと、学会活動は数字の世界であり、その数字を達成するには「手駒」が必要なため、活動家を増やしたいという思いもあっての発言が殆どだからです。
いわゆる「スケベ心」とでも言いますか、、、そんな感じで発言している幹部、僕は多いと思いますよ。
何故、日蓮さんは「お題目」を流布したか、、、それは組織を作りたい為ではありません。一人ひとりが人生を悔いなく生き抜くためが目的であったはずです。
そしてそういう自分の人生に前向きに取り組む人が増えていく事を望んでいたはずです。
僕の経験から言えば、男の場合、仕事でしっかりと実績を作っている人間の言う言葉は周囲に説得力も増し、その人間の発言を真摯に聞いてくれる傾向があります。そしてそういう中で「折伏」も本来は進むものかと思います。
けっして夜討ち朝駆けで無理クリ「御本尊を押し付ける」事なく、御本尊授与は出来るはずです。
でも今の時代の折伏は、手続きは「建前上」ありますが、その実は「期間闘争」の中で無理クリ御本尊授与を進めてやしませんか?
結局のところ、本来は「手段」であるはずの「組織活動」を目的とした結果、この様なイビツな信仰活動になっていると思いますし、その結果として組織の疲弊も顕著になってきていると思います。
今、必要な事。
まずは「組織」というものは「手段」であると、一人ひとりが認識する事。
そして日蓮さんの仏法の本意でもある「お題目」をもっと大事にする事。
最後に「社会生活」をもっともっと大事に考える人が増える事。
こういう事ではありませんか?
永遠の指導者が幾つ顕彰されているか、もう知りませんが、そんな「エセ顕彰」なんか置いといて、自分の口で日蓮さんの仏法の根幹である「お題目」について、自分の生活実感で語れる様になる事、すこしは考えませんか?
だって、創価学会も「所詮」は日蓮さんの仏法の信仰者の集まりでしょ?
であれば「組織に隷属」では無く、「組織を必要な時に使う」くらいの思いで良いのではありませんか?
所詮は日蓮さんの弟子が作り上げたものなのだから・・・
こんにちは。
今日でGWの後半も終了し、明日から平日へと戻ります。
また激闘の日々が始まると思うと、少し気が重くなる反面、何とか切り開かねばならない課題を考え、今は少し思索をしています。
そんな中、本日の聖教新聞の記事を見ました。
「ブラジリア連邦区がSGI会長夫妻を検証。人類には池田博士の思想が必要です!」
記事の中身を読むと以下の言葉が書いてありました。
「何故讃えるのか-発議者のエリカ・コカイ連邦区議は語っている。『人類の師である池田博士ご夫妻の偉大さ、偉業を、形として世に示していかなければなりません。何故なら、世界が破壊や分断に向かう中にあって、人類を結合し、平和へと導く方でるからです。21世紀を平和の世紀にしゆく力、模範を示されているのが池田博士ご夫妻なのです!』
いや~・・・ここまで書くとは物凄いものですね。
それでは一体、今の創価学会の中で、どれだけ世界の破壊や人類の分断に対して寄与する思想があるのか、具体的に述べて欲しいものです。
日蓮さんの一生は「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われています。そして日蓮さんが一番の問題視をしていなのは、当時の鎌倉幕府が、より所としている「貞観政要」をも蔑ろにし、民衆を省みる事なく政治を欲しいままにし、その背景には当時の宗教界の堕落があった事ではありませんか?
そこで人々の苦悩を救う為に「法華経」を立てて思想界の「邪」に対して、闘争を始められたように僕は思えます。
そして度重なる幕府からの弾圧の中、負けずに一貫して闘争を進められて、最終的に幕府から妥協をして来た時に、幕府では日蓮さんの真意を汲み取る事も無かった事から、身延の山へと向かい、後継の人材育成を進めたと思います。
一方で今の創価学会はどうなのでしょうか?
創価学会の政治部門と言っても良いであろう、公明党が政権与党に参画し、結果としてあるのが今の世相なのではありませんか?
はたして「破壊と分断」は、日本国内では解消されたのでしょうか?
僕が思うに解消どころか、いよいよ混迷の度を増している様に思えてなりません。
また創価学会の組織の中を見てみると、「大本営発表・聖教新聞」はさておいて、現場では人材不足が極まってきていますよね。
日本一国どころか、創価学会という組織の中の崩壊と分断を解決できない組織やその指導者に、一体全体、世界の事を語る資格があるのでしょうか?
そもそも創価学会の拠って立つ所は「日蓮さんの仏法」であるはずです。
であれば日蓮さんは幕府からの懐柔策を善しとして受け入れたのでしょうか?
「世界が顕彰」なんて出来合いの姿を「これでもか!これでもか!」と聖教新聞の一面に押し出し、創価学会は「私達は世界から認められている」と言ったところで、現実の世界は「破壊と分断」の速度は留まるどころか加速しているのではありませんか?
何かが違う、何かが間違っている。
何故、その様な視点に立つことをせずに、この様な「自己満足記事」を延々と掲載しているのでしょうか?
「人類には池田博士の思想が必要です!」って、、、一体、どんな思想なんだと僕は思ってしまいます。
でもね、、、これを組織で言うと、皆、幹部活動家は言います。
「池田先生を君は信じられないのか?」
もしかして、創価学会の思想である「永遠の指導者・師弟不二」が創価学会の思想であり、世界はその思想を求めているとでも言うのでしょうか?
そんな思想が「創価学会の思想」であれば、僕は不要だと思います。
聖教新聞におべんちゃらなんか掲載する暇があったなら、、、もっと世界に有用な情報を発信出来る様、お願いしたいです。
はっきり言えること。
世界は「永遠の指導者・師弟不二」という「思考停止」を生み出すような思想を求めていません。
加速度的に進む「環境破壊」
日々進む「貧富の格差」
そして世界の混迷の姿・・・
今の世界はまった無しです。
そんな中、創価学会の自己満足なんかを聞くだけの余裕は、今の世界にはありません。
僕はそう思います。
こんばんは。
いよいよGW後半に突入しましたが、皆さんはいかがお過ごしですか?
いや~・・・公明党は何もわかっちゃいない。
以下の「公明党」ホームページの記事を読んでください。
http://www.komei.or.jp/news/2008/0503/11439.html
(「混乱」の張本人は民主党)
やっぱり「仏敵・民主党」ですか?
まあ、民主党の行動も確かに賛成しかねるものがありますよ。
先日の衆議院議長の議場入り阻止なんてのは、「戦術」なんてものでは無く、単純なパフォーマンスですからね・・・・議長の動きを阻止したところで、一体何が変わるのかという事、子供でも判りますよね?
反対にあんな事をして国会運営費をいくら浪費しているのか??と僕なんかは思ってしまいました。
でもまあ、そんなことは置いといて・・・
そもそも暫定税率ありきとかの前に、これだけ景気が停滞した中、じわじわとガソリン等の燃料費が上がり、国民生活に逼迫観が出てきている中、実際には自公連立与党は「国民目線」を持たない行動ばかりしているじゃないですか!!
年金問題もそうだし、後期高齢者保険もそう。
民主党なんかをあげつらう前に、己の政党としての行動を省みるという視点は、今の公明党にはからきし無い事、この公明新聞の記事を読めばわかりますね。
そのそも自公連立政権となってから、はたして国民の生活は護られてきたのでしょうか?
自分の周りを見れば、非正規雇用の社員(派遣社員)も増加して、賃金の低迷にあえいでいる人が結構見受けられたりします。
また日本の経済の屋台骨は中小企業であり、支持母体の創価学会の中も中小企業に勤務している人も多数いるにも関わらず・・・何も中小企業に益になる事、出来ていませんよね?
どうなってんの??
まあ、僕が見る公明党の政治家は、表向きはまともそうに見えたりしますが、その実中身は他の政治家と変わらない感じを受けています。
創価学会が公明党を支持していたのは、同じ信仰を持つ同志が「国家の為、庶民の為に今までの政治家とは違う政治をする」という事を期待していたと思いますが、今の公明党はそんな姿は見えません。
あほらしい限りです。
僕の職場の地元の公明党地方議員も、企業家の会合を開いては「池田先生のお言葉」をはじめに話していますが、殆どの企業家はしらけて聞いていますよ。
そりゃそうでしょう。「リーズナブルな地方議員」というフレーズで扱われているだけで、殆どの企業家は議員を人格的に認めて支援なぞしていません。
そしてその議員なんかは、高級レストランの常連らしく、店の支配人とはじっこんの中の様でした。
この議員も、選挙の時には地元会館で言っているんでしょうね。
「広宣流布のため、池田先生をお護りする為、ご支援をよろしくお願いします。」
という台詞を・・・
『「反対だけで政策なし」。これでは参院第1党の名が泣く。』
公明新聞では民主党をこう言っていますが、僕から言わせれば以下の言葉です。
『「政策ばかりで実効なし」。これでは庶民の政党の名が泣く。』
この10年間、政権与党に入って何をしてきたんだか・・・
結果として年金はぐちゃぐちゃ、物価はあがる、保険料も上昇する・・・生活なんか楽にならないじゃないか!
創価学会ではよく言います。「プロセスなんかどうでも良い!結果なんだ!」という台詞。
であれば今の公明党が政権与党入りした政治の結果についても、しっかりと創価学会は支援団体として総括をして欲しいもんだ!!
まったく!!