中央省庁の職員が公費を使ってタクシーで深夜帰宅する際、運転手から現金やビールなどの金品を受け取っていたことが表面化した。国民の不信を招く非常識な行為だ。
町村信孝官房長官が提出した資料によると、問題の職員は十三省庁・機関の五百二人に上り、回数は一万二千四百回を超える。財務省の三百八十三人が最も多かった。現金を受け取っていたのは財務省だけだったが、金品の中には商品券や図書券、コメ、ビールやおつまみ、お歳暮やお中元などが含まれる。
調査中の省もあり、全体像ははっきりしないが、中央省庁の職員の間にタクシー運転手からの接待が広がっていたことは間違いなさそうだ。福田康夫首相は「ビールとか金品は言語道断だ」と述べている。徹底的に調査しなければならない。
タクシー運転手による車内接待は、バブル経済がはじけて景気が低迷し、街に空車があふれだしたころから頻繁になったといわれる。タクシー料金が高額になる長距離帰宅者の奪い合いが激しくなり、接待も過剰になった。タクシー料金を数千円値引きしてキックバックしたり、盆暮れに数万円分の商品券を渡したりする例もあったとされる。
職員の側からは「それほど悪いという認識はなかった」という声が聞かれる。タクシー運転手側には、なじみ客を確保するための営業努力だとの主張がある。双方にとって、正当なサービスの範囲内といった感覚があるのだろう。
腹立たしいのは、公費のタクシーチケットがふんだんに使われていることだ。財務省では、終電車がなくなる午前零時半を過ぎるとチケットを利用できる。二〇〇六年度には四億八千万円が支出された。経費の削減に四苦八苦している民間企業に比べて節約意識に緩みはなかったのだろうか。中央省庁の職員だという特権意識や、少々のことは許されるといった甘えが背景にあったのではないか。
根本的な問題としては、終電車がなくなる深夜まで働いている労働実態がある。国会議員からの質問に対応するための国会待機が要因の一つとされるが、長時間労働への批判が高まっているのに、国会や中央省庁が改善しないのはおかしい。
政府は、深夜タクシー接待問題の全容を把握し、厳正に処分する方針だ。当然のことだが、チケット使用基準や残業の在り方など、国会との関係も含めて幅広く見直す必要があろう。もぐらたたきのような職員批判だけに終わらせてはならない。
元社員の中国人らによるインサイダー取引事件で、野村証券は、事件の舞台となった企業情報部にモニターカメラを設置し、社員の行動を常時監視するなどの再発防止策を発表した。経営責任を明確化するため社長と会長も減俸処分とした。
業界トップである野村証券が引き起こしたインサイダー事件での信用失墜の影響は大きい。顧客の一部には取引を見直す動きも出ている。あえて社員の監視まで踏み込んだ防止策を提示した背景だろう。
防止策は、このほかに野村以外の証券会社の口座で株取引した場合は懲戒解雇を含めた処分を行うとし、不正を疑われるような行為には厳しく対処する方針なども示した。
人事管理も見直し、新入社員採用時に倫理観をチェックしたり、M&A(企業の合併と買収)業務に関する経験が不十分な社員を企業情報部に配属しないことなどを挙げている。
事件を受け社内調査を行った第三者による特別調査委員会は「プロとしての職業倫理の教育が十分ではなかった」として人事や情報管理体制の改善を求める報告書を公表した。
海外での業務展開が進み外国人の活用が不可欠となっているにもかかわらず社員教育がおろそかだったとの指摘は重い。若年層の職業意識の変化についても問題提起し、一層の倫理教育の必要性を強調している。
野村証券は、総会屋への利益供与事件など不祥事が起きる度に、再発防止を誓ってきたはずだ。それでも今回起きた事態は、これまでの取り組みが不十分だったことを浮き彫りにした。調査委が「故意にルールを破ろうとする者の存在を織り込んだ制度設計になっていない」とする課題を乗り越えなければ信頼回復はおぼつかない。
(2008年6月8日掲載)