【2007年4月】
4月30日(月) 『婿ドノ峰竜太の直言』
(^o^) まあまあ
22日、日曜日昼のTBS系《アッコにおまかせ》を眺めていた。
本来ならば、この番組を観てはならない常識がボクにはある。
じつは近畿圏でのよみうりテレビ、この同じ時間枠のウラで《週刊えみぃShow》という上沼恵美子さんメインのバラエティにお世話になっているからだ。
おまけに、じつはこの日はボクと円広志さんとでレギュラーを勤める「コーナーのオンエア日」に当たるからなおさらのことなのだ。
それをある日、東京西麻布で夜食を摂っていたら、そこの関西から来た黒服氏いわく
『あ、ジブンその番組好きで観てますよ』という。
「(あ・こんにゃろおべんちゃらが上手いなあ)」と内心ウサン臭く思っていると、何のことはないUHFの千葉テレビではバッチリ毎週やるようになっているという。
あ〜〜そうなの。
じつはこの番組、この時間での日本最強と見られている上記《アッコ…》を、近畿圏に於いては実質視聴率平均6%程度に押しつぶし、この《週刊えみぃShow》は常時15・6%という日曜昼とは思えぬお化け番組として業界に轟いているものなのだ。
特に芸能ゴシップコーナーでの爆発力は危険きわまりないのがウケている。
「『全国ネット』だったらトンでもないが、『大阪ローカルなんだったら、まぁ、しゃあないか』」
そうコワもてプロダクションも敬遠しているのか、レポーターが自爆テロ戦士のように、在京ワイドショウなど述べている内容とは違って、同じ人物がしゃべっているとは考えられないほどのホンネで斬りまくっているのがいい。
どんな番組に飢えているのかといえば、
朝日放送の《探偵ナイトスクープ》観てぇぞ〜。
それから木曜朝10時〜の、関西テレビ桂南光司会『痛快エブリDay』の「視聴者からの告発」とか、同金曜コーナーの「食い物つながり」はいい企画だ。
「…告発」は視聴者から『この前XXでOO買うたら、あそこの店員はこないな言いぐさやったんでアッタマきてる」とか「お中元でOOと頼んどいたのに違う物を送られて、文句云ったら逆切れされた」「OOの役所のXX窓口は未だに〜〜は断ってきよる」といった、ごくローカルな苦情や不満、行き違いを視聴者が訴え出て、関西テレビから上手にモザイクをかけて両者の言い分を並立させてケンカさす、という金がまったくかからないのに、他のチャンネルにいかれないだろうという名企画。
この局Pに『ねぇ、OOさん。今やってたあの店どこの店だったんですか?』と放映直後訊ねたら。
「いえネ、じつはあのコーナーは担当の局Dもワタシも内緒で進められるんですワ。これ自体がナイショやけどね」
なるほど、いくら告発をしたところで
『それは制作プロダクションがジャーナリスティックに報じただけ…で、関西テレビがそうさせたんと違う』といった”逃げ”というか”独立性”を尊重しているのだろう。
こんなの素晴らしく人間がそのままモロ出しになって面白いけど、東京じゃムリだな〜。
後者の「…つながり」は観る度、思わずメモしたくなるグルメルポ。
最初(というかスゴロクのフリだしに相当する…は、)どこかの食い物屋の名店から「源流」がスタートして始まったもの。
そこの店の親父が作るものは旨いので有名なのだが、そのオヤジ自身が
『だったらタイショウが食べに行かはる店で「XXのOOが喰いたいわぁというもの」を教えて』とレポーターが尋ね、実際に教えてもらった店にノーアポで突撃し、賞味してくる…
またそこのおやっさんの『ここのOOが喰いたくて…』を訊きだし、また新たに突撃してゆくというパターン。
ニュースステーションで久米さんがやった評判企画、
『最後の晩餐(でゲストのあなたなら何を食べますか)』企画を云ってみれば「リレー式に連続的に紹介してゆく」企画だ。
それら登場する店がどれもこれもみな、全国ネット系のグルメ番組では紹介し損ねたような『本当の名店』ばかり。
これを毎回、近畿地区の3〜4店舗を「結果的に」紹介することになる。
なによりも新鮮なのは店がカメラに媚びておらず、登場する店の店主らが、それでいて客に対して「マトモな応対」をしているし素材がおしなべて『原価率の高い』食材を使っていることだ。
接客にしろ清潔感にしろ、おそらくそれは彼らプロがプロの仕事ぶりを評価したから、「お気に入りになった」と思わせる、スキがなくそうした店主のイズムがそれら店の隅々まで行き届き、視線と努力までが及んでいるのが正面から紹介されている名企画だ。
それに明るく、優しいのが観る者をホッとさせてくれる。
考えてみれば、経営者が新しい店をオープンすると考えた。
その店装やらコンセプトの相談を引き受ける新しい商売「XXコーディネイター」なる輩の多くにはクソとミソがあって、今、全国で多くの食い物や経営者らが彼らへの高額な借金に泣いているといった現実がある。
連中は店装の段階から、「ウチに頼んでくれるなら『OO』とか『XX』といったグルメ番組に必ず紹介して差し上げます」という約束を初めから食い物屋「経営指南の条件に織り込んで」売り込む者が存在する。
特にラーメン屋などの相談に関わる者には、比較的取材仕掛け→掲載が安易な「雑誌媒体」に載せさせて、プレゼン用の「紙資料」を得られるならば、TVのグルメ番組、特に夕方16時あたりからの各局ニュースワイドのコーナーなどの下請け制作プロなどウの目タカの目で、『ちょっとひねった店』『タイトルが付けやすい店』であるかのように見せたらすぐに喰い付いてくる、『あまりにちょろいもの』だそうだ。
またそのうちに、その辺りの分野はバラすお話も多いので別の機会に。
ともあれこの日、なぜ禁を破って《アッコ》さんを観たかというと、ここで『林家正蔵』こと『こぶ平』の脱税問題を取り上げるらしいスタジオに置かれたパネルが一瞬見えたからだった。
と、なればこぶ平の『義兄』、峰竜太さんがどのようにコメントをするか興味あったからだった。
こぶ平のした事などは、ウッカリだの知らなかっただの、そんな口実で済まされる軽微なものではない。
どうしてこうした『脱税』に日本の国は甘いのか。
アメリカであったら、国民が分担しなければならない税だというのに、これだけの短期間にこれだけ巨額の脱税をしたエンタテイナーなどは、国民の裏切り者と即追放されるだろう。
「彼が払わない分、私たちの負担分が増える」といった考え方を米国民はいつも持っている。
こぶのように、とくに笑わせる…といった仕事だけに、こぶの野郎などはアメリカだったら永久追放間違いなしである。だってそんな汚れた卑怯者の言葉になど『笑えないもの』。
マフィアがアメリカで、「なぜ国民の共通の敵」かといったら、『所得を申告して適正な納税をしない』からなのである。
こんな野郎などは刑事犯の風上にも置けない。
だから、今日は峰竜太さんの内側にどんな正義感があるか、試される機会だと思ったからだった。
乞食のように「襲名」などを派手に喧伝してみせて、世間からご祝儀だのお祝いなどといったお情けをカスめとる儀式としてあった…あの「襲名披露」で峰、妻のみどりがこのこぶ&母香葉子連合と「共に天を戴いた」のは何年ぶりのことだろう。
じつは彼らは十年近くも前から、(「本家ら」は終戦になったが)中核対革マルのような冷戦が続いているのである。
問題の発端は峰さんの独立問題だった。
石原プロの強引さ…というか、パワーの強さにかかれば誰だって有名俳優になれる。
というより、カスも仕立て上げられスターになれる。
同プロには湯水のように「宣伝費」を支払ってくれる大タニマチがいる、大塚製薬だ。
かつて社運をかけて発売したものの、売れなくて困り果てていた大塚製薬のポカリスェットを、石原裕次郎さんが闘病から一時抜け出し『危機を脱しました』といって、あのキチガイじみた退院騒動くり広げた記者会見で、
『これを飲めたおかげで助かったようなモンです』と、あの白と水色の缶を手にカメラの砲列の前に差し出した。これ一発で流通在庫がスッカラカンになった。
そして全国の病院や「産院」「小児科」から注文が殺到したのである。
それ以来、コカコーラのシェアを脅かすほどにまでに成長、いつの間にか「清涼飲料」の頂点にどん底から急伸していった。
そのポカリの救世主、いや、大塚製薬の急成長を恩に着た同社は創業一族はじめ全社員が
『大塚は石原プロのためになるなら何だってやる』と一丸となった…と、当時の田村宣伝部長はボクに秘話を話してくれた。
「テレ朝&大塚」、途中で「日テレが」抜けたものの石原プロめぐり3者はガッチリと手を組んで、持ちつもたれつ、お互いがお互いを利用しながら運命共同体を築いてきた。
当然芸能界での影響力は一時ほどではなくなったものの、松田優作以来多くの若手男優を大きく育てる役目を同プロは担ってきたものの、生え抜きというと、「渡・舘・神田…」とアレレこんだけ?と、必死売出し中の人身事故俳優(笑)はじめ大塚製薬ヘルプの若手以外、所属タレントの顔ぶれは尻切れになってしまう。
そう、竜雷太を初めとして多くの俳優人が「居た事もあるが、辞めるか独立」してしまうのである。
『だってさぁ、亭主があれだけ働いてるっつうのにさぁ、ゴッソリ持ってっちゃうんだもの。石原プロが』
そう、ボクの幼馴染「峰竜太夫人」が『石原プロ退社、独立騒動』の際にウンザリといった風に愚痴ったものだった。
『華麗なる(?)林家一族』を簡単に派閥で別けてみるとこうなる(笑)。
『海老名香葉子さん・こぶ平』の根岸派。
中間派だが『(根岸派寄りの)小朝・次女泰葉・次男いっ平』
みどりの党『峰竜太・海老名みどり=長女』(新居がある)飯田橋派。
この三派に区分けすると解りやすい。
いっ平を当初ボクは、根岸派ガチガチだと思っていたが、こぶとは仲が悪いらしく、ある日仕事で一緒してみたら「それを隠そうとしなかった」(笑)。
便宜的に”事務所の頭目”としての香葉子さん、事務所タレント看板のこぶとは、「仲良さそうに並列していた方がよかろう」といった作り笑いも、どうやら『仮面兄弟』のようだ(笑)。
まず、ボクとみどりは小学校の1年から6年までいつも前後の机を並べ(イヤだったけど 笑)ていたが、相変わらずのあのやかましさを誇る女だった。
あれでも名にしおうお嬢様学校の「川村女学園」出なので、ボクは以来、同校の関係者卒業生に対し「世間一般に比べ評価が低い」(笑)のもすべてみどりのせいである。
もっとも『山田邦子』だって彼女の後輩にあたるわけだから、ここの『お嬢様の園』ムードもタカが知れているというものだ。
だから、ボクが遊んでいた頃も『招待券以外立ち入り禁止』という、お嬢学校特有の”入場制限つきあこがれの文化祭”であるにもかかわらずハナもひっかけなかった(笑)。
長じて、結婚する峰さんを指して”売れない役者なのよ”(海老名家某弁)と結ばれる事となったが、海老名家としてはこの「長女と長男」こぶとは年のかなり離れた姉弟であるため、名目は違っても、実質は『婿養子さん』的扱いで、同家はこの峰さんという役者への”注射”をしてゆくことになった。
それの代表的なものが『香葉子さんが頭を下げての「石原プロ」入り』である。
「三平さんトコの『お婿さん』」を、同プロは新人刑事に加えたり、あの選挙運動仕出し屋的(笑)な「男達の集団」の末席に峰さんを据えておいたのである。
だがそれも何年でもなく、同プロがプッシュする「俳優としての営業」はとっくに破綻しており、独立前のここ十年以上前から、峰さんとしたらあくまで「『自分でとってきた』ような仕事」を増やし、着々と成長してきたのである(ボクもそう思う)。
そして当初はみどりの尻に敷かれていた存在も、
意外や「浮気の発覚」を繰り返すうち、いじめられ夫、でもカンジいいわと、主婦向けの警戒されないキャラといった独自の路線がウケることになり、日テレの「ルックルック」などワイドショウで局関係者からは『使いやすいタレント』として評価が高まり現在の位置にまでのし上がる事になった。
ここではかなりの期間、所属タレントとして同プロに『マネジメント料』を稼がせた(推定:ギャラの50%?)わけだから、通常ならプロダクションも「おつかれさん」と云って気持ち良く送り出してよいはずだった。
それにはそうした退社交渉も無かったわけでなく、お礼奉公のつもりで峰さんもじっと「上納金」のつもりで貢いでいたのだろうが、ここで出てきたのが「みどりの”あの調子”」だったらしいのである。
みどりならずとも、どういうネジレがあるのかは知らないが、あの石原良純さんにしても「石原プロ所属ではない」ところからも、その特殊性がイヤでも想像されてしまうのも仕方がなかろう。
いずれであったにせよ、同プロとは円満退社という形とはならず、義理を重んじたいくつかの番組制作サイドは「峰さんを切る」形で芸能界の仁義に順じた。
そして「長じたこぶ」とみどり、兄弟の仲がいいという話は一度も聞いて来なかったし、そもそも、あの海老名家の周囲300メートルにはボクら(こぶもいっ平も同窓)の小学校があり、こぶの通う都立高までもある。
そしてボクの仲間も同窓もこの一角の住人である。
いわば、『ン長屋のみなさぁあん』なのである。
こぶ平という人物を褒める声は、寛永寺幼稚園同級生から始まって(笑)小学校、高校と一度も聴いたことがない、それはひどいものである。
あ、あった。
わずかに、ご祝儀袋を戴いたのかな?という数人の演芸評論家が、最近書いた《正蔵襲名前後》の高座評論だけだろうか(笑)。
近所の商店も『ヤな奴』。
これ一本で声をそろえる、とにかく気位が高く威張ってお高くとまっているだけのお方らしい。
ともあれ、『峰さんの石原プロ脱退』といった独立劇は、香葉子さんとしたら、まずみどりに『あんたたちは何やってんの!』である。
彼女は昔から義理堅く、父兄や近所うちの中でこれまた「悪い評判」など聞いた事がない人物だ。
この人の義理堅さ、世渡りの立派さで根岸派はやっていられるといって過言ではない。
たしかに石原プロに頭を下げて入れてもらい、さらに世に出して貰った恩は、彼女にとったらいつまでも背負っていかねばならないといった道徳観で固まっていよう。
辞めるなら、もう一度香葉子さんを通して同プロの小林専務あたりに話を通すのがスジであろう。
結果的に故人の「三平」の顔までつぶす格好となり香葉子さんは、これを踏み外した「飯田橋派」の根岸界隈への出入り自体を禁じた。事実上の『林家三平一家からの絶縁申し渡し』だった。
これがかれこれもう10年になろうか。
ここで、本来ならこぶが一肌脱いで、石原プロに橋を渡す役目をにない、根岸の代表=「林家一門盟主」として正式に詫びを入れるならば、八方丸く収まっただろう。
気が利いて頭の良い小朝だったらさぞかし『自分がその役をやれる立場だったら』と歯ぎしりをしたことだろう。
こぶにしてみたら、飯田橋派追放のままの方が都合は良いわけだから、手など貸すわけがない。
ともあれ、あのこぶに(財産としての名跡=)「正蔵」を名乗らせて、「三平」を『いっ平に襲名させる』という図式で、今やっている事は「海老名家の財産」の生前分与みたいなものなのだ。
問題は「林家正蔵」という巨大な名跡が、あんな未熟児人間「こぶ」にサイズがフィットしないという世間一般の常識が障害だった。
それを救ったのが、若手落語家に絶大な影響力を持つ小朝に他ならない。
当代の落語若手名人ばかりを集めた「6人会」を旗上げさせて、ここにこぶを紛れ込ませるといった「一大捏造工作」と云って良い。
小朝・志の輔・鶴瓶・昇太・花緑に…こぶ平…?どうにもこうにも、ねぇ(笑)
だから「6人の会」の興行主は『香葉子さん実質経営の「ねぎし事務所」』でチケットもここの扱いである。
別に、これだけの興行企画でゼニにしようというわけではなく、「逆」である。
児童公園での5人の人気ガキ大将に、「ウチの子を入れてやって」と母親がアメを買ってきて息子の背を押すようなもんだ(うまいっ!座布団一丁!)。
そうして『6人の会』が旗上げするが、当初、記者会見で鶴瓶が
『このメンバーは判るけど、ここになんでこぶ平が!』と思わず洩らしてしまったところに真相が露呈してしまった。
それにしてもこぶは幸せである。、頼れるアニキ=小朝のカゲに回って、隠れられるこれだけ大きな背中がもう一つ香葉子さんと二つもあったことを神に感謝しなければならないだろう。
こうして「もっともらしさ」が日に日に林家の羽織に後付けされ、ジャズレコードとゴルフにウツツをぬかすだけのこぶは、襲名の晴れの日を迎える。
ここでの香葉子さんは賢かった。
巨額な金が動くこの「襲名披露」というイベントというか利権を、他あろう『石原プロ』に仕切らせたのである。これはすごいコペルニクス的発想。
『歌舞伎役者』じゃあるまいし、このたかがバカ殿落語家の襲名ごときに、『お練り』と呼ぶ江戸以来のパレードを無理やり持ってきて”もっともらしさ”をデッチ上げてしまうのである。
普通なら、どこにも公共的名目がなければ公道使用の許可など絶対に下ろさない警視庁も、”都知事&石原プロのセン”(笑)があるため、簡単に動いた。
そしてヤクザの襲名よろしく、これだけのイベントをやったのだから…、とスポンサーやらタニマチにも声をかけてその札束をより厚くする効果を狙ったのか?巨額の「領収書要らないよマネー」がここに集中する事になるための演出だったのではないかとボクは推理する。
石原プロにも義理が立つし、見入りもデカい。
こんないいことは他に考え付くだろうか?
「飯田橋派」もこの日ばかりは、世間体もある、さすがに同じテーブルに着かないわけにはいかない。
そしてこれだけ大きな経済規模のイベントが、静かに幕を閉じたそのあとに、報道されている「一部だけでも1億5千万円の申告漏れ」(これは報道してよい範囲だけ、でこの額なのだ)が表面化することになり、さらに、「2400万円」のカラになった祝儀袋がこぶの部屋に隠蔽されているのが押収された。
なんだ、ガサ入れがあの「三平堂」に入っていたのか。
ずい分とバブリーだなぁ、こぶも。
あの男は寿司屋へ行くというと『10万くらいが予算じゃないとダメでしょう』と、半ば「それ以下なの?」と思わずテレビでそう他の出演者たちにうそぶいているのを聞き、ボクは開いた口がふさがらなかった。
それより前に、お前には舌があるのか?と、訊いてみたい。
この若ダンナがこの実家の辺りでめずらしく「飯を食う」となると、ステーキ屋の「S」。
ここは文字通り、「横丁を入った一軒」。
というのもここ、小泉サンや清原が(連れられて)来た(事がある)というのが”宣伝文句の名店”。
だが、フタを開ければ『値段の高い肉を仕入れ、焼いて食わせる』といった作業のほかに、どこかメニューをバカ高くする裏付けでもあるのだろうかといった焼き肉屋ならぬ「肉焼き屋」(笑)。
同類項で名高い新橋の(本店は神戸)「アラガワ(変換候補がない)」も、イチローに云わせると「2度と行かない」ただのバブリ屋さん。
ただ、「高い肉は高い肉の味」、ただそれだけで何の工夫もなくて最低3万から5万、ワインを空けて二桁手前といったプライスを領収書ナシでいただいているならリッパ、というか面白いヒト。
酒屋の店頭で、『おっとっと、立ち飲みでいいからここで、』と酒を飲ませたのが「居酒屋」だとすれば、さしづめこれらなどは「居肉屋」と呼ぶべきか、こちらの「常連と自称する事で小泉&清原との並列」を気取る神経、これを繰り上げ当選ニンゲンとボクは嗤う。
じっさいこの「S」は横丁にあるのも、主人(ボクと同窓一級下)は「前身が名刺やハガキを刷っている印刷屋サン」が始めたのだから(?)、「店といい常連といい」いかにも下町の根岸界隈風情なのである(笑)。
『こんなT台高じゃなくてオレはもっと程度の高い学校へ行こうと思えば行けた』と、その都立高で事あるごとに云い続けるような性格では、いつまで経っても友達などできなかったワケである。
『オヤジ(=三平)からは「そんな細かいコトは気にしちゃいけない」と云われてましたから』ご祝儀袋や巨額のお祝いを申告しなくたっておかしくないと、云いくるめる神経。
それらが、「2400万円、1億5000万円以上」という額、それを扱う事が『細かい事』だと捉えて今なお気付かない(のか居直っているのか)周囲の目の温度に気付かない感性。
本来「こぶを大嫌いな峰さん」は、アッコさんと並んでいつものヘラヘラ顔を封印しこう云った。
『ホントに正蔵は、これはいけない事をしたんだから、いけない事とキチンと謝罪をして反省をしなければならないですね。』
海老名家に入って、初めて見せた男としての直言のようにボクは見た。
取りあえず、起訴は免れたようだがこれだけの巨額で、恣意的といえる隠し方があった以上、せめてNHKは「林家正蔵」の起用を拒否しなければならないのは当然の理である。
民放各社もこの際だから、このこぶには「落語以外での出演は認めない」とでも申し合わせたほうが、「落語界の発展のため」には有益ではないのか?
それにしても『たかが2400万円』と片付けてしまうなんという《庶民感覚》か。
なぁんだこぶちゃん、いつまでもそれじゃあね。
ちっとも根岸小学校の時から友達がいないわけだよ、あははは。
それから比べりゃ『一文二文(もん)が単位』の「長屋の話」なんて、こいつにはまるで「エイリアンのドタバタ劇」くらいにしか、リアリティ持って学ぶ事ができないだろうし語ることも無理だろう。
まるで、そこの長屋に棲んでいる者が語ったかのような落語表現など、どうしてこんな低脳に望むことができようか。
そうだ名案がある!ゲン直しにいっそまた石原プロに「襲名披露」をしてもらったらいかがかと、ボクは衷心より根岸の皆さんに進言したい。
「追徴課税納入」分も稼げるし、ゲンの悪い「正蔵」ともおさらばできる。
新たな名跡?
そりゃあんた、『林家いん平』しかないだろ(笑)、おあとがよろしいようで。
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4月26日(木) / 「町田市立てこもり事件」のヤバい内幕
(^o^) まあまあ
先日週末、町田市であった「暴力団組員人質立てこもり」ではちょっと気になった。
兄貴格のヤクザを射殺した後で、そいつは自宅に舞い戻り人質2人を取って立てこもったというアレである。
こいつが篭城現場に乗り付けた乗用車の停め方、このヤサを特定して追ってきたパトカーにいきなり発砲するなど、被疑者は覚せい剤などを射っての一連の犯行だったとボクはみる(重体のため、そうした発表はない)。
ニュースも第一報から『SITが包囲している』と伝えているが、ずいぶんと彼らも公然たる存在になったものだと思った。
画面を眺めれば、続々と包囲網を縮める警官隊、そして特殊班。
だんだんと、「納入業者」から「個人的な繋がり」だけへと時は移り、口にするのを自粛・遠慮していた事柄も徐々に話せるようになってきた。
なにを隠そうあの「特殊班(Special Investigation Team)」の身体を守っている防弾ベストは、このボクの設計して納入したものである。
CX系のニュースでは簡単に『SITとは…』なんて、ミニクローズアップをしていたが、ユニットとして目立った動きをしたのは近年では96年(だったか)の蒲田の3歳少女人質立てこもり「彩香ちゃん事件」であっただろう。
だが、ちょうどこの頃わが作品のベストは特殊班との共同制作中で公然とは登場してこない。
そこから完成し、『全日空機函館ハイジャック事件』『経団連立てこもり事件』、『朝日新聞社右翼総帥立てこもり自殺事件』『広島バスジャック』『麹町暴力団銃撃戦』などなどのシーンでは登場のSITが、カメラ前では隠密のうちに行動を遂げたり、また出動シーンを明らかにして警視庁広報も”極秘部隊の取り扱い方”に変化をもたらしてきた。
それら事件では、出動した全ユニットすべての隊員が、ウチの【作品】で身を守っており壮観そのものだった。
それらも納入してからかれこれ、もう10年が経過するだけにさすがにボクのものは減って1/5程度だったか。
それにしても小社の製品をパクった現行品をたっぷり電波媒体で眺めさせてもらったが、「アレアレ」というような致命的設計ミスをしており、現場隊員の要望がまた二の次になって「突入部隊員への危機管理」がないがしろになっているデザインが目立った。
ボクの設計はあくまで、現場隊員との対話や訓練に立ち合うことをベースに起こりうる致命的事態を想定してそれに耐えうるもの…とした原則に基づいて作った。
同時に厚生省麻薬Gメンの皆さんへの「私服用インナータイプ」も納入したが、同じように現在の『敵側の態様』を訊き、現場本位に作ったものだ。
だが、後日『警視庁でも揃えたいから』とSIT納入後にありがたいお言葉があり、納期をヤイのヤイのと急かしたうえ、それを癒着のあった業者に頼まれウチの品とそっくりのベスト(おまけにはるかに高額)を作らせて納入させた警察庁の担当「キャリア官僚のI」というおタクが今後何か不測の事態が起きても責任を持ってくれる覚悟でパクりの走狗をつとめたようだ。
それがきっかけで捜査員に死亡事故でも起こったらこのキャリア人生は終る。体験したイキサツは全暴露して差し上げよう。(その後も官給品を納めている業者ではこうした反乱はできない)
オウム事件をきっかけに、日本の警察は危機感を持った。それは都内に銃身を持ち込んだ信者の供述などから、自動小銃の強力なものを彼らは山梨の秘密工場で密造していたからだった(パクられたのが北青山にあった『アド街』『どっち料理…』の制作会社のマンション駐車場だったのには笑った)。
ボクの作る製品は、基本的に『日本警察は相手が撃ってきて、「はじめて応射ができる」ため、先に撃たれても大丈夫な、最強のものに』との強度が厳命された。
というより、新聞主導の『事なかれ民主警察』のキレイ事で犠牲となっている隊員の悲鳴からの懇願でもあった。
日本のそれまでの防弾チョッキを納入していた各「官給品メーカー」どもは、「完全な税金ドロボウ」で、今だから云うがボクの設計したものが登場するまでというもの、『トカレフで撃たれたら一巻の終わり』だったのである、実際に犠牲になった気の毒な警官さえ出ていた。
防弾のための肝心の「ケブラー繊維層」が、「経費節約のため」背中側が省略され挿入されず(「だから納入価格も半分になったと」当時の警察庁コッパ役人は胸を張ったそうだ)、正面からの銃弾しか役を成さない。これはアメリカの警官に笑い話として話をした時に、彼らは笑いを失い、真顔で『それで抗議などは出ていないのか』と度肝を抜かれた様子だった、つまりそれほどに世界の常識ハズレであることを物語る。
町田の現場映像でも、何人もの交番警官がそんな時代の遺物を引っ張り出して着用していた。
流れ弾が当たったら、「凶悪な犯人」だけが指弾されるのも不公平な気がする(笑)。
これこそまさに《片肺状態》。弾丸の飛んでくる方向がどうか一定でありますようにってか(笑)。
取りあえず「胸だけを守れば良かろう」といった中途半端で、イカニモな「机上の空論」モノ。
生命ほどデジタル的なものはない。
心の臓が停まれば終わりである。
防弾チョッキもそう、《貫通したらTシャツと何ら変わらない》わけである。
ケブラーなんてシロモノを「夢の繊維」だなんて、まだ言っているのは日本人くらいなもの。
長々と米軍御用達つづけ、明けても暮れても防弾チョッキの主要素材として伝統的に米兵の身をを守ってきたが、それもヴェトナム戦争の初期段階でこれが捕獲・研究され、東側によってその繊維の弱点は研究され尽くしてきた。
その上で「トカレフ」や自動小銃の「AK47(や74)」用の標準仕様弾丸が生まれてきた。
銃こそは旧式だが、《ケブラーを貫徹するための設計》の銃弾である事に日本の警察や防衛庁が気付いたのはつい最近の事、他でもない身内から犠牲者を出してから気付いたのである。
こんなシロモノを警官に支給して顧みなかったその結果が、日本国自民党ご自慢の『国際貢献第一回』の場でさっそく起きた。
カンボジアの(ポルポト派制圧後の)民主選挙立会いに派遣した警官のPKO部隊が移動中、彼らの車輌に向け発射されたロケット砲弾が近くで炸裂し、その空き缶のような程度の『破片が背中に食い込んで』高田警部補が絶命し犠牲となった。
これはまぎれもなく”役人・政治家による人災”以外の何ものでもない犬死とボクは呼ぶ。
さらに、神奈川県綾瀬市では私服警官に向け手配中のヤクザがトカレフを放ったら、胸のチョッキを貫通してマル暴担当が一人死に、その背後にいた刑事もひん死の重傷を負った。
その二人目もチョッキを着ていて、その貫通した同じ一発の弾が、もう「ひとり分」ぶち貫いて、胸の中に食い込み、ようやく停止した。
ボクはこの刑事らの遺族らに民事賠償訴訟提訴をお勧めしたい。
アメリカであったら初めから裁判になどならないだろう。
間髪入れず、何億という莫大な慰謝料を、今まで「トウフのような防弾チョッキ」のおかげで死傷なさった警察官遺族諸侯らに、即決で支払われなければならないほど、明確に責任は問われ、ひどい手抜き予算編成の手落ちがあったと自治大臣のクビさえ飛ぶことだろう。
こんなのは間違いなく、テメエは絶対に修羅場へは行かず、ヒトにやらせる立場のキャリア組の失態に起因した役人による過失というまさしく「人災」以外の何ものでもない。
あの戦争で、《特攻》の旗振りした連中がみな実際には戦場へ行かずに「大和魂」だの、「一億火の玉」だと精神論ばかり立派なことヌカして若い人たちの尻を叩き戦地へ送り出すのに専念したのと何ら体質は変わってはいない。
ボクの持つ防弾新素材のノウハウにいち早く着目し、ウチにいきなり訪ねてきたのは警視庁捜査一課の特殊班という、現場最前線のコマンドたちだった。
ボクは『おいでになると思ってました』と挨拶のすぐ後にそう云った。
さっそく商売抜きでの「ヒト助け」が始まり、テスト、改良また再テストを経て納入までに約二年を要した。
その間、池袋でのヤクザのケンカで車に乗ったK会の幹部が別の車に無理やり停車させられ、後部座席に座ったままトカレフで超至近距離から8発くらいぶち込まれたものの、重傷で済んだ。
それはボクの作った一般用を購入したものを幹部はウチから購入していたのである。
それはポマードで頭を撫で付けているのが名物だった元首相が秘かに入手し、身に着けていたものと同じ製品だった。
それだけの強度を秘めながら「男性週刊誌1冊」分の厚みだから、襲撃者らは「防弾チョッキなど着ていない」と判断し、胸に弾丸を集中させることになる。
その高速下の襲撃事件で、それらの凶弾をすべてウチの製品は6発をしっかり阻止し、停めていた。
もっとも「幹部が重傷」というのは、チョッキが防備していない部位=太ももをも2発、撃たれていたからであった(未だに感謝の挨拶がないというのは近頃の仁侠道もすたれたものだ 笑)。
ともあれ、「守らなくて良い命などはひとつもない」とボクは思っている。
(だけどあまりに非道いバカが多すぎて死刑制度には賛成だ。)
改心したり、ヤクザから足を洗って更正した人ならいくらでもいる。
相手を死なせたり、また撃たれて死んだら、そんなチャンスは双方から奪われてしまう。
殺さず、殺人未遂で犯罪衝動を食い止めるのは、神様でなくボクのような者だって、やればできることなのだ。
つまらん「一時の行きがかり」だけで『この野郎ぶっ殺してやりたい』と思う事などボクのようなバンビみたいな性格の人間だってままあることだ(笑)無理もない。
だけどそんな感情を優先、実行してしまい、取り返しが絶対にできない事態にまで『工夫をするだけで』足踏み入れずに済むのである。
だからこの頃、ちょっとした遊び人の世界にまで『トカレフ1丁実弾付きで7万円』といった相場で裏社会から拳銃が半公然と流出が盛んだった時代、こんな「防弾チョッキを普及させる」事は人間として、非常に人間愛の深い崇高な任務であると考えて、どのような仕事よりもこの納入だけは最優先で全力投球をしていた。
ちょっと脱線する。
先日も六本木で暴力団同士の襲撃、報復といった抗争事件があった。
結果的には山口組を東京に引き入れる中心人物となった国粋会の会長みずからが、浅草の本部で頭を打ち抜いて自殺をして責任を取る形で幕となった。
その会長の出身母体である「国粋会金町一家」は長年、山谷を根城に、そこに集まる労働者らのカネをハネるシノギを中心に成長してきた団体だった。
そこに70年代から思わぬ邪魔=新左翼過激派が入り、ハラを据えかねていた底辺労働者を巻き込んで、金町一家と抗争を繰り返す事になった。
その一風変わった抗争は、相手リーダーが喫茶店にいるところを襲い拉致してリンチしたり、金町の賭場となっているスナックを集団の投石でぶっ壊したり、近所の者としては野次馬でずい分と楽しませてもらったもんだ。
ところが、さすがは暴力団だった。彼の組織は資金源を次々に失うと報復にでた。
過激派側現地責任者格の者を二名マーク、これを殺し屋が付け狙い、冷徹に拳銃で狙撃し、路上で二人とも即死させるのだった(ちなみにこの暗殺に先立って、これらリーダーやメンバーらを警察署や交番の中でさらし、金町一家組員を呼びつけてメンを割らせた警察のやり方は間接的な共犯者だと今も思っている)。
ここの労働者も、騒動での警察官や機動隊の動きや扱いを観察するうち、
『自分らを守ってくれるのはアカのヤツら(=過激派)、警察はいつでもヤクザを助けてばかり』と看破する。
ただ、機動隊員達のオフに訊くとこう云う
『山谷へ出動すると、なぜかオレらも自分らしさを失う。あそこは自分ら以外総てが敵に見えてくるから』
その後、暴対法もできて司法の判断も大きく「ヤクザに人権なし」といった方向に大きくシフトを始める。
だから最近のヤクザはこうだ。
抗争をやっても、末端の者が例えば殺しをやった場合、組長が裁判で《使用者責任》と、いわば連帯責任的(に殺人教唆・共謀共同正犯で)重罪を背負うようになってからは、こうした戦国時代の合戦まがいの「実力闘争」は姿を消し、組同士の抗争でも誰がやったか「下手人が判らない手口の攻撃」が主の「冷戦型」に形態を移すにいたった。
かの武闘派金町一家元組長は、昨年関東の友好各組織を裏切るかたちで、自ら山口組東京進出の橋頭堡となって会長自身「本家直参舎弟」の名まで勝ち得る。
自らも各組織に都内盛り場の縄張りの『賃貸し』を始め、家賃のようにシノギを取り立てる側に回る。
だが、それと引き換えに、”テナント組織”と(新宿)銀座・六本木抗争のような摩擦=《首都不安》を常態化させてしまい、都民からの警察への強硬措置「暴力組織壊滅」を望む声を招くことになった。
結局は自分の撒いたタネ、その山口本家からも迷惑がられ、もとより反発強めた関東各組織からと、両側からの反発を買うことになった。
自殺した同会会長という人物はこうした戦歴をもつ者だけに、自分の歩んできたスタイルに見合ったケジメの付け方…はさすが、いかにもあの人!と「納得のゆく最期」を遂げたのである。
話は長くなったが、今回の「町田立てこもり」に話を戻す。
兄貴分射殺に使われた銃の現場では薬きょうが見付からず、となれば「リボルバー」だろうから38か45口径だろうし、トカレフは自動式拳銃だから薬きょうが排出されるので、ひとまず警察は安心。
警察側の防弾装備は、第一級品でなくとも貫通は心配ない(そういうものなのである 笑)。
そこら辺の交番やパトカーに積んである程度のシロモノでも役に立つ。
中にはジュラルミンの盾を構えていた交番警官もいたが、笑ってしまった。
あんなものではバッチリ「盾と身体に風穴がポッカリ開く」だろうもの。
ただ、相手はクスリで頭がイッてしまっているようだ、これだけは不安材料だっただろう。
それに発砲を思いきり平気なライフスタイルのようだから(笑)、上空のヘリから観た布陣では、『こいつを絶対にドアの外にだけは出すな。出たら射殺』と決めていたフシがヨめる。
じっさいにこいつが未明、自殺を図った一発が「右側頭部から入り左目あたりへ頭蓋骨を貫通」しているにもかかわらず、運ばれる担架上で意識失わず、なにやら手で応答しているらしい様子がニュースで流され、多くの方が唖然としただろうが、あれこそ「シャブならでは」の業である。
「脳がグチャグチャ」になったらそれでアウツなのはいうまでもない。
この被疑者の場合はおそらく”銃口が下向き”だったのが幸い?して、脳の下部をかすめ目の内側に達したから、せいぜいが「目玉がブランブラン」するくらいで、脳本体は助かったのかもしれないが(笑)、それにしても神経が多く集約される付近だけに、フツーの者なら「痛みで意識を失う」のが本当でなければならない。
それが痛みを忘れていられるのだから、シャブをギッチリ射って自殺に臨んだのだろう。
役立てばいいが、「ヤクザが指をツめる」場合、シャブを用法・要領お一人様分の約5倍は射つそうだ。
そうすれば関節に刃を合わせ、ポコンと金槌落としてもらえばあ〜ら不思議「無痛分娩」よろしくめでたく指もストンと落ちるという(間違っても関節以外の場所で切ると、骨がケンタッキーのモノみたいにササくれて何度も何度も骨を叩き折らないといけないそうだから、絶対にマネしないでね)。
あの町田のバカは『兄貴からいつも金を取り立てられるので殺った』と犯行前宣言していたらしいが、シャブを扱っているから「現金商売」なだけに(笑)取り立てでも年中催促がつきまとう…わけなのだろう。
それにしても、ニュース映像で野郎のドアの前に展開するSIT隊員と、ついに出たよ「MP5」自動小銃を構える捜査員が映っちゃった。
これはエポックメイキングなお宝映像であろう。
当初「SIT」ではなくて、『銃器対策部隊』と称される「SAT」のほうにこの「自動小銃は配備されている」と聞いていたし、じっさいにSAT が訓練を積んでいるのも公開され知っている。
ハッキリさせておくとわが「SIT」は、アメリカの警察で云うところの『ネゴシエイター・ユニット』的役割で、今回はヤクザの組の親分や兄貴分などを呼び寄せて、携帯電話で説得工作などをさせたり同時に突入プランなどの作戦計画立案を担当するのがSITのほう。
今回の現場でも、篭城していた建物の外側で、ボクは初代SITの主任が臨場しているのを見付けたが、氏は上記「彩香ちゃん事件」では、犯人は物凄いタフなバカで二階に立てこもり、そんな幼児をあぐらをかいたヒザに乗せ、なんと包丁を約二日間のあいだ!”二本をクロスさせ首にV字に当て”て、「逃亡用のクルマと銃」を要求し抜いていたのである。
主任はひとりでこんなバカを刺激しないよう、階下からひと時も休まず犯人を説得し続け同時に軟化をはかり、精神の疲労を誘い、スキを作って強行突入を成功させるのである。
氏の臨場は「今回のバカ」について、判断材料を集中させ『こいつにはどのような説得が適当で、どうしたら軟化させられるか』最善の策を、前線部隊の相談役となるためなのだろう。
先日の「セレブ美容医長女誘拐事件」では、突入した際に知られざる修羅場があった。
「追い詰められた事」を悟った犯人側が、そのセレブ娘をまず殺害しておこうとまさに銃口を突きつけたところでSITがドカンと突入してきた。
その瞬間に犯人の中国人が、手にしたマカロフ(トカの改良型)を先頭の隊員に向けて「引き金を”引いた”」そうである…が激発せず「不発」だったために助かった。
で素早く犯人がスライドを動かし、”2発目がさらに発射されだが頭をかすめ”て、隊員は九死に一生を得たと聞くが、その「引き金をひかれた捜査員」は
『いまでも「カチン」』という音がリアルによみがえり、寝ていても起きていても頭から離れない。
気の毒に、これはトラウマとなって一生残るかも知れない。
今回の事件で、ドアの内側にバカが立てこもったのが昼間、夕刻には早くも
「(人質はおらず)SITは折を見てドアを破り室内に突入する模様です」なる出処不明のレポートが複数の局の現場中継で読み上げがあり、結果的に事件の早期決着を煽る、そんな現場の放送記者らがいたがアレはいったい何なのか。
SITの側は篭城開始後、ただちに隣室に入り、被疑者の部屋に集音マイクを当てて部屋内部の様子に聴き耳を立てた、結果、被疑者のほかに男女が一名ずつでこれは「篭城」ではなく、「人質つき立てこもり」との認識をもって臨んでいたため、荒療治は控える事になった。こんな時点での突入などするわけもない。
また電気を停めたわけでもないから、先方にはTVやラジオ経由で外部の警察の布陣やら発表などは筒抜けだ。これへの配慮をマスコミはしていたのか。
「突入をするそうだ」と誤った報告を流して、犯人が自暴自棄になる警戒心をどうしてこいつらは持たないのだろう、ヘタしたら人質もろとも…なんて十分危険性があったではないか。
ともあれ、対する「SAT」は実力行使部隊。
彼らはSITが交渉や突入に全力を上げるものの、犯人側の火力が圧倒的な際にSITの指揮下に入り、一発必中の狙撃や殲滅射撃を行い、銃器の取り扱いでは日本警察組織最強の機甲部隊だ。
そのSATの初代隊員と酒を酌み交わしたことがある。
氏は40代後半で、警察官の中ではどちらかというと小柄なほう。
彼は銃を片手にして、幾つもの局面にSITと一緒に出動待機を経験しているが、不幸中の幸いか未だ史上SATに「銃器による実力行使命令」が下ったことはない。
彼らの銃口が火を噴くときには、相手が日本の法体系を崩すおそれがある時限定だ。
また、逆にSATが撃つ時には射殺という「司法手続きを踏まずに行政の放つ銃弾で『裁判抜きに”被告を死刑”という形で裁いてしまう』わけだ」から、SATへの発射命令となると慎重には慎重となる。
おそらくはこんな手順を踏むことになる(だろう)。
SIT現場指揮官→SIT付き参事官→警察庁刑事局長→警察庁長官→内閣危機管理室長→総理への助言→決断(ここまで、マスコミのエライさんから「もし強硬手段に出たら、世論はどう受け止めるか」などの代表的危惧を主に訊く。警察庁長官も検事総長などの意見を仰ぐ。総理の決断がでたら一気にこの途を逆に躊躇なく下る)。
元SAT氏の最近の関心事は、お嬢さんに生まれたばかりの初孫。
現在所属する署内の展覧会にもその二人を撮った、幸せがこぼれるようなスナップ写真を貼り出した。
その氏がハワイへ家族旅行へ行った際、ワイキキのビルの地下にある実弾射撃場へ出かけたそうである。拳銃やライフルなどを次々と手にしてはビシビシと命中させる腕前に
『ここに来る日本人はあんたとはちがう』と係員が舌を巻いていたと、得意そうに笑った。
「でもね、あそこの銃はキッチリ狙ってもひとつも真っ直ぐ飛ばないクズみたいな銃ばかりだったですよ」とニヤリ。
今、平穏であることを祝って杯の数も増した晩だった。
写真:SAT当時1・2の射撃の腕前を誇った氏の「引き金」をひく人差し指
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4月1日(日) ワインと涙「Rocky ファイナル」
(^o^) まあまあ
毎年この日につくウソがある、ロングラン興行である。
『え?きょうは4月1日じゃないよ、3月31日だよ、』
こんなんで毎年、犠牲者を出せるのだから世の中も案外ツミがない(笑)。
先週、ちょっと用があってとんぼ返りのように西海岸を往復してきた。
いや〜、泣いた。
よく飛行機の中は気圧の関係でアルコールが回るから、乗務員らが酒をいちいち注ぐものと昔から決まっているがボクは違う。
ちっとも酔わないし、あまり酒も進まない。好みの酒(のブランド)をどこのクラスでも載せていないせいもあって、さして美味いとも思わないから結果的に健康には大変よい。
だがこのところ、カリフォルニアのナパ渓谷で作られたワインが飛躍的に良くなっている。
味覚は個人差があるから一概には云えないけれど、赤ワインはボディも強く、渋みがしっかりして骨太のワインが多い。
あの数々の名画を送り出してきたフランシス・コッポラさんが映画界を捨てて、このサンフランシスコ郊外のナパヴァレイにワイナリィを構えてもう20年にもなろうか。
ふ〜〜んそんなものかと、アメリカ人にこうした細かい味覚は扱えないだろうとタカをくくっていたし、また草創期のナパものはたいへん安っぽい味だった。
ところが90年代後半になってから、SFOの(ここはアメリカには珍しく味覚の鋭い人々が集まっている)顔なじみレストランのバトラーらが、《このところ際だって美味くなっているよ》とちょっと値の張る赤ワインを出すようになってファンになった。
ちょっとイタリー系のアブないファミリーが経営している市内のヴィストロでも、ボクの好んだレーベルを云って将来性を訊ねれば『それなら96年もので一本$40で売ってやる。何ケース持って帰るか?』という。
「バカいうな、そんなにするのか。ソウサリトのレストランXXだって$100だぞ」
『そりゃあ、良心的だ。ウチでなかったら仕入れが$60だもの』
他の年の同じ酒蔵のものを試したが、とてもノド越しもふくよかさもいい。
ただ単に「その年は雨が少なかった、多かった」というバラつきがどうもない、ナパという場所はどんな場所なのだろうと不思議に思っていたら、旧友で理学部を出た石油屋と会った際にナゾが解けた。
「あそこはね、コンピュータの進化につれていいブドウが収穫できるようになったんだ。」そうだ。
それは「水やりの管理、土壌を一定程度の乾燥状態に保ち、ブドウのノドがいつもカラカラになるように温度湿度の管理もすべてワイナリーは高級品用ブドウをそうやって管理している」と説明してくれた。
「水をただ撒くんじゃないよ。霧状にしてあたり一帯に噴くところもあるんだ」
なんでも、ナパが基準に設定したのはフランスはボルドー地方の気候、降水量のデータであって、違うのは水質だけなのではないか。
それで納得がいった。
2月のシンガポール、先週のカナダ両航空会社ともに、CA一番のお勧めは『NAPAの赤です』と声をそろえる。
双方ともナパではあまり上物ではない酒蔵だが、99年ものが出てきたが本当に当たりハズレがない産地である。
ラスヴェガスのバーカウンターに座って、
「”シルヴァー・オークの99年”あたりはいくらなんだ?」
『$190だな』ニヤリとしながら唇に、親指と人差し指をあてて「唇が旨いと言っているぞ」という風なジャスチュアをしてみせる、彼もファンであるのが良くわかる。
それほど、ナパ産のヴィンテイジワインは好き者の間でも定評が今や高くなった。
あとは生産量だけでフランスから値段の高いワインを輸入する必要がなくなったとまで言い切るムキもいる。
ボクは特にこの《シルヴァー・オーク》が自分には一番美味いと思う。
「高いなぁ。じゃ、”96年”なんかはどうなの?」
『ハッ。もう値が付かないね』と云って片手をバイバイするのみ。
『あまり美味いから、もう手に入らないよ。』
『金持ちが片っ端から買い占めている。これでデカいビジネスをやってたいそう繁盛らしい』
マネーゲームにしても将来値が下がらない…、小切手や金相場のような位置づけで今やナパブランドは投資の対象となっているのはちょっとかなしい。
ただ、日本でもこうしたコンピュータ制御型栽培の流れは始まっているし、あとは「風味」の付け方次第、何も金持ちの思う壺になる愚は踏まなくても国産には期待できよう。
話を元に戻そう、つい興奮してしまった(苦笑)。
空の旅では自分の場合、酒には酔わないけれど「涙が良く出てたまらない」のでこまる(笑)。
《ロッキー・バルボア(「ロッキーファイナル」?)》を観た。
泣いた泣いた、そして泣いた。
アメリカでも「殺陣」とでもいうべきか、あのスタッフの作るアクションは巧いなあ。
音効が巧いので、体重の乗ったパンチ、リングシューズのキュッ、ピッ、がじつに効果的に入るため(=アフレコ)、速度やパンチの重みが観る側にヒシヒシとくる。
ストーリィをバラす趣味などないが、エンドマークが出た後のタイトルロールはたまらなかった。
この映画で一番泣けた部分かもしれない。
キャスト・スタッフのロールが回り始めると、シリーズ最初の「ロッキー1」で、主人公がタイトル戦前の特訓で駆け上がった階段(=フィラデルフィア美術館)が映し出され、あの名曲「ロッキーのテーマ」がおごそかに流れ始めるのである。
そしてロッキーが駆け上がったように、あの階段を訪れる観光客らが、だれも皆、同じように駆け上がるのだ。
何人も何十人も、カップルがいたり、老婆がいたり、黒人も白人もヒスパニックも、幼児も、帽子ナナメにかぶったギャングの馬鹿ヤツらも、デブ女も痩せのおっさんも、みんな息せき切ってあの階段を駆け上がり、ロッキーと同じように手を上げて雄たけびを上げる…あの名シーンをそれぞれが一様にそうするのを次から次へとカメラは無言のまま(あのテーマ曲をBGMに!)紹介してゆく。
ボクらも、あの映画を観たものだったら、この階段を前にしたとき、どうするだろう。
いくら疲れてはいてもきっとああして駆け上がり、その最中に苦しくなったら脳裏をあのテーマがきっと鳴りひびき、励ましてくれながら休むことなく登り切り、最後は跳ね上がりながら腕を高く上げてフィラデルフィアの街を睥睨するのだろう。
「同じような事するワイ」と、最初のあいだ、連中らを苦笑交じりで眺めるうち、これでもかこれでもかとあらゆる人物の「駆け上がり」の圧倒に、まんまと涙腺は堰を切ったようになってしまうのである(笑)。
ここにはスタッフ側からのヤラセも演出もない(だろう)。
彼ら一般人は打ち合わせなど何もなく、「あの場所に立てば、ああする」ためにカメラはただぼう然と見守るだけでこれだけ感動させるシーンを観客に提供できるというのはいかに素晴らしい事だろうか。
このラストシーンはいかにこのロッキーシリーズが、アメリカの広範な国民の心の奥深くに刻まれているのかを見事に象徴するコンセプトである。
「国民がひとつになる」という概念は薄っ気味悪いものだが、ここまで心揺さぶられてしまうと、こうした「連帯感」めいた安心感に、ボクらがしばらく縁がなかった日常に気が付かされ揺さぶられるのである。
異論もあることだろうが、あの「ロッキー」はストーリィこそ単純至極の明解クンだが、テーマ曲とのカップリングにより『20世紀ベストのひとつ』に刻まれるべき代表的名画だろう。
なあんだ、何のことはない、結局はワインにすっかり酔っていたのかもしれないのである。
せめてそう云ってテレ隠しをするのである。
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