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【土曜訪問】

回顧展『美の教室、静聴せよ』を開催中 森村泰昌さん (美術家)

2007年5月19日

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 熊本市現代美術館(同市上通町)で開かれている美術家の森村泰昌さん(55)の回顧展「美の教室、静聴せよ」は、ちょっと変わった展覧会だ。

 会場に入ると、まず本物そっくりの「教室」が現れる。小さないすに小さな机、黒板。壁には、子どもの習字や絵画も張ってある。そこで、無料の音声ガイドを受け取りスイッチを入れると、流れるのはなんと、作家本人の声。約四十分間、作者による案内を聞きながら、初期から今までの代表作七十点を巡るのだ。

 「僕は、ピカソやセザンヌと違って今生きている作家だから、生の声で皆さんに話すことができる。この同時代性を使わない手はない。絵は自由に見た方がいいが、自由への扉を設定するのも僕らの役割かなと思って」とその意図を語る。

 森村さんは一九八五年から、有名絵画に描かれた登場人物や、映画女優そっくりに扮(ふん)した姿を撮影する「変身型セルフポートレート」作品で国際的にも高い評価を得てきた。今回の回顧展は、有名絵画による「美術史シリーズ」を中心に構成している。

 「一時間目」のフェルメールから始まり、二時間目は出世作のゴッホ、そしてレンブラント、モナリザ、フリーダ・カーロ…。おなじみの名画に紛れ込む手法は痛快だ。写真作品の傍らには手作りの“変身グッズ”も展示され、凝りに凝った制作過程がうかがえる。

 「美をつくり出すマジック(術)が美術。では美とは何かと考え、今回の展覧会になった。人類が美だけをエッセンス(本質)として考えてきた美術の歴史を通じて、何が美か、ではなく、何が美であり得るかというバリエーションの多さ、自分とは違う感動の多様さを知ってほしい」

 六時間目のゴヤ・ルームを出て「放課後」へ。すると、そこにいるのは、七〇年、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で自決前に演説する三島由紀夫だった。

 「静聴せよ、静聴せよ」−。民兵組織「楯の会」の制服にはちまき姿でこぶしを振り上げる三島、に扮した森村さんの映像作品は、三島が乗り移ったかのように鬼気迫る。昨年末に発表した「レクイエム(鎮魂)シリーズ」の第一弾だ。

 「これまでは、女優シリーズなど、神話で言うとアマテラス的な世界を表現してきたが、今は両輪の一つだと思うスサノオ的な荒ぶる神々のたそがれを表現したい。三島をはじめ、二十世紀の荒ぶる魂を持ち、時代に影響を与えながら浮かばれないまま終わり、記憶から消えていく人たちに興味がある」と森村さん。

 「三島の事件にも、『静聴せよ』と言っても誰も聞いてないある種のあほらしさがある。空回りを承知でやってるところは三島にも自分にもあって、三島が政治の話になり得ないのはそこ。別の角度から見たらとても笑えることになるという感覚は大事にしたい」

 作風はがらりと変わっても、権威付けされたものをいったん壊して、自分で再構築するという基本は変わらないのかもしれない。次回作は、レーニン、ヒトラー、毛沢東など政治家や活動家を構想中だ。

 放課後を終えると「試験」があり、「修了証書」も出る。さすが「美の学校」だ。試験の最後の設問は、「展覧会場に森村さんは何人いたか」。選択肢は「0」「1」「たくさん」の三つ。セルフポートレート作品と作家の関係を問う鋭い問題だ。正解は?

 「森村本人とすれば答えはゼロ。一人で演じ分けているという意味では一人。一つ一つの作品の中にいると考えればたくさん。どれも正解です」と“森村校長”。さて、あなたは何人だと思いますか。 (森村陽子)

     ◇

 *「美の教室、静聴せよ」展は七月八日まで。七月十七日−九月十七日、横浜市の横浜美術館でも開催。

 

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