米大統領選挙は共和党マケイン上院議員と民主党オバマ上院議員の対決に決まりました。極端なレームダック政権下、アメリカ保守の悩みは深そうです。
 
 先にロサンゼルスで行った外交政策に関する演説の冒頭で、ジョン・マケイン上院議員(71)は幼少体験を交え、政治家としての戦争観の一端を示しました。
 
「戦争は美化できない」
 マケイン家は、父も祖父も海軍将官だった軍人家系です。「真珠湾攻撃の時、父は自宅でその報を受けると配属先の潜水艦基地に出掛けたまま、四年間帰宅しませんでした」「祖父は、レイテ沖海戦で知られるハルゼー提督旗下の指揮官でしたが戦争による心身の消耗から、家に帰った翌日に亡くなりました」
 
 自身もベトナム戦争に海軍パイロットとして参加、搭乗機が撃墜され、五年半にわたって捕虜生活を強いられたことはよく知られています。拷問にもあい、今も腕などに後遺症が残ります。「戦場の勇敢さ、大義の崇高さをもってしても、戦争を美化することはできません」
 
 一方で、マケイン氏は二十世紀の戦争と二十一世紀の新しい脅威とを分け、無差別殺人に走るイスラム過激派テロは「別次元」と位置付けます。イラク戦争は一貫して支持の立場です。
 
 米軍増派作戦に関しても、いち早く支持を表明しました。一昨年、世論が圧倒的にイラク撤収に傾く中での増派支持は、大統領選出馬への致命傷になりかねないリスクを伴いましたが、節を曲げることはありませんでした。
 
 ブッシュ政権が歴史的ともいえる威信低迷に喘(あえ)ぐ中で各種世論調査結果がマケイン候補とオバマ候補にほぼ五分五分の支持を与え続けているのは、「国家への忠誠」「信念の強さ」といったイメージが定着しているからでしょう。
 
大衆基盤と資金源
 前東大学長の佐々木毅・学習院大学教授は、二十世紀後半のアメリカ保守思想の流れを大きく四つに分けています。
 
 第一はロックフェラー家やキッシンジャー元国務長官に代表される東部穏健派。第二はレーガン元大統領に象徴される中西部、南部の反東部グループ。第三はキリスト教右派。第四はネオコン(新保守主義)です。佐々木教授は経済的自由主義と道徳的保守主義を保守の二大原則にあげています。
 
 マケイン議員は自由経済を象徴する減税政策には基本的に消極的な姿勢を示してきました。今では軌道修正しましたが、ビジネス界を中心とする主流派からは距離を置かれています。
 
 宗教右派には、その党派性にこだわらないリベラル色が敬遠されています。ネオコンは、なお政策スタッフに名を連ねていますが、ブッシュ政権色が濃く重用は難しいところです。
 
 このままでは、資金集めに欠かせない主流派、大衆的活動基盤となる宗教右派の支持をともに十分得られないまま本選に臨まなくてはなりません。
 
 ネオコンにも思想的影響を与えた哲学者ハンナ・アレントは著書「革命について」の中で、「革命」という言葉にはもともと復古の意味があったと指摘し、天体の回転運動にも由来する、と論じました。
 
 「保守革命」を担ったブッシュ政権下、米中枢同時テロ後のアメリカは建国時の宗教的使命感へ精神的に回帰したかのような感を呈しました。その高揚感が冷えきった今、マケイン氏は新たな行く末を提示することができるのでしょうか。
 
 「実際問題、歴史を論じている余裕はないでしょうね。貧困、原油高騰、食料危機と次々に目先の課題が生じています。市場そのものの信頼性まで揺れ始めて、二十世紀の役者がすべて退場を命じられかねないような現状なのですから」。このままではアメリカ大統領選挙が一ローカル選挙に堕してしまいかねない、と佐々木教授は警告しています。
 
 民主党は、予備選で見せた長く深いためらいを振り切って史上初の黒人大統領候補に本選を託す選択をしました。「アメリカ」をいま一度問い直すシンボルを得た、とも言えます。
 
共和党大統領の沈黙
 「アメリカの選択」を保守の側からどう語りかけてゆくのか。
 
 マケイン候補は先の外交演説で、ブッシュ政権の一極主義を脱し、日本を含む自由主義諸国との連携を深めてゆく姿勢を強調しました。そこに引用されたのはケネディとトルーマン、いずれも民主党大統領でした。共和党大統領が一人も登場せず「沈黙」を迫られたところに保守の憂いがにじんでいるようです。
 
 
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