『狂気の狭間』
死臭が風に乗って運ばれてきた。
瓦礫のようなごみためで蠢いているのは人間。
まるで芋虫。
鮮血を流し込まれたように赤く染まってゆく空の下。
一人の少年がごみを避けて進んでゆく。
大きなアーモンドアイと緑がかった流れるような長い黒髪が特徴的だった。
小さな体にまとっている服はぼろきれ。
散らばったガラスの破片が鈍く光っている。
側の川にはエメラルドグリーンのヘドロが流れていた。
「どこ行くんだよ、幸人。」
別の少年が歩き続ける少年、幸人の腕を捕らえた。
幸人よりも少しだけ逞しい体は発達途中。
切れ長の眼に短いオレンジに染色した髪。
息が切れている。
「離せ。」
切りつけるように投げつけられた呟き。
「嫌だね。」
「お前に命令される覚えはないぜ、巧。」
ガラスの切っ先のような視線を巧のほうに向けた。
突き刺さるような視線を受け一瞬ひるむ。
幸人の腕をつかんでいた手の力が緩んだ。
その隙を突いてするりと逃れられた。
足を進める幸人の後を付いてゆく。
「どこ行くんだよ。」
今度は捕らえようとはしなかった。
「家に、帰る。」
震えているかのように。
巧は思い出す。
幸人が最近親にここ、新宿のスラムに捨てられていったことを。
日本が崩壊した後、東京都はスラムと化した。
子供を生んでも育てる金がない親が取る最終手段が子供を捨てることだった。
帰りたい。
それが本音なのだろう。
帰れないことなど幸人本人が一番よく知っているかのように思われた。
無言で真っ赤な空の下を進んでゆく。
「そろそろ戻った方がいいぜ。」
巧が立ち止まった。
空に赤と黒が混じりあい濁った血のようになって行く。
普段とは違う雰囲気に幸人も立ち止まる。
「なんで。」
「ここらは新宿のスラムん中でも危ねぇとこなんだ。」
だから早く戻ろう。
巧の眼は真剣だった。
少しだけ幸人は戸惑う。
このまま行こうか、それとも。
「ゆき...。」
巧が幸人に腕を伸ばしたときだった。
ガツンともゴツンとでも聞こえる大きな音が響いた。
同時に巧の顔が赤く濡れてゆく。
「巧!」
何が起こったのか分からずに巧の方に行こうとした。
だが、強い力に押さえ込まれた。
肩に骨が砕けるのではと思われるような圧力が加えられた。
「ぐっ。」
痛みに顔がゆがむ。
目の前には血に濡れ驚愕に眼を見開く巧が大男に捕らえられていた。
「離せ!巧!」
巧を捕らえている大男と自分を捕らえているであろう誰かに向かって言い放つ。
幸人がどれほど暴れてもびくともしない。
「こいつ、男?女?」
幸人の頭上で声がした。
「どっちでも関係ねぇ。穴さえありゃぁな。」
地を這う蛇のような声が降ってくる。
何を言っているのか分からない。
恐怖に辺りを見回すと他にも男が数人笑みを浮かべてこちらを見ているのが分かった。
空が紅く染まっていく。
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