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【結いの心】

トヨタの足元(8) 頼みの“親”も様変わり

2008年6月8日

町工場で金物を削るトヨタの下請け会社の社長。軍手も中の手も油にまみれていた=名古屋市内で

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 あこがれの大人たちがいた。名古屋でトヨタ系の町工場を営む四十代の社長にとっては、例えばプロ野球元中日ドラゴンズの星野仙一投手(現五輪代表監督)。一九七四年、セ・リーグ優勝を決めたマウンドの勇姿は今も目に焼きついている。

 工場の先代だった「おやじ」が、たまにキャッチボールしてくれるのが「うれしかったなぁ」。大黒柱のおやじが“ヒーロー”だったし「あの人たち」もそうだった。

 トラックに乗り、おやじとよく行った上位メーカーの工場。「職人さんたちが中から出てきて『元気か』『よく来たな』って声をかけてくれるんですよ」と懐かしむ。頭をなでる分厚い手と野太い声。「男らしいなぁ、ってね」

 随分と大きく、きれいになったその工場で先日、幹部社員にこんなことを言われた。「小さいところはつき合いづらいから早く大きくなって」。ちょっときつめの「励まし」だと信じようとしたが、その後、自分の工場に来た若手社員が口にした“本音”はこうだ。「知れた発注量の取引先に人手を割かれるなんてもったいない」

 十年ほど前、病気で倒れたおやじに代わり「社長」になった時、おやじは言った。上位メーカーの名を挙げて「一緒に大きくなるんだ。ついていけば大丈夫だから」と。「(下請けの)仕事が安すぎるんじゃないか」と不満をぶつけた時には、笑って諭されたものだ。「お客さん(上位メーカー)がもうかって大きくなれば仕事も安定する。うちは一生懸命働けばいい」

 今も工場には機械を冷やすエアコンがあるだけで、人間用はない。以前なら作業で余った鉄くずをスクラップ屋に売ることもできたが、厳しいコスト削減で「鉄くずの量まで把握されて、その分も削減対象になっちゃう」という。

 昨年、全体の売り上げは三割増だったが、収支は赤字だった。先代のころ、上位メーカーと下請けとの関係はまさに「親子」だったと思う。たまにむちゃなことも言われるけれど、全部「自分のため」だと信じられた。しかし今は「もうけもほとんど吸い上げられて。親子だなんて、とても、とても…」。

 トヨタ系も、世の中全体も変わってしまった。そんな今の時流が、社長にはたまらなく「寂しい」。

 

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