監獄街
二
目の前に広がるうっそうとした森はグルーミイの森だった。
高層ビルよりも高いグルーミイの頂上には巨大で頑丈な葉がついていて、まるで皿のようなそれは中央に水を蓄えている。
根から養分を吸い取る術を捨ては脈から水を吸収するという術を手に入れたためだ。
水には多くの見たこともない生物が群がっている。
スナオ達囚人はこのグルーミイの天辺に降ろされた。
去っていく宇宙船を包む青空は激しく燃え立っている。
囚人達は茫然と立ちすくむしかなかった。
それはそうだ。
こんな地上から何百メートルも上空に放っていかれたのではたまらない。
移動手段だってないのだ。
スナオはじっとグルーミイの葉の下を覗きこんだ。
地上どころか覆い被さる巨大な葉で何も見えなかった。
眩暈がした。
グルーミイは枝を絡めあい体外を支えあって立っている。
ギャアギャアと動物の鳴き声が聞こえてきて身震いをする。
ここでぼんやりとしていてもきっと死ぬ。
なんとかして地上に降りなければ。
だが地上に降りる術はない。
巨木から地上にダイブする勇気もない。
スナオは眼鏡を掛けなおし途方にくれた。
それは他の凶悪な囚人達も同じで――。
唇に歯を立てスナオは地上を睨んだ。
あの低脳の裁判官め。
豚みたいな顔をしていったい今までどんな教育を受けてきたというのだ。
脳みそが赤ん坊の頃から成長していないんじゃないか。
あれしきの証拠でどうして僕が両親を殺したと証明できるというのだ。
両親が殺されたとされる時刻に僕は図書館にいたんだぞ。
アリバイはあるというのに何故こうも強引に殺人犯に仕立て上げられなければならないのか。
しかもこんな辺境の星に落とされて。
裁判を担当した判事に怒りが首をもたげてきた。
ぎりぎりと歯を食い縛って怒りを抑える。
ぎっと地上をもう日と睨みしたときだった。
絶叫が響き渡る。
びくりと振り返れば一人の囚人が巨大な鳥、いやB級モンスターパニック映画でお目にかかれるエイリアンのごとき生物が彼を鷲掴みとして舞い上がったのだ。
鳥は全身が黒褐色の頑丈な皮膚に覆われて羽毛はなく、二つの巨大な鍵爪はナイフというよりも日本刀に近い。
そして極めつけは骨ばった敏捷性の高い体と頭部についている三つの大きな複眼だった。
驚異的に鋭く尖ったくちばしでもって襲い掛かってくる。
さらに二人の囚人が凄まじい悲鳴を上げながらさらわれていく。
飛び散る鮮血が雨となって降り注いだ。
たまらなくなった屈強な囚人がグルーミイから飛び降りた。
混乱の渦中で落ち着いている囚人もいた。
鳥がスナオ目掛けて急降下してくる。
咄嗟に腕で頭をかばったスナオの服に鍵爪が引っ掛けられる。
ギャアという甲高い悲鳴を上げて鳥が飛び立った。
背中の肉に鍵爪が食い込む激痛とあまりの恐怖に人間とは思えない絶叫を咽喉からほとばしる。
獲物を抱えた鳥はグルーミイの森へと身を沈めた。
集団となって襲い掛かってきた鳥達はめいめいの獲物を持ち巣へと翼を動かす。
凄まじいスピードはジェットコースターに乗っているようだ。
シートベルトなしで。
緑茂るグルーミイの森の景色は地球のものとはかけ離れているがのんびりと鑑賞している余裕はない。
逃げなければ食い殺される。
しかし逃げ場も逃げる手段も持ち合わせてはいなかった。
情けない悲鳴を上げて喚くだけ。
自分の人生とは何だったのだろうか。
がっくり項垂れていると前方から何か鳥とは違うものが飛んでくる。
バイク?
だがスナオはそれを確認できなかった。
それが鳥とすれ違う。
直後に鳥の首はすっぱりと切断され粘つく血を多量に浴びた。
落下していく体を今度は鳥の首を切断した張本人に受け止められた。
「う、うわああああああっ?!」
手足をばたつかせて暴れればそれはバイクに乗った人間だった。
「よお。大丈夫か。」
「お、お前は。」
「んー、俺か。俺は木ノ下松茸。マツって呼んでくれりゃいいぜ。お前は新しく入った囚人だな。危なかったな、もう少しでケイプハンターの餌だったぜ。」
日焼けした男だった。
浅黒い肌と短めのばさばさした黒い髪の下で妙にぎらぎらとした双眼がはめ込まれている。
一重で平べったい感じの顔はスナオと同じアジア人のものだ。
野暮ったい擦り切れたシャツと破れたジーンズが彼の野性的魅力を引き出している。
「ケイプ、ハンター?」
逞しい腕に引き上げられバイクの後ろに乗せられた。
マツと名乗った男の腰に手を回し落ちないよう気をつける。
「ブループラネットに住む獰猛な肉食性の動物だ。集団で狩をし、知能も高い。あいつらに捕まるくらいならサバトの方が何百倍もましだ。とにかく来たばっかで行くとこねぇだろ。俺らんとこ来るか。遠慮しなくてもいいぜ。四人が住めるだけのスペースは十分にあっからよ。」
反論の隙を与えずマツはスピードを上げた。
スナオが口を開こうにもそうすれば分けの分からない微小な生き物が飛び込んできて無理だった。
べっと口の中に飛び込んできた個食の悪い虫を唾と一緒に吐き出す。
後はぶすっと口をつぐんでマツにしっかりとつかまり彼が行こうとしている場所まで従うしかなかった。
先ほどのケイプハンターという凶暴な鳥に捕まって餌にされるよりはましかもしれない。
バイクが止まる。
降りるよう言われたのは地上ではなくグルーミイの大きな枝だった。
バイクを止めるスペースどころではなくコテージまで建てられる巨大で頑丈な枝だ。
マツに促されスナオは恐る恐るコテージへと足を踏み入れた。
頭を小さく振って中を見回せば生活観溢れいてる。
汚れた洗濯物は床に山積みになっていてソファの上にぐしゃぐしゃの毛布が放り投げられていた。
トイレや風呂やキッチンの汚さに眉をひそめた。
二つの寝室はドアが閉まっている。
キッチンで冷蔵庫を漁っていた小柄な少年がスナオに気づき、珍獣を見るようにじろじろと眺めてきた。
「お帰り。そいつは?」
少年を観察する。
褐色の肌を持つ少年。
つり目がちなアーモンドアイと潰れた鼻とそばかすが少年を余計に幼く見せていた。
もじゃもじゃの黒髪は天然パーマのようだ。
洗面所の蛇口を捻って水を口ごと飲んでマツが笑った。
「拾った。ケイプハンターの餌になりかけてたんだぜ、この眼鏡。スカイはどこだ。」
「スカイならちょっと出てくるってさ。で、お前名前は何ていうんだ。」
「礼儀知らずな奴らだ。人に名前を聞く前に自分から名乗れ。最低限の礼儀すらわきまえない奴に教える名はない。」
「何だと。」
「やめろ、フェイ。来たばっかでこいつはここの事何も知らねえんだろうよ。教えてやれ。」
「俺は王飛龍だ。王様の王に飛ぶ龍と書いて王飛龍だぜ。かっけーだろ。フェイではなくロンと呼べ。飛よりも龍の方が俺のイメージにぴったりだからな。」
腰に手を当てふんぞり返るフェイロンをスナオは冷たく見下した。
どこが龍なんだ。
もじゃもじゃの黒マリモのくせに。
お前なんかもじゃらで十分だ。
「注文の多い子供だな。」
「何だと?!このもやし男!眼鏡かけてるって事は日本人なんだろ。つーかだっせーぜ、その眼鏡。」
「もやしには炭水化物とたんぱく質が含まれており安価で取引される野菜だ。この眼鏡は僕専用にオーダーメイドして作らせた。ブランドメーカーに作らせたから普通の眼鏡よりも高いし質も良い。それすらも知らないでダサいと言い切るお前は頭が悪いな。」
「屁理屈だ、そんなの!」
「まー、まー。喧嘩はよせよ。で、お前の名前は。」
マツに聞かれ舌打ちをする。
一応マツには助けてもらった恩がある。
答えないわけには行かないだろう。
すぐにコテージを出て行こうと思っていても。
少し迷った後スナオは答えた。
「有栖川直樹だ。」
一話
三話