医師不足が各地で深刻化している。研修医が研修先を自由に選べる新臨床研修制度の導入により、若い医師が都市部に集中していることが原因だが、県北の拠点医療機関の県立延岡病院(延岡市)では医師の補充が進まず前年比3人減の状態で、現場の負担が増している。3日午後5時から翌日午前8時半まで同病院の救命救急センターに密着し、現状を探った。 (延岡支局・田中良治)
■患者次々 仮眠2時間
午後6時50分、救命救急センターの電話が鳴った。「心肺停止。5、6分で来ます」。当直医が救急隊からの通報を告げると、看護師3人が慌ただしく受け入れ準備を始めた。
4分後、サイレンの音とともに運び込まれたのは、首つり自殺を図った50代の男性だった。
「シンマ(心臓マッサージ)続けて」「モニターを」「ボスミン(強心剤)入れて」‐。仕事で残っていた救命救急科医長の竹智義臣医師が矢継ぎ早に出す指示に従い、当直の医師と看護師が懸命に処置を続ける。
6分後、竹智医師が「心拍再開」と告げ、センター内の緊張は和らいだ。だが、当直医に休息はなく、腹部の痛みを訴える中年男性や脚立から落ちてひじを打った若者の診察を始めた。
延岡病院は県北唯一の第3次救急医療施設。本来の役割は重症患者への対応だが、同市の夜間急病センターが金曜日以外は午後11時で診療を終えるため、軽症の救急患者も訪れる。
当直は医師2人、看護師3人体制。平日の時間外患者は15人‐20人に上り、当直医は仮眠を取れないこともある。竹智医師は「うち(延岡病院)が受け入れをやめれば患者は行き場を失う。ただ、現場は医師不足もあって疲弊しつつある」と語った。
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延岡病院への救急患者の集中はデータでも明らかだ。同市消防本部によると、2007年の救急搬送は4142人で、このうち約6割、2470人が同病院へ搬送されている。
県病院局の調査によると、07年度の延岡病院の時間外患者数(休日、祝日を含む)は9237人、県立宮崎病院(宮崎市)の約1.5倍に及んでいる。
記者が延岡病院で取材した15時間半で、時間外患者は11人。当直医2人のうち脳神経外科の戸高健臣医師の仮眠はわずか2時間だった。
戸高医師の当直は月2回。だが、脳神経外科は医師の退職に伴い、昨年から2人体制になっている。専門科ごとに夜間の呼び出し対応者を決めておく「オンコール」当番は月13回に上り、当直以外にも病院に駆け付ける日は多いという。
午前7時すぎ、骨折した女性への処置を終えた戸高医師に声をかけると、「昼間の患者も増えており、負担は重い。いまは大丈夫だが、このままの状態が続けられるとはとても思えない」と不安を口にした。
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延岡病院では、6月末で退職する循環器科の医師の補充も未定のままだ。医師不足について、派遣元の1つとなっている宮崎大医学部(清武町)の関係者は「新臨床研修制度の導入で大学の医局に残る医師が減り、余裕がなくなりつつある」と説明、状況が改善する見通しは立っていない。
「医師不足に伴って現場の負担が増し、それを嫌って医師が次々に病院を離れていく悪循環に陥るのが怖い」。県病院局は危機感を募らせる。
県北の医療崩壊を防ごうと、延岡市は3月から延岡病院の窮状を広報誌やチラシなどで訴え、4月には、東国原英夫知事と首藤正治市長が病院での安易な受診を控えるよう呼び掛けた。
県病院局によると、延岡病院の時間外患者のうち7割が風邪などの軽症で、同病院の看護師によると「待ち時間が少ないから」と、夜間に来院する人も多いという。
延岡病院は現在、19診療科のうち、精神科と眼科の2科が休診中。医師不足の影響は直接、地域住民に降り掛かってくる。問題の解決には国の抜本的な対策が不可欠だが、県や地元の自治体と一緒に住民も地域医療を守るための方策を考えなければならない。
当直を終え、そのまま通常勤務を始める医師の姿を見ながら、そう強く思った。
=2008/06/08付 西日本新聞朝刊=