競泳用の水着にこれほどスポットライトが当たったことが、かつてあっただろうか。
主役は英国・スピード社製の新作水着「レーザー・レーサー(LR)」だ。米航空宇宙局(NASA)の協力を得て開発した素材を使用するなどハイテク技術を駆使。体をきつく締めつけ、水の抵抗を極小に抑えるなど随所に工夫が凝らされている。
2月の発表以降、この水着は世界新記録ラッシュを演出した。欧州選手権、オーストラリア選手権などでLRを着用した選手が相次いで世界新記録をマーク。今年樹立した個人種目の世界記録18個のうち17個はLR着用の選手だった。
日本選手もLRを着て泳いでいれば何の問題もなかったが、日本固有の「壁」が立ちふさがった。
日本水泳連盟は現在、ミズノ、デサント、アシックスの国内3社の水着メーカーと水着提供の長期契約を結んでいる。協賛金を得る見返りに、原則として3社以外の水着を着て競技会に出場することができないことになっている。
また、日本のエース、平泳ぎの北島康介選手がミズノと個人契約を結んでいるほか、3社の社員選手もいる。このことが問題をより複雑にした。
LRの驚異的な快進撃にあわてた日本水連は5月の連休明け、国内3社に対し5月末に期限を設定して水着の改良を要請した。
6日から始まったジャパンオープンは国内3社の改良水着とLRの比較を行う場だったが、結果は明白だった。7日までの2日間でLRを着用した北島選手をはじめ7選手が10種目で日本記録を更新し、LRの威力を見せつけた。
日本水連は10日に開く常務理事会で水着問題を協議する。LRが国際水泳連盟のルールに適合している以上、希望する選手に着用を禁止することは現実問題として不可能だろう。なによりファンが許すまい。
日本水連の決定が遅きに失した感も否めない。4月の日本選手権で、日本水連は国際水連の定めた五輪参加標準記録よりも厳しいタイム設定で五輪代表選手を選んだ。LRを早い時期に認めていれば、五輪切符を手にした選手がいた可能性もある。蒸し返しても仕方ないが心残りではある。
同じ条件で競うのがスポーツ本来の姿だ。着用する水着によって記録が大きく左右されることに違和感はぬぐえない。しかし、スポーツを取り巻くさまざまな商品の開発に世界中の企業が英知を集め、しのぎを削っている現実も肯定的にとらえる必要がある。
国内3社にはぎりぎりまで挑戦してほしいが、仮に残念な結果であっても、五輪は北京で終わるわけではない。4年後のロンドン五輪までに世界中の水泳選手が競って着たがる水着を開発してもらいたいものだ。
毎日新聞 2008年6月8日 東京朝刊