現在位置:asahi.com>北京五輪への道>コラム> 奔流中国21 > 記事 〈民族の相克:上〉少数優遇に漢族反発2008年06月05日 サイレンとクラクションが3分間、中国全土に響き渡った。
中国政府が呼びかけた四川大地震の犠牲者を悼む「全国哀悼日」の19日午後2時28分、黙祷(もくとう)が始まった。中央テレビは被災地のほか、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など、各地で市民がこうべを垂れる姿を中継。北京の天安門広場を埋めた数千人は「中国がんばれ」「四川がんばれ」と涙ながらに叫んだ。 高まる思いは収まらない。夜8時前、半旗がライトアップされた広場周辺に再び大勢の人々が集まった。ろうそくと国旗を持ち、通りにあふれ出す。広場からのデモは89年の天安門事件以来だ。「中華民族が一つに結ばれた」。大学3年の楊艶紅さん(21)は興奮気味に話した。 愛国心に火をつけたのは、主要メディアの地震報道だ。 「団結と安定を強め、プラス面の宣伝を中心とするように」。発生当日の12日夜、共産党序列5位で宣伝担当の李長春(リーチャンチュン)・政治局常務委員は主要メディア幹部を集めた会議でこう求めた。中央テレビは奇跡の救出劇や軍の献身的な姿を放送し続けた。 政府の若手官僚は、職場で哀悼日のテレビ中継を見ながら胸をなで下ろした。「チベット騒乱で開きかけた『パンドラの箱』は、ひとまず封印できた」 3月に起きたチベット騒乱は、中国が抱える民族問題を一気に表面化させた。チベット族の激しい抗議行動はもちろん、テレビが彼らの暴動シーンを繰り返し、党・政府がダライ・ラマ14世批判を重ねるという対応は、かえって人口の9割以上を占める漢族のチベット族に対する反発をあおる結果となった。 北京五輪聖火リレー妨害を機に、各地で起きた仏系大手スーパー「カルフール」への抗議デモ。安徽省合肥市に住む漢族の男子大学生(22)は、中央テレビのチベット特集番組を見て参加を決めた。番組は、政府が年3億元(45億円)余りをチベット自治区に投じ、貧しい学生を支援してきたことを紹介していた。 貧村出身の男子学生は、両親が親族から1万元(15万円)を借りてくれたおかげで進学できたが、弟と妹は中学卒業後、出稼ぎに行った。「政府があれだけ施してあげているのに、五輪を破壊しようとするチベット族は恩知らずで許せない」 異民族に対する恐怖心も呼び覚ました。騒乱後、遼寧省瀋陽市の中国医科大では、学生寮の給湯室から数十本の魔法瓶が消えた。「チベット族の学生が毒を入れる」とのうわさが広まり、漢族の学生たちが自室に持ち帰ったのだ。ある学生は「真剣に怖い。外国人は、この被害意識をなぜ理解できないんだ」と話す。 ■大学入試で加点も 少数民族の融和と取り込みのために、共産党は様々な優遇政策をとってきた。最たるものが全国78の名門中学・高校に併設される「内地学級」だ。チベット族とウイグル族の優秀な学生を選び、まず1年北京語を習う。国が学費や生活費を支援。大学入試にも特別枠があり、9割以上が北京大や清華大などに進学する。 上海市郊外にある七宝高校(生徒数3千人)の新疆学級には318人が在籍する。専用のイスラム食堂があり、宿舎の各部屋にはシャワーとエアコンが完備。トゥルファンから来たラーナさん(18)は、100倍の選考試験に合格した。実家は6人きょうだいの農家。「内地学級に合格しなければ進学はとても無理。国家に感謝しており、将来は医師になって貧しい地元の子を助けたい」 内地学級に行けなくても、少数民族の学生は全国統一の大学入試で特別な加点制度がある。北京大で学ぶミャオ族の男子学生(22)は601点しか取れなかったが、20点が加点され、合格最低点で通った。 父はミャオ族、母は漢族。出生時、両親は迷わずミャオ族を選んだ。18歳になると自分で選択し直すことができるが、彼にその気は全くなかった。卒業後は少数民族枠で地元政府への就職が決まっている。 「地震哀悼デモは、排外的なカルフールへの抗議と違って純粋だが、不満を持つ漢族がナショナリズムをあおられている点は同じ。優遇策は少数民族支配のためとわかってるけど、たっぷり利用させてもらうよ」 ■権力委譲なき自治 震災被害が大きかった四川省の北川チャン族自治県。22日、現地視察に訪れた温家宝(ウェンチアパオ)首相は、カメラの前で、ゆっくりとした調子で語った。 「北川は特別な場所だ。ここは全国で唯一のチャン族の自治県である。我々は彼らの文化を守っていかなければならない」。地元チャン族への配慮を強調した発言だった。 寄り添うのは災害担当として現場指揮をとる回良玉(ホイリアンユイ)副首相。イスラム教系の回族だ。25人の共産党政治局員で唯一、政府内では最高位にいる少数民族である。閣僚には外交担当の戴秉国・国務委員(トゥーチア族)、国家民族事務委員会の楊晶主任(モンゴル族)の2人がいる。国会に当たる全国人民代表大会の代表2987人のうち少数民族は約14%の411人。「少数民族エリート」だ。 中国の歴史は民族の戦いの繰り返しだ。モンゴル族の元朝(13〜14世紀)や満州族の清朝(17〜20世紀)では、多数派の漢族が異民族の統治に甘んじた。それだけに、時の王朝は「支配と融和」に腐心してきた。清朝は弁髪などの習慣を漢族に押しつけながらも、漢族の人材や漢字を取り入れた。中国の現憲法も「大漢族主義への反対」と「地方民族主義への反対」を併記する。 中国には56の民族がいるとされる=表。民族は法的に規定され、身分証明書には名前や生年月日、住所の横に所属民族が記載される。 50年代、毛沢東主席は語っている。「少数民族をいじめるのはよくない。土地は誰に多くあるのか。漢族は人口は多いが、少数民族には広大な土地と地下資源がある」 五つの少数民族自治区、30の自治州の面積は国土全体の半分以上。希少鉱石が集まり、国境地域に集中する。少数民族地域の安定は、国家の統一や安全保障に密接に絡むのだ。 ただ、共産党にとって優遇策は統治手段に過ぎない。少数民族の自治地域では現在、首長はすべて少数民族だが、事実上の地方トップである党委員会書記は、5自治区のすべて、30自治州でも5カ所を除き漢族が占める。胡錦濤(フーチンタオ)総書記もかつてチベット自治区の党委書記を務め、89年の騒乱の鎮圧にあたった。 戦前、旧満州にあった日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」では、各省庁のトップは中国人が担いながら、事実上の権力は次官クラスの日本人が握った。「あれと同じ。形だけの自治と地位を与えても権力は渡さない」と、ある漢族の研究者は語った。 朝鮮族のある研究者は最近、朝鮮族で党幹部の友人、漢族の関係者と会食した。友人は自分にも決して朝鮮語を使わず、少数民族かと尋ねられると「違います」と答えた。 この研究者は言う。「漢族だとウソを言うくらいでないと信用してもらえない。我々は自らの政治的な立場の弱さをよくわかっている」 重用されればされるほど、少数民族に求められるのは共産党への忠誠だ。統治のための優遇策で、民族間の不信はぬぐえない。たまった矛盾が時に噴き出す。それでも、解決するすべを共産党政権は見つけられていない。(峯村健司、古谷浩一) PR情報 |
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