4.電波
4.1 電波とは
互いに離れた場所での連絡手段、安全走行の手段、あるいは、電線を敷設できない遠方に情報を伝達する手段として、ラジオやテレビをはじめ、タクシー無線、防災無線、船舶、航空機、列車無線、携帯電話などには必ず電波が利用されている。このように、電波は我々の文化的生活には欠かせないものとなっているが、人間の五感では感知できないものであり、その実態はあまり知られていないのが現状である。
電波法によると、電波とは以下のように定義されている。
’’電波とは300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう(電波法2条1号)’’
電波は、その周波数帯の違いによる特徴から用途を使い分けられている(図4.1参照)。

図4.1:電磁波とその周波数(波長)【6】
※ここをクリックすると大きな図を見ることができます。
4.2 超極短波
超極短波とは波長が10cm〜1mの電波で、UHF(Ultra High Frequency)とも呼ばれる。超短波までの電波に比べ、直進性は更に強くなっているが、多少の山や建物なら回り込んで伝わって行く性質がある。これを回折という。
超極短波は伝送できる情報量が多く、小型のアンテナと送受信設備で通信ができることから移動体通信、特に携帯電話、PHS、パーソナル無線など多くの陸上移動通信に使用されている。また、UHFテレビもこの電波を使用している。電子レンジの電波(2450MHz)も超極短波である。
4.3 電波の伝搬
4.3.1 伝搬の分類
電磁波の伝搬は、地上波、対流圏波、電離層波の3つに大別できる。地上波は主に地表面の影響を強く受けながら伝搬するもので、最も基本的なものは送信点と受信点を結ぶ直線上を伝搬する波で直接波と呼ばれる。直接波を受信するときにはほとんどの場合、大地によって反射された大地反射波の影響を受けるため、直接波と大地反射波をあわせて空間波と呼び、VHF(Very High Frequency:超短波)、UHFの見通し内通信に使用される。UHF帯以上の周波数では送信アンテナの指向性を鋭くすることが可能なので、大地反射波の影響を受けにくくなり直接波が主となる。
大地と大地近傍の媒質との境界条件によって存在することのできる地表波は、大地の表面に沿って伝搬する。さらに、アンテナから放射された電磁波が大地の曲面によって回折しながら進むものを大地回折波という。以上の空間波、地表波、回折波を総称して地上波と呼ぶが、地上波は対流圏の影響を必ず受けるため、必ずしも地上波として分離できるとはいえない。地表波または回折波として遠距離まで伝搬可能な周波数帯はVLF(Very Low Frequency:超長波)帯である。また、LF(Low Frequency:長波)帯、MF(Medium Frequency:中波)帯の周波数帯では主に地表波が使用されるが、夜間においては電離層波も存在し遠距離への伝搬が可能となる。
地上表面から約10km上空までを対流圏といい、空気を構成する気体分子や水蒸気などが含まれ対流現象を生じている。この対流圏内を伝搬する波を対流圏波と呼ぶが、伝搬性質を決定づけるのは対流圏での屈折率分布である。屈折率に揺らぎが生じた場合、見通し外の極めて遠距離の通信が可能となることもあり、このように伝搬する電磁波を対流圏散乱波という。また、屈折率分布の特異性から対流圏反射波や、屈折率分布の逆転からラジオダクト(radio duct)波と呼ばれる伝搬波もある。
対流圏のさらに上空では、大気が太陽光線によって電離し、イオンと電子の混在するプラズマ状態となって高度方向に層状に分布しているので電離層と呼ばれる。電離層はその状態によって屈折率が負から正まで変化し、その屈折率の影響を受けて伝搬する波を電離層波という。電離層波が積極的に利用できるのはHF(High Frequency:短波)帯であり、条件によっては地球の裏側とも通信が可能である。
4.3.2 直接波の伝搬損
送信アンテナと受信アンテナの最短直線距離を伝搬する直接波の伝搬損失は、主に電磁波の空間中での広がりによって生じる。図4.2に示すように空間中の全方向に均一に電磁波を放射する等方性アンテナがある場合を考える。等方性アンテナの出力をPi とし、アンテナから距離d だけ離れた点での電力密度をPd とすると、半径d の球面上の電力密度を全て加えたものはPi と等しくなるので、次式が成り立つ。
4πd2 Pd =Pi (4.1)
したがって、アンテナから放射された電磁波は球面状に広がるため、単位面積当たり1/4πd2 を係数として電力が弱くなる。

図4.2:等方性アンテナからの放射
図4.3のように送受信アンテナの利得がそれぞれGt ,Gr で、アンテナの最大利得方向で両アンテナが向き合っている場合を考える。送信出力をPt とするとき、最大放射方向への放射電力は
Ptd =Gt Pt (4.2)

図4.3:自由空間中での伝送
として与えられる。これは、送信アンテナとして利得のあるアンテナを用いたとき、最大放射方向では等方性アンテナを送信アンテナとしたときに比べて電力密度がGt 倍されるということである。送受信アンテナの距離がd だけ離れているときの電磁波の広がりによる損失は1/4πd2 であるため、受信アンテナに到達する電力密度はGt Pt /4πd2 となる。受信アンテナの最大利得方向が送信アンテナの方向と一致しているとおき、その受信断面式はλ2 Gr /4π であるから、受信アンテナでの受信電力は次のように表せる。
 | (4.3) |
上式において(λ /4πd)2 の項は距離d の2乗に反比例して減少することを示しているので、自由空間の伝搬損失$L$として定義する。
 | (4.4) |
上式より自由空間の伝搬損失は波長で規格化された伝搬距離d/λ の2乗に反比例することが分かり、周波数の高い電磁波を利用するほど同じ伝送距離では伝搬損失が大きくなることを示している。
図4.2において、波源から距離d だけ離れた点での電界強度をEd とすると、自由空間の波動インピーダンスをη としてPd =Ed2 /η の関係があることから、式(4.1)に代入すると次式が得られる。
 | (4.5) |
上式にη =120π の値を代入してEd を求めると
 | (4.6) |
ここでは等方性アンテナにPi の電力を供給したときの距離d の点での電界強度が求められた。送信アンテナの利得を考慮すれば上式は次のように表せる。
 | (4.7) |
4.4 通常のCG技法で電波伝搬が扱いにくい理由
本節では、なぜ通常のCG技法では電波伝搬が扱いにくいのか、その理由について述べる。
4.4.1 レイ・トレーシング法で電波伝搬が扱いにくい理由
電波を幾何光とみなして伝搬計算を行う際、そのままでは電波の伝搬領域を把握できない。なぜなら光線だけでは伝搬領域を定義することができないためである。つまり、レイのサンプリング不足によるデータの信頼性の低下は避けられず、レイの隙間に新たにレイを追加することでしか改善できない。よって、レイの本数に際限がなくなり効率が悪い。
4.4.2 ラジオシティ法【1,2】で電波伝搬が扱いにくい理由
現在、ラジオシティ法で鏡面反射を正確に扱う手法は未だ提案されていないため、直進性を有する電波ではラジオシティ値【1,2】(エネルギー)の計算ができない。これはラジオシティ法のアルゴリズムの性格上、実現が難しいと思われる。
さらに、エネルギーの平衡状態を求めるというアルゴリズムの性格上’’閉じた’’空間でなければ電波伝搬が計算できないという制約がつく。
4.4.3 ボリューム・レンダリングで電波伝搬が扱いにくい理由
ボリューム・レンダリングのアルゴリズムそのものでは電波の伝搬結果のボリュームデータを可視化することはできても、生成することはできない。よって、ボリューム・レンダリング以外の方法でボリュームデータ、即ち、電波伝搬計算を行う必要がある。
以上の理由により通常のCG技法では電波伝搬が扱いにくい。この点をふまえ、次章ではレイ・トレーシング法を利用してレイの追跡を行いつつも伝搬領域を定義し、電波のエネルギーをボリュームデータとして生成する手法を提案する。