「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」(青少年ネット規制法)が衆議院青少年特別委員会を通過した。2日の与野党実務者協議を受けて党内調整が始まり、6日午前中に衆議院青少年特別委員会で委員長提案されて了承、午後の本会議を通過した。来週には参議院を通過する公算が大きい。
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ネット規制のあり方については、高い社会的関心を呼んだにも関わらず、自民党内各部会案の検討、与野党協議や党内調整など、実質的な議論が密室かつ短期間で行われたことは残念だが、最終的には規制色の薄い内容となり、実効性を期待できる内容が盛り込まれなかった。法案の要点を概説するとともに、今後の論点や、民間自主努力や法改正の方向性について検討する。
●有害情報を定義する登録フィルタリング推進機関
法律では有害情報について民主党案と同様に例示に留め、その定義は登録制の民間第三者機関であるフィルタリング推進機関に委ねた。当初の自民党案では、「指定フィルタリング推進機関」となっていた。登録と指定の違いは、登録であれば外形要件を満たしていれば誰でも登録できるのに対し、指定の場合は政府がどこを指定するか決めることができる。
当初案では、フィルタリングのためのサイトの分類基準「Safety Online」を策定している財団法人インターネット協会レイティング/フィルタリング連絡協議会研究会を指定機関として想定していた可能性が高いが、登録制となったことで、Safety Online以外のレイティング基準を策定する機関も登録できることとなった。
フィルタリング推進機関を登録する外形要件として財務の健全性などが規定されていた場合、補助金などを通じて政府が第三者機関を実質支配する懸念もあったが、今回の法案ではこの懸念も払拭されている。フィルタリングに関する調査研究並びに普及啓発か、技術開発の推進を行っていること、1年以上のフィルタリング実務に従事しているか同等の能力を有する者が業務を行うこと、業務の適正実施に必要な管理者を置き、文書が作成されていることを求めている。外形要件として非常に緩く、フィルタリング推進機関の乱立が社会的混乱を招く可能性さえ懸念される。
●有害情報の例示
具体的な有害情報としては、下記が例示されている。
・犯罪若しくは刑罰法令に触れる行為を直接的かつ明示的に請け負い、仲介し、若しくは誘引し、又は自殺を直接的かつ明示的に誘引する情報
・人の性行為又は性器等のわいせつな描写その他の著しく性欲を興奮させ又は刺激する情報
・殺人、処刑、虐待等の場面の陰惨な描写その他の著しく残虐な内容の情報
犯罪誘引情報について限定列挙されていない点が気にかかるが、定義ではなく例示に対して、法令を限定列挙するのも収まりが悪い。薬物利用や売買春などは、犯罪を仲介、誘引する情報に含まれていると考えられるが、当初の与野党案にあった家出やネットいじめなどに相当する例示はない。ただし、あくまで定義ではなく例示されているに過ぎないため、かかる情報について民間第三者機関が独自にレイティングすることを妨げるものではない。
実際Safety Onlineの最新版「Safety Online 3」では、出会いの類型として「家出掲示板等、家出仲間や家出先を探すようなサイト」を定義している。ネットいじめについては特に有害情報としては定義されていないものの、ネットいじめが可能なサイトは、参加型サイトとして定義されていると考えられる。
現行のSafety Online 3では形式に関して「参加型サイト」「チャット」「ショッピングサイト」などをカテゴリ化しているが、今月から議論の始まったSafety Online 4では、参加型サイトの安全性について細かく分類する手法について議論される予定である。この分野については、ヤフーやネットスターが業界のベストプラクティスを共有する研究会を開始した他、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)でも議論が始まっているようなので、今後の展開や議論の集約が待たれる。
●フィルタリングの提供義務が携帯事業者とISPに課されることに
この法律ではフィルタリングを実現する手段として「青少年有害情報フィルタリングサービス」と「青少年有害情報フィルタリングソフトウェア」を定義している。端末にインストールするのがソフトウェアで、定期的に更新されるシグニチャなどのダウンロード提供を行うのがサービスと位置付けられる。
当初は与野党案とも端末へのフィルタリングソフトウェアのプリインストール義務を課していたが、法案ではフィルタリングの利用を容易にする措置を講じる義務に緩和され、ISPに対して顧客の求めに応じてフィルタリングソフトウェアまたはフィルタリングサービスを提供する義務が課されることとなった。
MIAU(Movements for Internet Active Users:インターネット先進ユーザーの会)を中心にLinuxなどのフィルタリングソフトウェアが提供されていないOSのプリインストールが難しくなるのではないかと懸念する声もあったが、Firefoxなどフィルタリングを容易に実装するためのアドオン機構が搭載されており、懸念は払拭されたのではないか。
法案で規定されている「インターネットと接続する機能を有する機器であって青少年により使用されるもの(携帯電話端末及びPHS端末を除く)」にはPSPやiPod Touch、「acTVila」(アクトビラ)対応テレビなども含まれると考えられ、これらに対して事後的にフィルタリングソフトウェアをインストールすることは技術的に難しい。
この条文には「青少年による青少年有害情報の閲覧に及ぼす影響が軽微な場合として政令で定める場合は、この限りではない」という例外規定があるものの、Blackberryや業務端末といった法人向けにしか販売されていない端末について、青少年が利用していないと推定する合理的根拠があるものの、青少年による利用が多いPSPなどのゲーム機に、この例外規定を適用することは難しいだろう。
デジタルアーツなどのように、プロキシーサーバ方式でPSP向けにフィルタリングサービスを提供している事例もあることを考えると、ブラウザのプロキシーサーバ設定機能を、法律上のフィルタリングソフトウェアに相当するとみなすことが現実的であろうと考えられる。
●サーバ管理者による青少年閲覧防止措置は努力義務に
当初案でサーバ管理者に義務付けられていた青少年閲覧防止措置と通報の受け入れ体制、記録の保管などは全て努力義務となった。有害情報について利用者から通報を受け、そのまま放置したとしても、何ら罰則は科されない。青少年閲覧防止措置が削除を指すのか、PICS(Platform for Internet Content Selection)などのセルフラベル表示などの措置を指すのか、フィルタリング事業者などへの通知を指すのか、特に方法は指定されていない。今回の法律では、悪質な事業者による違法有害情報の放置について、対応の改善を期待することは難しいと考えられる。
一部の事業者が要望していた違法有害情報の削除に対する責任制限も、今回は盛り込まれなかった。青少年閲覧防止措置に対して積極的な対応をしたいと考える優良な事業者についても、かかる情報を削除した場合に法的リスクが軽減されることはなく、これまで以上に違法有害情報の削除が進むことは期待できないだろう。
発信そのものが違法とされる情報については、青少年だけではなく大人も含めた誰もが閲覧できないよう削除する必要があるため、青少年健全育成を法益とするネット規制法ではなくプロバイダー責任制限法の改正で措置することも考えられる。また刑事事案と関係した違法情報について、サーバ管理者が勝手に判断して削除することに対して野放図に責任を制限すると、サーバ管理者による安直かつ過剰な削除が横行し、かえって表現の自由を侵害する可能性や、違法性の判断について裁判所の司法権を侵すことも懸念される。時間をかけて慎重に議論すべきで、今回の法案で拙速に踏み込まなかったことは評価できる。
●実害はないが実効性が低く、基本計画や法改正での厳格化が懸念
今回の法案について、全般的に事業者に強制される新たな義務はなく、施行によって業界などで何らかの混乱が起こることは考え難い。逆にいえば法案が通ったことで、青少年の犯罪被害や猥褻(わいせつ)・残虐な情報の流通を防げるかというと、はなはだ心許ない。
今回の議員立法を機に進んだ民間主体の対策は緒についたばかりで、効果が上がるには時間がかかる。残念ながら今後もネットを舞台にした青少年の関係する事件は起き続けるだろうし、それを指して「民間の自主努力が足りないのではないか」といった指摘がされる公算が大きい。
本法案は3年以内に見直すと書かれているが、施行後もネットを使った犯罪やいじめが生じた場合、3年を待たず法改正の議論が惹起されることも予想される。新設する関係閣僚会議が基本計画を立てることになっているが、この基本計画に法律に書かれているよりも厳しい措置が盛り込まれる可能性も考えられる。例えば与野党協議を受けて見送った、有害情報の定義について、国として一定の基準を定めて基本計画に盛り込む可能性も考えられる。
そもそも刑法や警察があっても犯罪がなくならないように、法整備を通じて政府が規制を大幅に強化したところで、犯罪が減るかどうかは疑問がある。ネット犯罪やいじめはネットやケータイを介しているとはいえ、結局のところヒトとヒトの間で起こる問題で、官民で協調しながら地道に対応を模索していくことが現実的だ。
また、硫化水素自殺やネットでの誹謗(ひぼう)中傷、犯罪や違法薬物、拳銃等の仲介は大きな社会問題となっている。青少年に対するフィルタリングの普及促進に限らず、ネット犯罪に対する警察による取り締まり強化や、司法手続きの迅速化といった、ネット上で横行している違法行為に対する本質的な対応も強化する必要があるのではないか。
今回の法案はネット上の様々な犯罪や紛争に対して制度的措置を行いつつ、民間主体の対応を推進する大きな一歩となった。ネット犯罪や紛争を減らすことは非常に難しいが、保護者や教師、産官学で問題を共有しつつ、現実を踏まえて建設的な議論を続ける必要がある。今回の法律で重い義務を課されなかったからといって民間事業者も慢心せず、ネット犯罪やいじめなどについて対策を強化している。目にみえて効果が上がるまでに、時間がかかることも予想されるが、現実的な目標を据えて、着実に対策を進めていくことが重要だ。
●楠正憲
マイクロソフト技術統括室CTO補佐/九州大学 システム情報科学府非常勤講師。
1977年熊本県生まれ。大学在学中からライターのかたわら、黎明期のECサイト、モバイルコンテンツの立ち上げなどに従事。2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長などを経て2006年より現職。
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