【綿陽(中国四川省)鈴木玲子】商店はすべてシャッターを閉じ、銀行やビルの前には積み上げられた土のう。巡回する警察車両だけが目立つ。中国・四川大地震でできた最大のせき止め湖、唐家山(とうかさん)ダム(四川省北川県)の下流域。ダムの強制排水を目前に、「ダム決壊」に備える街からは市民の姿が消えていた。
綿陽市東部の游仙地区。同区を含む綿陽市民約21万人は3日までに、当局の命令で高台などへの避難を終了していた。地震の土砂崩れで川が埋まってできた唐家山ダムが決壊すれば、綿陽市内には4時間で洪水が到達。とりわけ、ダムから通じる※江(ふうこう)沿いに広がり、約80キロ離れた低地の游仙地区には、真っ先に洪水が押し寄せると予測されている。
同区の電柱やビルのあちこちに、洪水が押し寄せてきた場合の「予測水位」が記されている。3階建ての役所庁舎の壁にも、赤色のペンキで真新しい3本の線が描かれていた。
唐家山ダムが3分の1決壊すれば、洪水は地面から約2メートル、2分の1ならビルの2階部分まで、最悪の全壊なら3階部分まで達する。「半壊」でも一般の民家なら完全に水没してしまう。
行政機能は避難地域へ移され、庁舎には警官のテントが並ぶ。高級マンションの前には雇われた男性警備員が1人ぽつんと立っていた。それ以外はすでに「無人の街」と化している。
唐家山ダムからの排水路の掘削工事は終わった。ダムの水位が排水路の高さまで上昇すると、自然に下流へ流れ出す仕組みだ。3日中にも自然排水が始まる。
綿陽市などは「自然排水で危機は免れる」と説明する一方、全面決壊を想定し、下流住民130万人の避難訓練も実施した。
警察官の一人は記者に険しい表情で叫んだ。「みんなとっくに避難した。君たちもここに長くいてはだめだ」
※ さんずいに「倍」のにんべんのないもの
毎日新聞 2008年6月4日 2時30分(最終更新 6月4日 2時30分)