2008-06-01
戸籍
わっしは無戸籍者である。トーホンにもショーホンにも記載がない。
驚くべき事に、住民票にも記載がないのね。
たいへんではないか。
パスポートの発行はどうするんでしょう。
心配ですね。
いーえ、心配ではありません。
だってニュージーランド人は、ニュージーランドにいても、みんな無戸籍だもん。
住民票にも誰も載ってません。
住民票なんて、わけのわからんもんはニュージーランドにはないからな。
謄本も抄本もない。
だって、いらねーじゃん、そんなもん。
「戸籍」って、なんのためにあるの?
わっしの義理叔父のところには「働き者の中国娘を奥さんに!」 とか
「若くて聡明なロシア人と幸せな結婚を」だとか山のようにメールがくる。
なぜか。
住民票の上では独身だからです。
ちゃんと奥さんがいるが住民票には載ってまへん。奥さんは日陰者である。
本人はなにせかーちゃんのキョーダイシマイであるから太陽よりも明るいが、しかし戸籍上は日陰さんです。
妻としてはおろか、人間としても存在してまへん。
理由ですか?
ガイジンだから。
ガイジンは日本では人間ではないので戸籍には載らん。
そのかわりに「エイリアン登録」というのがあります。
ガイジンは悪いことをしそーなので、標識をつけておかねばならぬ。
「エイリアン登録」の写真を見ると、エイリアンの癖に、意外と人間に似てます。
もしかすると、感情くらいはあるかもしれぬ。
日本の政府には想像もつかないことのようですが。
日本には戸籍謄本や戸籍抄本があって住民票がある。
みんなにあるわけではなくて、きみが母親の離婚から300日以内に生まれた場合にはきみの名前は載らん。
きみは、なにであるか。
「わたしは、なんですか?」
生まれてきた赤ん坊の質問に、
日本の法律はいう。
なんだかなんて知らねーよ。
とにかく日本人でないことだけは確かです。
うらむならきみを産んだ母親をうらめ。
政府や法律だけがそう言うのではない。
時事通信のニュースに寄せたYahoo!ニュースの良識にみちたみなさんのコメントが載っておる。
「子どもを産む前に、自分のお母さんに
早く何とかしてくれ、というべきでしょうに!
いろいろと戸籍を取るすべはあるんですよ。
方法は一つじゃないのに。
産んでから子どもを立てにとって何とかしろって、
おかしいんじゃないでしょうか。
生まれた子どもに罪が無いからこそ、
生む前に、裁判でも何でもして戸籍をとるべきでしょう。
親なんだから、まず、子どものことを考えましょうよ!」
「この様なふしだらな親に対してまで日本国政府が介入する必要があるのか? 法律があるわけだから、出産までに対策をすべきである。」
「もし皆さんだったら、自分に戸籍がなかったら
子供を作る前に
「もし自分に赤ちゃんが出来たら無戸籍になってしまう。
それは子供がかわいそうだから、なんとか戸籍を手に入れよう」と
思うでしょ?
でもこの24歳の女性はそんなことを何も考えずに一人産んで、
その子に戸籍がなくても、平気でもう一人産んでるんだよ。
親の資格ないよ。動物ですか?って感じ。」
「なにこの動物」
「>早く対策を取ってほしい
自分たちに原因があるくせに随分勝手だな。自覚が足りないんだよ」
「尻軽の子供は尻軽
これ典型
前の旦那とどういう理由があろうと、正式離婚する前から別の男とヤるなよ。
当然だろ?これはもう倫理や常識の問題。
非常識の人間をいちいち国が救済案考える必要ない。
救済して欲しければまず先に謝罪するんだな。
なんだあの会見での態度は。でかい態度して国に改善求める前に謝罪の言葉を出せ。」
「つまり・・・
離婚する前にヤッてできちゃったのね(笑)
同情の余地なし」
上にあげたようなのは序の口であって圧倒的多数が母親を批判してます。
日本の人たちは、まことにカシコイ。良識の固まりでもある。
カシコイ正義のひとだけが日本人になる資格がある。
だから、ま、おかーさん。
ガキの将来はあきらめなよ。
日本の人はみな、あんたが悪いんだから基本的人権なんて夢を見るな、と言っておる。
あほちゃうか。
国家はなんのためにあるか?
日本では、国家のためにあります。
それは、こーゆー小さな事件を見ても一目リョーゼンである。
日本では「尻軽」であったり「非常識」であったり、「会見ででかい態度」であったり「親の資格がないのに子供を産んだり」すると、基本的人権の適用外なのが、この記事一つでよくわかります。
ニュージーランド人は日本の品行方正な秀才のしかも正義の人揃いである集団と異なって、根っからのバカばっか、我が儘な奴ばっかし、しかも諸般の法律的事情を無視してほいほいと妊娠に至る行為に及ぶタワケばかりなので、こーゆー場合、どーゆー事情でもガキは間違いなくニュージーランド政府の法的庇護の下にはいる。
日本とはちょうど正反対で「国家は国民のために存在する」からです。
他に国家みたいに鬱陶しいものを持つ理由があるとは、ニュージーランド人は思わん。
日本のひとのように選良のかたがただけが国民として認められているわけではないのでパーでも色情狂でも国民は国民なのす。
そうしてニュージーランド人はニュージーランド人同士の仲間意識の強さで有名である。
ひとりづつのニュージーランド人はカシコイ日本人と違ってアホなので助け合うのがあたりまえなのす。
日本の人は、そーすると「だからニュージーランド人は三流国民なのだ」と必ず言いますが、ニュージーランド人は日本人の言う「三流」でいいのす。「正しくないものは死ねばよい」「劣ったものは死ね」という一流の怪物のあつまりに較べれば三流人の集まりである方がずっとマシである。
そう思っているから、ついこのあいだは北アフリカや連合王国にまででかけていって、「尻軽女」や「非常識な母親」の権利のために戦って死んだのである。
しかも日本の人には絶対に理解不可能なことに、ニュージーランド人は、「尻軽女」や「非常識な母親」のために戦って死者を出したことを誇りにさえ思ってます。
「一流国民だけが生き残るのだ」と叫んでいたちょび髭の怪物が倒れたときには、アホや「尻軽女」たちは、みな通りに飛び出して「選良民族」が敗れ去ったことを祝った。
わっしは、はっきり言うが、「戸籍」のような国家運営の都合のためにだけ存在する反個人的な制度をいまだに堅持している時代遅れも甚だしい国と、それを支えている国民の考え方の方が余程「非常識」であって、権威がありそうなものの言うことになら、なんにでもホイホイと疑いを持たずに与するだけ日本のひとは思想的に「尻軽」であると思う。
同じ時代に同じ国に生まれ合った共生の気持のかけらももたずに、みなで政府のつくりあげた、安っぽい道徳や規範の価値を担いで歩くなどとは愚民の典型である。
その発想の無慈悲さ残酷さ野蛮さは恐るべきものであって、「文明」というようなものに最も遠いひとたちであるとしか言いようがない。
そーゆー野蛮な人間の無知につけこんで「戸籍」などという文書の形をした手錠を平然と国民ひとりひとりの腕にはめて日本の為政者は自分の国の民の愚民ぶりを嗤っているのす。そうでなければ「戸籍」というような桁外れに時代錯誤な制度が生きのこれるわけがない。
日本のひとは、まことに役人の都合のために生きている。
上の発言のようにお互いを同じ人間として労って見ることが出来ないからです。
それでいてノーテンキに「無責任な母親」を安全な観客席から嗤ってみせる。
ちょっと感情的であるのは認めますが、わっしはこれほど無惨な法運用を見たこともなければ「戸籍制度」のような前時代的なプロシージャを理由にした、これほど明かな基本的人権の否定も見たことがない。しかも、日本人は、それに圧倒的な支持を与えているのは明かです。Yahooニュースの支持上位にある「賢者」のみなさんのコメントを見てみればよい。
日本の人について長いあいだ言われつづけてきた「日本人の非人間性」ということに、いくらかの真実があるのがわかります。
水に落ちた犬は死ぬまでたたく。
自分がすぐれた人間に思えてさぞかし楽しいのでしょう。
モニにこの母親の話をしたら眼に涙をためて怒っておった。
日本という国は誰のためにあるのか、と言う。
わっしも同じ気持ちです。
日本の人は、どうして、「自分たちが嫌いなもの」に対して、そこまで残酷になれるのか。
「ショック」という言葉では言い表せない。
「わっしらは、やはり根本から違う人間なのだ」という気持になりました。
(後、5ヶ月弱、ほんとうにこの国でやっていけるかしら)
> 日本の人は、どうして、「自分たちが嫌いなもの」に対して、そこまで残酷になれるのか。
それはやっぱり先祖代々、圧倒的多数の日本人にとっては日本という国が「最終逃避地」であり続けてきたからだと思います。島国という地政学的環境と日本語という孤立言語にどっぷり浸かったがために易々と他国への移住も出来ない。あと一歩後退したら断崖絶壁から転げ落ちる以外に無いとしたら、トゲトゲしくもなるのではないでしょうか。
そして窮鼠猫を噛んだのが先の太平洋戦争なのでしょうね。敗戦しましたが、経済的繁栄を獲得し英語教育の機会も増え、結果的には断崖絶壁に橋がかかった。けれどもやはり大半の日本人にとっては、その橋を渡るのはまだまだ困難なようです。
> 水に落ちた犬は死ぬまでたたく。
そこまで酷くはないと思います。
コメントを書いたひと達は、「可哀想さ」を売りにして特別扱いを求めたことに対して、「筋を通せ」と反発しているだけではないでしょうか。「ズルはいかん」というのは、そんなに理解しがたい感情ですかね?
それに、個人としての好き嫌いを表明しているという意味では、ガメ・オベールさんがこのブログでやっていることとそれほど違いはないと思います。
日本が、一度レールから外れた人間に冷たい国であることは身に染みて知っています。
でも、犯罪率が低いのも恐らくは同じ理由によるものなので、一概にそれが悪いとも言えません。
> 戸籍
私としてはなかなか便利なものだと思っています。これがないと身分行為の手続きが面倒になりますし、遺族の追跡もできなくなりますし。
日本人の多くがこの制度を支持しているのは、同じように便利さを実感しているからだと思います。
> 住民票の上では独身だからです
本筋とは関係のない話ですが。
住民票には独身とか既婚とか書いてないと思います。戸籍には、確かに外国人は載りませんが、本人の身分欄に既婚であることと外国人配偶者の氏名が載るはずです。
それに、そもそも第三者が他人の戸籍を正当な理由もなく見ることはできませんので、怪しげな結婚斡旋メールと戸籍は関係がない気がします(個人情報流出の可能性はありますが)
> 無惨な法運用
無惨というか無様ですね。
十分予測された問題だったのに、何の対策も取っていなかったとは、怠慢以外の何ものでもありません。
役所であれ会社であれ、日本的なシステムは全体の矛盾を個人に押しつけるように出来ています。
だからこそ時として無茶なこともやり遂げられるのでしょうが、矛盾を押しつけられた個人からすればたまったものじゃありません。
> だからニュージーランド人は3流国民なのだ
こういうことを言うひとは下品でみっともないです。別にニュージーランドのひとが一流とか言いたいのではなくて、そもそも一流とか二流というのが格好悪い。
こんな恥ずかしいことを「日本の人は」「必ず言う」なんてことはないと否定したいところですが…… 残念ながら、平気でこういうことを言いそうなひとがいることは認めざるをえません。
以上、あくまで私の個人的な意見でした。
乱文にて失礼します。
0xFFFFFFFFさん、
元気っすかあー。
>日本語という孤立言語にどっぷり浸かったがために易々と他国への移住も出来ない。
わっしもいつもそう考えもし、他人に言いもしてきたのですが、言語的ハンディキャップが丁度同等であると思われる韓国のひとたちは、すげー勢いで諸外国に移住していることを考えると、どーも言葉の壁だけが問題なのではないかも知れません。
日本という国は外から見ると幕末と同じに鎖国しているようなものですが、それを支える心根というのが、わっしには見えないところにあるのかも知れねっすな。
さかなや さん、
「さかなや」さんって、ほんとうにお魚屋さんなんでしょーか。
このあいだティラピアを切り身の刺身にして「なんとか鯛」と言って売っている、というオソロシイ話を読んでいたら、突然「さかなや」さんのことを思い出しました。
>日本人の多くがこの制度を支持しているのは、同じように便利さを実感しているからだと思います。
へー、そーなのか、と感心しながら読みました。
わっしは日本式の「戸籍」は刑務所の囚人管理みたいな感じがして、やっぱり嫌いです。
もうひとつ、書類処理が煩雑で、あれにはどのくらい税金がかかっているのだろう、と思う。わっしはケチなので、つい、そっちのほうに頭がいきます。
もうひとつ某市市役所の近くのそば屋でカツ丼を食べていたら、役所のひとたちが自分たちが仕事上(と信じたい、と思います)知り得た住民の戸籍上の秘密をおもしろおかしく話しているのを横で聞いていてゲンナリしました。
「あのひとって、お妾さんの子なんだよねえー」「へえー意外なもんねええ」
って、ウッソオ、と思いました。コワイ国である。
>第三者が他人の戸籍を正当な理由もなく見ることはできませんので
そうなんですか?
知りませんでした。
わっしは住民票の情報保護なんてのは建前だけで実際は誰でも閲覧自由みたいなもんす、という日本人の友達の言葉を鵜呑みにしておりました。
>本人の身分欄に既婚であることと外国人配偶者の氏名が載るはずです。
知りませんでした。へえ。
> コメントを書いたひと達は、「可哀想さ」を売りにして特別扱いを求めたことに対して、「筋を通せ」と反発しているだけではないでしょうか。「
この部分がわからなかったので日本の友達に聞いたら、この事件、テレビに出ていたんだそうですね。わっしはテレビを観ないので知らなかった。
「さかなや」さんの意見と違って、わっしは法律よりも基本的人権が守られるほうが「筋」
だと思ってしまう。法律のほうが、間違っているのではないでしょうか。
ちゃうかな。
まっ、「さかなや」さんのコメントを読むと日本の戸籍法は日本のひとに圧倒的に支持されているようなので、そうであれば、わっしには何にも言うことはないっす。
コメントするのは初めてですが、時々読ませてもらっています。
>さかなやさん
>こういうことを言うひとは下品でみっともないです。
私も同じ意見です。
>ガメさん
戸籍というのは中国・台湾・朝鮮で古くから取られている制度です。国から見た民の1単位を「個人」にするか「家族」にするかの選択で、日本を含む東洋では「家族」を、西洋では「個」を選んだんですね。ガメさんがいみじくも言ったように「私たちは根本から違う」のです。
もちろん時代に合わない部分はその都度変えるべきだと思いますし今までそうしてきましたが、基本的に私たちは飛鳥時代からの長きに渡ってこの制度でうまくやってきたのです。
ガメさんに持って欲しいものはただ一つ。
「国によってそれぞれ異なる風土、歴史、宗教、文化があり、異なる考え方があり、それは最大限に尊重するべきだ」という認識です。これは国際社会の「常識」ではありませんか?(違っていたらご免なさいね)
これまでガメさんは日本の捕鯨や食文化、会議などの卑近なことから戦争、国家、社会に至るまで一貫して「西洋(白人)キリスト教文化」という名の物差しで日本の全てを測り、これはおかしい、気持ち悪い、理解できない、怒りがわく、「西洋風に変えるべきだ」と言い続けていますよね。
「日本のここが駄目だから日本人は世界から忌み嫌われる」という手垢のついた脅し文句とともに。
貴方が属し、よしとする西洋文化を「世界にただひとつの正義や善の絶対基準」にして(それがどんなに自分にとって常識でそこから見れば野蛮にしか見えないとしても)、他国の選択に対して愚民だ奴隷だと断じること。
これはさかなやさん仰るところの「下品でみっともない」行為じゃないかと私は思いますが、ガメさんはどう思われますか?
とん平さん、
>これまでガメさんは日本の捕鯨や食文化、会議などの卑近なことから戦争、国家、社会>に至るまで一貫して「西洋(白人)キリスト教文化」という名の物差しで日本の全てを測り
そーですか?わっしは、日本語を通して見聞きしたことを「わっしには、こー見える」
と書いているだけなので、そー言われてもピンとこない。(やはりバカガメですね)
「西洋(白人)キリスト教文化」という名の物差し、と言われてもキリスト教の本と言えば「不合理故に吾信ず」くらいしか感心して読んだ本がないわっしは、どうもわかりません。あとは全部おそるべき退屈な本であった。 わっしは自分ではキリスト教文化は、好きではありません。
キリスト教は「非寛容」の宗教であって、そこがすでに息が詰まる。
たとえば捕鯨はわっしは捕鯨そのものには反対ですらないので、何を指して言っているのかわかりにくいっす。
>「国によってそれぞれ異なる風土、歴史、宗教、文化があり、異なる考え方があり、それは最大限に尊重するべきだ」
してるつもりなんすけど。本質的には「他人の国の悪口をいっさい言うな。失礼である」 というご主旨であるとすると、わっしの文化圏のひとに、そんなこと言っても無理です。自分の国からしてボロカスに言うのが習慣なので、確かにアメリカ人などは、イギリス人などは蛇蝎のように憎んでおる。ドイツ人はイギリス人は耐え難いという。
フランスの人に至っては、イギリス人はいないほうがよい、と公言するひとがたくさんおる。態度がでかい。尊大である。自分だけ偉いと思っている。
わっしは自称ニュージーランド人ですが、そーゆーところで「お里が知れて」いるのかも知れません。 なにしろわっしの「お里」は、あの途方もなく悪口好きなイングランド人にすら「口が悪い」と言われるんすから。
>「日本のここが駄目だから日本人は世界から忌み嫌われる」という手垢のついた脅し文句とともに。
いえ、それはとん平さんの読み間違いで、「日本人が世界から忌み嫌われている」という現実のほうが先にわっしの頭にはあるのです。最近はアニメとスポーツ選手のお陰で緩和されてきましたが。わっしには、そんな 「日本のここが駄目だから日本人は世界から忌み嫌われる」と忠告するような親切心は元からありません。
他民族どころか、自分の国にもあんまり興味がない。
>貴方が属し、よしとする西洋文化を「世界にただひとつの正義や善の絶対基準」にして(それがどんなに自分にとって常識でそこから見れば野蛮にしか見えないとしても)、他国の選択に対して愚民だ奴隷だと断じること。
これはさかなやさん仰るところの「下品でみっともない」行為じゃないかと私は思いますが
ここがいちばん言いたくて、ところどころ取って付けたような丁寧な言い方をしてらしたのだと思いますが、この部分には、以前から何回も解答しているので、省きます。
とん平さん、わっしのどーでもよいブログなんか読まなければいいのです。
このブログは、わっしが日本語を上達させるために書いて練習しているものを公開しているに過ぎません。
わっしは真剣に書き物をすることがありますが、それはわっしと似たようなヘンなひとが集まる非公開の母国語のフォーラムです。
だから、正直言って、語学習得用の日本語ドリルになんか噛みつかれても困るのです。
なあーんの影響力も、なーんにもない泡沫ブログなんて二度と読まないのがいちばん良い、と思いませんか?
>キリスト教の本と言えば「不合理故に吾信ず」くらいしか感心して読んだ本がないわっしは、どうもわかりません。
文化圏のお話なのでガメさんが週に何回教会に行くかとか、キリスト教のどの本を読んだか等はあまり重要ではありません。私が言いたいのは、ある国の文化や、個人の形作る倫理、ものの考え方というものは宗教と無関係ではない(だからと言って全てでもありませんが)ということです。それは70%が自分は無宗教であると自己申告する日本でも同じこと。これ、肝心なところですが・・お分りになりますか。それから私は今ガメさん個人にお話しているので、フランスやイギリス等々、西洋のお歴々にご登場戴かなくて結構ですのでどうぞお帰り頂いてください。ガイジンではなく個として扱って欲しいのでしょう?
>そうしているつもりなんですが。
そうですか?例を挙げよと言われればいくらでも出しますが、例えばこういうこと↓を放言する人が、「他国の文化を尊重している」と言えるのでしょうか。
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(2007-12-27「捕鯨」から引用ここから)
だって、わっしは日本のヒトはイメージとして少なくとも一週間に二回くらいは鯨をくっているのだと思っておった。正直言って「きーもちわりぃー」と思ってました(わっしは犬をたべるのより鯨のほうがきもちわりい、と思います.....ごめん)
(中略)
シャチョーは静岡にいたときイルカをよく食べていたそうで、「スーパーで切り身で売ってるもん、うまいんだぜ、あれ」 とかヘーゼンと言い放つので、わっしの頭の中ではいまだに「シャチョー=食人鬼 」のイメージがある。
(ここまで)
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さらに言えば、こういう意見は「どこかひとつの文化を正規の基準」に置かなければ出ないものなのです。
>「他人の国の悪口をいっさい言うな。失礼である」 というご主旨であるとすると
そういう主旨はありません。無自覚にせよ自覚的にせよ、善意にせよ悪意にせよ貴方の発言が違う立場の私に「どう見えるか」を書いた次第です。たまには御自身を違う角度から見るのも良いと思いますよ。See more glassってやつです。非常に難しいかもしれませんが。
>とん平さん、わっしのどーでもよいブログなんか読まなければいいのです。
このブログは、わっしが日本語を上達させるために書いて練習しているものを公開し
ているに過ぎません。
えーと、そう思われるなら誰でも見ることの出来るネットに公開などしなければ良いのでは? 非公開のフォーラムなり、チラシの裏にでも書いては如何でしょう。
ネットで公開する自由が保障されるという事は同時に読む自由も保障されるという事であり、真剣に書こうがふざけていようが公開した内容は批評の対象になるというのをお忘れなきよう。