中日新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし・健康 > 暮らし一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

医療をまもる 丹波の『革命』(下) 相互理解が『変えた』

2008年6月5日

 兵庫県丹波市の県立柏原(かいばら)病院小児科の待合室には、利用者の「感謝の言葉」を掲示するメッセージボードがある。「県立柏原病院小児科を守る会」の活動の一つだ。

 「柏原病院に行けば診てもらえるという安心感の裏側には、決して当たり前ではない苦労の現実があることを知りました」「最近、テレビや新聞で医療の問題をよく見ます。小児科の先生たちの苦労を知りました」−母親たちの意識は、かなり変わってきた。

 同病院は、ピーク時には四十人いた医師が、今では十九人に減った。コンビニエンスストアのような感覚で時間外受診をする患者たちの対応に疲れ果て、心ない言葉に傷ついて、去っていった。全国各地の「医療崩壊」の現場で共通する現象だ。「守る会」の運動は、医師−患者の本来の関係を築き直す作業でもある。

 小児科の和久祥三医長(41)は地元の出身。柏原病院は二度目の勤務だが「二十代の終わりに赴任した時は、全科そろっていて頼もしい病院だったのに、四年前に帰ってきたら見る影もない。自分自身、ふるさとに安心して住めなくなると思った」。そして、激務の中、大変な現状を訴え続けてきたことが「守る会」の運動に結実し「対話と相互理解の大切さを痛感した」と言う。

     ◇

 地域の医療人の中でも「対話と相互理解」は広がってきた。

 五月中旬の火曜日の深夜。同病院の会議室は、熱気に包まれていた。

 「医師を呼んでくるなんて幻想。開業医を教育して、少ない人数でやっていけるようにしなくちゃ」と、隣市の開業医が強い口調で訴える。「医局がまとまらない」とこぼす勤務医に、地元紙の記者が「そんなこと言うてたら、まとまらへん」と切り返す。

 医療関係者と市民でつくる「丹波医療再生ネットワーク」(里博文代表)が柏原病院の職員に呼び掛けて開いた研修会だ。酒井国安院長ら病院幹部も参加する中、内部事情も隠すことなく、本音のやりとりが続く。

 市内で皮膚科を開業する里代表は、同級生の和久医長から医療崩壊の現状を聞かされて衝撃を受け、昨年六月から勉強会の活動を始めた。そして「守る会」に触発され、「勉強だけでなく行動を」と、ことし一月に立ち上げたのが同ネット。

 毎週、テーマを決めて研修会を開くほか、市民向けの講演会や巡回講座も精力的に続けている。最近は、市民啓発のための短編映画「今あなたがここで倒れたら」を制作中だ。地元の劇団員、高校生、「守る会」メンバーの子どもたちも出演している。

 同ネットの理念は「自分が生まれてきた時より良い地域にして、次の世代に渡していくこと」。設立メンバーで歯科医師の和久雅彦さん(42)は「最初は、議員や行政に働き掛けるような運動を考えていた。でも、守る会の成功を見て、自分たちが変わらなきゃ地域は変わらないと思った」と語る。

 医療崩壊の流れを止めるのは容易ではないが、地域の変化は、まさに革命的だ。

 同ネットの中心メンバーで、丹波の医療問題を発信し続けてきた丹波新聞の足立智和記者(35)は「丹波では、医療者同士の“顔の見える関係”が全くなかったが、医療再生ネットの活動を通じて、開業医が勤務医を下支えする形ができつつある。守る会の活動により、住民たちが安易な受診を慎むという下支えも広がっている。この雰囲気なら、“ここで働いてもいいかな”と考える医師も出てくると思う」と期待する。 (安藤明夫)

 

この記事を印刷する

広告