奴隷制や人種差別の負の歴史を持つ米国にとって画期的な事件といっていい。
大統領選の民主党予備選はすべて終わり、バラク・オバマ上院議員の党候補指名が確定した。2大政党で黒人が大統領候補となったのは初めてだ。昨年末までは、黒人大統領の可能性を高いと考えた人は米国にも世界にも多くはいなかった。8年間のブッシュ政権の行き詰まりのあとで、根源的な変化を求める米国人の政治意識が、46歳の若いリーダーを見いだした。
民主党内を二分する指名争いを続けたヒラリー・クリントン上院議員は敗北を認めていない。史上初の女性大統領をめざした米国を代表する女性政治家の、大きな挫折だ。しかし、白人女性だけでなくヒスパニックや労働者の男性から性別を超えて支持されたことは重要な変化だった。オバマ氏と直接、話し合い、敗北を受け入れて、民主党の統一を取り戻す時だろう。
候補選びが決着した日から本選が始まる。
共和党候補に指名されるジョン・マケイン上院議員との対決は、米国だけでなく世界各国の針路をも動かす。11月の大統領選挙は、どちらが制するにせよ、米国史の転換点として記憶されるだろう。米国の有権者は責任の大きさと世界の期待感を認識して、次の大統領を選択してほしい。
米国の黒人は、黒人奴隷の子孫であり、先祖から代々、差別に苦しんできた人種と位置づけられる。オバマ氏はケニア人の黒人留学生の父とカンザス州出身の白人の母との間に生まれ、典型的な黒人ではない。むしろ、自分がだれなのかアイデンティティーを求めて悩んだ人生を語り続けた。
多文化の統合の象徴と自らを打ち出し、そのように受け止められたからこそ、人々は新鮮な魅力を感じた。分裂したままではなく統合と変化と再生が可能だという主張は、共感を呼び、オバマ現象を生んだ。
だが、予備選の後半になって、家族で通っていた教会の黒人牧師の発言をきっかけに、オバマ氏を黒人代表の候補とみなす議論が出てきた。クリントン陣営すら「人種」を攻撃のカードとして使いかねない場面もあった。
移民がつくった国米国の理念は、性別や人種、家柄といった出自を理由にした差別を否定し、機会の平等をすべての人に保障した上で、自由競争で各人が幸福を追求する点にある。努力が報われる仕組みだからこそ、アメリカン・ドリームが存在する。
本選で、オバマ氏の出自が争点となり、白人か黒人かの人種対立で選択する構図となれば、米国の理念は否定される。それは米国にとっても世界にとっても不幸だ。保守系メディアや評論家が人種カードを使わないよう求めたい。両党は政策や大統領としての資質を正面から争ってほしい。
毎日新聞 2008年6月5日 東京朝刊