がん研究に係わる特定領域研究

WWW を検索 サイト内検索
お知らせ
がん特について
概略
支援班
年間予定
→ 関連シンポ・セミナー等
→ お問い合せ
領域概要と組織
統合がん
発がん
がん特性
がん診断と疫学
がん治療
UMIN登録・修正
研究報告提出 [5.16締切]
組織登録 [6.6締切]
お知らせ
→ お知らせ
→ 外部メディア等で発表された研究成果
→ 若手支援委員会
→ 日独がんワークショップ
→ 日韓がんワークショップ
→ 日中がんワークショップ
→ 海外派遣事業
→ 青少年・市民公開講座実施委員会
リンク
サイトマップ

トップ > 国際交流委員会 > 第48回アメリカ血液学会総会に参加して

第48回アメリカ血液学会総会に参加して

千葉大学大学院医学研究院細胞分子医学 岩間厚志

はじめに

今回、がん特定国際交流委員会海外派遣の助成をいただき、平成18年12月9-11日の期間で、アメリカ・オーランドで開催された第48回アメリカ血液学会総会に参加させていただいた。私は白血病幹細胞の研究課題をもって統合がんに参加させていただいていることから、まず白血病幹細胞研究の現状につき、総括的にご紹介した後、学会報告をさせていただきたい。

白血病幹細胞

最近、白血病を始めとした癌において癌幹細胞の存在が確認されつつあり、多くの癌で少数の自己複製能を持った癌幹細胞を中心とした幹細胞システムが形成されているものと考えられる。造血系腫瘍は癌幹細胞システムの良いモデルとされ、その研究の進歩は著しい。

白血病幹細胞とは、文字通り白血病の「もと」になる細胞を意味するが、このような細胞が存在する可能性は古くから指摘されていた。例えば、白血病細胞を培養してもごく一部の限られた細胞しか継続的に増殖することが出来ないという現象はその存在を支持するものであった。しかし、実験的に白血病幹細胞の存在が示されたのは近年になってからである。

1997年にDickらは、免疫不全マウスであるNOD/SCIDマウスを用いたヒト白血病細胞の異種移植を行い、NOD/SCIDマウスにおいてAMLを引き起こす能力を持った細胞(SCID-leukemia initiating cell; SL-IC)が、ヒトAMLの末梢血単核球細胞106個のうち0.2-100個というごく稀な頻度で存在することを明らかにした。また、SL-ICsが正常なヒト造血幹細胞と同じCD34+CD38-分画に高頻度に存在していることも示した(1)。このDickらの報告は白血病を構成する細胞の中にも正常造血システムと同様に階層性が存在することを見事に証明したものであり、癌幹細胞の存在を実証した画期的なものである(図1)。すなわち、白血病幹細胞から段階的に分化が進行し最終的には増殖能力のない白血病芽球細胞へと成熟分化する可能性を提示するものであり、白血病幹細胞が正常造血幹細胞と非常によく似た特性を持っていることを示唆している。彼らの手法はその後白血病以外の癌幹細胞の証明にも応用されている。


図1 造血幹細胞システムと白血病幹細胞システム。

白血病幹細胞の起源

白血病幹細胞は、自己複製分裂を繰り返しながら自分自身を維持・増幅するとともに、限られた分化能を発揮して自己複製能を持たない白血病構成細胞を供給し続ける。白血病が発症する過程においては、白血病幹細胞の起源となる標的細胞に発癌に関連する複数の遺伝子異常が蓄積されることが必要と考えられる。したがって、多くの白血病で本来自己複製能を有し長い寿命を持つ造血幹細胞が白血病化の標的となるものと考えられている。造血幹細胞はすでに自己複製機構を有しており、白血病幹細胞はその自己複製において、これらの自己複製機構を利用することができる。実際、造血幹細胞の自己複製において機能するBmi1やSTAT5、Wnt-β-catenin経路、Notch、PTENなどが白血病幹細胞の自己複製においても重要な役割を果たしていることが明らかになりつつある(2-7)。

慢性骨髄性白血病(CML)におけるBCR-ABL遺伝子異常は造血幹細胞を標的とすることが実験的に証明されている(8)。ただCMLの急性転化においては、GMP分画の増大が認められ、BCR-ABLの発現増加とβ-cateninの活性化などの二次的な変異を獲得したGMP分画の細胞が白血病幹細胞として機能している可能性が示された(9-10)。したがって、ヒトのCMLの慢性期と急性期では、異なる分化段階の細胞が標的となっているものと考えられ、急性転化時にはAMLとCMLの異なる白血病幹細胞が混在することが想定される(図2)。興味あることに、8;21転座型AMLで認められるAML1-ETO/MTG8キメラ遺伝子は寛解期の造血幹細胞にも認められ、正常造血に寄与することが報告されている。このことは、8;21転座が造血幹細胞レベルで起こることを支持するとともに、この転座だけでは白血病化には不十分であり、付加的な遺伝子異常の獲得が必要であることを示している(11)。付加的な遺伝子異常としてはFLT3、c-Kit、N-Ras遺伝子異常などが候補としてあげられるであろうが、最終的な白血病化がAML1-ETO/MTG8陽性の造血幹細胞で起こるのか前駆細胞で起こるのかは現時点では不明である(図2)。以上のように造血幹細胞が白血病幹細胞の起源の一つであることは確実といえよう。

一方、MLL-ENL、MLL-AF9、MOZ-TIF2といった融合遺伝子は、造血幹細胞のみならず、本来自己複製能を持たない骨髄球系前駆細胞であるcommon myeloid progenitors(CMP)やgranulocyte/macrophage progenitors(GMP)にも自己複製能を付与し、白血化することが実験的に証明された(10, 12, 13)。これは、自己複製能を持つ造血幹細胞だけが白血化のターゲットになりうるという仮説を見事に覆すと同時に、遺伝子異常の種類によって、獲得できる機能に差があることを実証した知見である(図2)。MLL-AF9をGMPに遺伝子導入し白血化させたマウスの白血病幹細胞分画(GMP-like leukemic cells; L-GMP)のマイクロアレイ解析から、L-GMPはきわめてGMPに類似するものの、造血幹細胞に特異的に発現亢進のみられる自己複製関連遺伝子群の発現レベルが高く、これらの白血病関連遺伝子は自己複製能を喪失した前駆細胞において自己複製機構を再活性化するものと考えられる(13)。


図2 白血病幹細胞とその起源

白血病幹細胞と治療戦略

現在、化学療法のみで高率に治癒が期待できる白血病は、PML-RARα陽性の典型的なAPL(FAB M3)のみであり、大部分の白血病では同種造血幹細胞移植を治療の選択肢に入れる必要がある。イマチニブなどチロシンキナーゼ阻害薬の出現でCMLの治療成績は明らかに向上しているが、服薬を中止すると再びCML細胞が増加することも示されており、本当の意味での治癒は得られていない。
このような治療反応性の違いは、白血病幹細胞の概念を理解することで容易に理解できる。白血病幹細胞の一部は正常な造血幹細胞と同様にニッチに潜みquiescent(静止)状態を保っているものと考えられ、細胞周期依存性の薬剤に対する耐性が高いとされる。また、BCR-ABLの活性を阻害しても造血幹細胞に由来するCMLの白血病幹細胞はニッチで生き長らえることが想定される。APLではATRAや亜砒酸による分化誘導療法によって、全ての白血病幹細胞を強制的に分化させ、枯渇させることで治癒に導くと考えられる。一方イマチニブや一般的な抗がん剤による治療では、PCRでも微小残存病変の検出が出来ないレベル(分子学的寛解)にまで腫瘍量を減らせても、白血病幹細胞を根絶できず、たった一つの白血病幹細胞が生き残ってしまうだけで白血病は再発しうる。つまり、全ての白血病幹細胞を直接の標的とした治療が治癒に必須であると言える。
これまで、白血病の治療ストラテジーとしてtotal cell kill ということが言われてきたが、化学療法の治療強度を上げても必ずしも最終的な生存率に差が出てこないという報告が数多くされてきた。そこで、血液学的寛解に達しても残存する白血病幹細胞を根絶するために同種造血幹細胞移植をおこない、GVL(Graft versus Leukemia)効果で治癒を期待するということになるが、ここにもやはり限界があることも周知の事実である。ここでtotal leukemic stem cell killという考え方が重要となってくる(14)。アプローチとしては例えば次のようなものが考えられる。1.白血病幹細胞に特異的な表面抗原を用いたモノクローナル抗体ベースの治療 2.白血病幹細胞の幹細胞らしさ(特に自己複製能)の維持に必須な細胞内シグナルの阻害(APLに対するATRAによる分化誘導療法もこれに含まれる) 3.白血病幹細胞の持つ薬剤耐性を解除しながらの抗がん剤治療。

このような中、AML、CML、MDS患者の白血病幹細胞の大部分にCD13及びCD44が高発現していることが報告され(15)、その後CD44に対する抗体療法の可能性を示す報告が同時に2報なされた(16, 17)。まず、CD44に対する抗体のin vivoもしくはin vitro投与は、正常な造血幹細胞の生着能などには悪影響を与えない一方、ヒトAML細胞の分化を誘導するとともに、NOD/SCIDマウスへの生着を阻害した。AMLのNOD/SCIDマウスにおける連続移植の解析から、この作用は白血病幹細胞を直接のターゲットとしていることが示唆された。さらに、CD44欠損マウス由来の造血幹細胞にBCR-ABL遺伝子を導入した場合、経静脈的移植では生着が得られず、直接骨髄内に注入した場合にのみ生着することが示され、BCR-ABLを発現している白血病性幹細胞は、ホーミングと生着に関してCD44に対する依存性が正常な造血幹細胞よりも高いことが明らかとなった。さらに興味深いことに、CD44はヒト乳癌などの固形腫瘍の幹細胞の表面マーカーとしても利用されている。このような一連の実験の結果から、CD44は抗体療法の有力なターゲット候補と考えられる。またCD44を介したシグナル伝達が、白血病幹細胞にとってどのような生物学的意義を有するかなど、今後の研究が待たれる。
以上のように、白血病幹細胞と造血幹細胞の類似点と相違点を明らかにし、その知見を治療に応用していくことが、更なる治療成績の向上につながるものと期待される。

第48回アメリカ血液学会総会に参加して

アメリカ血液学会総会は世界で最大の血液学会であり、ヨーロッパ、アジアからも多くの血液学者が参加する。今回は、約2万5千人の参加者があり、口頭発表872題、ポスター発表2847題に加え多くの特別講演、教育講演が行われた。Abstractの採択率は30%であり、70%のabstractは採択されないという厳しい学会でもある。このように巨大な学会であるため、全てを聞くことは不可能であり、私は正常幹細胞と白血病幹細胞の演題を求めて会場をさまよった。白血病の分野では白血病幹細胞の概念が広く浸透しており、基礎研究はもとより治療上の発表においても白血病幹細胞の観点からの演題が増えつつある。今回は口頭発表の一つとして”Malignant Stem and Progenitor Cells”というセッションが設けられた。この中から最近のトピックスを拾ってみたい。

これまで白血病モデルはマウスの細胞で行われてきた。造血幹細胞から前駆細胞までの分化段階の異なる細胞分画をFACSを用いて純化し、レトロウイルスによる遺伝子導入後レシピエントマウスに移植するもので、この系を用いて各種の白血病遺伝子機能が解析されてきた。今回、トロントのJohn E Dick博士らのグループが、ヒト臍帯血造血幹・前駆細胞に遺伝子導入後、NOD/SCIDマウスに移植することによりヒト白血病を再現できることを報告した。この場合、ほぼ一つのgenetic hitで白血病が発症するものと考えられ、全ての白血病遺伝子の機能をこの系で検証できるものではない。しかし、例えばMLL融合遺伝子によってもたらされる白血病の病型が、マウス細胞を用いた場合とヒト細胞を用いた場合とで異なることが確認され、ヒト白血病の病態を理解するためには、ヒト造血幹・前駆細胞を用いた免疫不全マウスモデルがより有用である可能性が提示された。この系は手技的に比較的容易であり、今後盛んに用いられるようになるものと思われる。我々も現在この系を準備中である。

白血病幹細胞の研究が進めば、その知見をもとにした治療戦略が考案される。前述の抗CD44抗体を用いた治療法は細胞膜分子を標的とした治療法である。一方で、慢性骨髄性白血病(CML)の急性転化においては、GMP分画の増大が認められ、β-cateninの活性化などの二次的な変異を獲得したGMP分画の細胞が白血病幹細胞として機能している可能性を先に述べたが (9-10)、この知見を報告したMooresがんセンターのDr. Jamiesonらのグループが、新規Wnt pathway antagonist, MC-001のCML急性転化の治療薬としての有効性を検証した発表を行った。MC-001はβ-cateninに直接作用するWnt pathway antagonistと考えられている。未だin vitroのデータのみではあるが、MC-001はCMLの幹細胞分画の細胞のreplating活性を強力に抑制し、正常造血幹細胞には明らかな抑制効果を示さないことが確認された。今後in vivoの解析を待たなければならないが、この報告は病型特異的な白血病幹細胞の自己複製シグナルの解明が新規の治療法に結びつく可能性を実証しており、白血病幹細胞研究の重要性を再認識させるものであった。

正常造血幹細胞と白血病幹細胞は多くの自己複製機構を共有しているものの、その違いも徐々にではあるが明らかになりつつある。正常と癌を幹細胞レベルで差別化できれば癌の治療法も見えてくる。幹細胞生物学がいよいよ癌研究に直結する時代になったと小さな興奮を覚えつつ、研究への新たな動機づけを得た学会であった。


図3 学会が行われたSan Diego Convention Center

参考文献

  1. Bonnet D, Dick JE.: Nat Med. 3: 730-737, 1997.
  2. Lessard J, Sauvageau G.: Nature 423: 255-260, 2003.
  3. Iwama A, Oguro H, Negishi M, et al: Immunity 21: 843-851, 2004.
  4. Kato Y, Iwama A, Tadokoro Y, et al: J Exp Med. 202: 169-179, 2005.
  5. Reya T, Clevers H.: Nature 434: 843-850, 2005.
  6. Suzuki T, Chiba S: Int J Hematol. 82: 285-294, 2005.
  7. Zhang J, Li L, et al: Nature 441: 518-522, 2006
  8. Huntly BJ, Shigematsu H, Deguchi K, et al: Cancer Cell 6: 587-596, 2004.
  9. Jamieson CH, Dylla SJ, et al: N Engl J Med. 351: 657-667, 2004.
  10. Jamieson CH et al: Cancer Cell 6: 531-533, 2004.
  11. Miyamoto T, et al: Proc Natl Acad Sci USA 97:7521-7526, 2000.
  12. Cozzio A, Passegue E, Ayton PM, et al: Genes Dev. 17: 3029-3035, 2003.
  13. Krivtsov AV, Armstrong SA, et al: Nature 442: 818-822, 2006.
  14. Huntly BJ, Gilliland DG: Nat Rev Cancer. 5: 311-321, 2005
  15. Florian S, Valent P, et al: Leuk Lymphoma 47: 207-222 2006.
  16. Jin L, Dick JE, et al: Nat Med. 12: 1167-1174, 2006.
  17. Krause DS, Van Etten RA, et al: Nat Med. 12: 1175-1180, 2006.
このページの先頭へ