§3 レムナントリポ蛋白刺激に対するスタチンの作用
次に、高TG血症でよくみられるレムナントリポ蛋白の、動脈硬化における接着起因性に対するスタチンの影響を調べました。
脂質が小腸から吸収されると、まずカイロミクロン(CM)というTGリッチなリポプロテインが作られ、これが門脈から肝臓に行く間に加水分解が進み、CMのレムナントができます。さらに肝臓からVLDLとして大循環に出て、そのあとも加水分解を受けながら、VLDLのレムナントを形成します。ですからレムナントリポ蛋白は、VLDLとCMとの二種が存在しますが、これらが動脈硬化を起こすのではないかということが最近注目されています。
我々は、日本抗体研究所および本学田中明先生の協力によりレムナントのlipoprotein
particleを単離し、それを用いて単球を処理すると単球の接着上昇を招来することをみつけました。フローの接着実験系では、レムナントの接着誘導はどちらかといえばrollingではなく接着のフェーズで認められ、この現象は生体内で起こり得ると考えています。このatherogenicな脂質の刺激による接着誘導がスタチンの前投与により抑制されることを我々は確認し、IL-1刺激に比しより動脈硬化に近いモデルで、スタチンが白血球接着を抑制することが分かりました。
レムナントを投与したU937ではアクチンの重合化が顕著になっており、これが接着を増強する原因ではないかと考え、この細胞骨格の制御蛋白を調べました。また、レムナントは著明にRhoAのトランスロケーションを亢進します。細胞骨格への影響を調べるにあたり、我々はfocal
adhesion kinase(FAK)という制御蛋白に注目しました。例えば397番目のチロシン残基のリン酸化を特異的に認識する抗体を使うと、レムナント添加により特異的な亢進がみられます。この亢進は、C3トキシン、アクチン系のサイトスケルトンの重合化を阻害するサイトカラシンD(cyto
D)、あるいはスタチンで抑制されており、この辺りがターゲットの一つではないかと考えています。
FAKのレギュレーションの接着への関与には、β1インテグリンの活性が考えられます。β1インテグリンは、細胞内ドメインがアクチン系の細胞骨格と結合し、それが細胞外ドメインの親和性を調整する、いわゆるインサイド・アウトのシグナルを出していますが、FAKのアンチセンスを導入し、インテグリンの活性化状況をみてみました。FAKのセンスを入れた細胞では、HUTS21というβ1のアクティブ・エピトープのみを認識する抗体で強いバンドがみられ、β1インテグリンはレムナントにより亢進することが分かりますが、アンチセンスではこの亢進は打ち消されます。FAK活性の低下よりも、FAKアンチセンス導入でβ1インテグリンは抑制でき、これが接着の抑制に絡んでいると考えます。
以上のことから現在の仮説として、動脈硬化を起こす脂質の一部であるレムナントリポ蛋白は、RhoAを介して作用の重合化を促進し、FAKを活性化してインテグリンを上昇させる。一方スタチン系の薬剤は、おそらくRhoAを作用点として、そこをブロックすることでatherogenicな脂質による細胞接着誘導を抑制し得るのではないかと考えています。
§4 Rolling〜接着のプロセスでのスタチンの作用
我々はrollingしている白血球が接着する際にケモカインが重要であることを突き止めており、MCP-1が、とくにCCR2という単球表面のケモカインの貫通型のレセプターにシグナルを送ることが、stable
adhesionが起こる重要なシグナルイベントであることが分かっています。THP-1という細胞株はMCP-1の非存在下では比較的rollingが優位なのですが、MCP-1を添加すると、adhesionが優位な接着現象へと瞬時に様相が変わります。
しかしTHP-1をピタバスタチンで前処理すると、まずrolling自体が減少し、かつMCP-1を入れても接着の上昇がまったくみられません。メバロン酸によりこの現象はリバースできますので、恐らくスタチンがメバロン酸経路を阻害することで起こす作用だと思われます。またC3トキシンでも接着の誘導がキャンセルされることから、RhoAの関与もあるらしいことが最近分かってきました。
比較的多くみられるCCR2の発現がピタバスタチンで減少し、他のインテグリンやセレプチン・レセプター(VLA-4、L-sel)は変化しないため、この機序にCCR2の抑制が関与する可能性が示唆されますが、それほど顕著な抑制ではなく、それ以外のメカニズムも考え現在検討しています。
この相互作用にはまだ分かっていないところもありますが、この追究により、さらに詳細なスタチンの白血球接着に対する影響が分かってくるのではないかと思います。
結論
スタチンが非常に強力な脂質低下作用を持つことは周知の事実ですが、以上お話しましたようにスタチンは、多彩な細胞学的な作用を持つ非常に重要な潜在的モジュレーターです。そのことを念頭に置きながら、今後の研究を続けていきたいと思います。 |