羽広政男先生の平成20年度新司法試験論文式試験分析
以下、平成20年度新司法試験論文式試験問題の作成過程における司法試験委員会の会議の模様を想像してみました。なお、これはフィクションであることをお断りします。ABC・・・らは、特定の人物あるいは役職を示すものではありません。
会議(あくまでもフィクション)
A | 平成20年度の問題を作成するに当たって、昨年度の反省点があれば、指摘されたい。 |
B | 時間不足だった。もっと問題文の量を減らすべきだ。また、事案が複雑に過ぎるので簡明にすべきだ。 |
C | 反対だ。限られた時間の中でどのように工夫するかという能力が重要である。事案を簡明にすると、記憶に頼った勉強を助長することになる。 |
D | 解釈論を重視すべきだ。 |
E | 反対だ。事実(事案の把握分析)を重視すべきだ。 |
F | 学説を重視すべきだ。具体的な状況に左右されない抽象的な命題が重要だ。 |
G | 反対だ。判例を重視すべきだ。具体的状況下における判断こそが重要だ。命題(基準)も、具体的状況下におけるものでなければならない。 |
H | 未修者の合格率が低いのは問題ではない。未修者の合格率を既修者の合格率と同程度となるような問題作成・採点方法を採用するべきではない。 |
I | 反対だ。未修者の合格率が低いということは、制度に欠陥があるか、それとも運用の失敗である。仮に制度に欠陥があることが真実であるとしても、それを認めることは影響が大き過ぎる。我々が判断できる事柄ではない。残るは、運用である。未修者がハンディを負わない問題作成・採点方法を採用するべきである。 |
J | 新司法試験は、司法研修所の前期修習の肩代わりではない。 |
K | 反対だ。前期修習がなくなった以上、新司法試験には、前期修習の卒業試験という役割が担わされている。特に、「導入修習」もなくなった現在、新司法試験合格者は、「いきなり実務に放り出されること」になる。その時、頼りになるのは、事案を的確に把握する能力及び的確に把握した事案を分析する能力である。解釈論についての知識は、書物で補うことができる。 |
A | 以上で、議論は出尽くした。これを踏まえて、私に委せて欲しい。以下は、私の判断である。
|
羽広政男先生の分析
以下、各問題につきコメントする。
公法系1問
「資料2」「資料3」に、リクエストがある。「資料2」は、「著しく」とあるので「明確性の原則」がリクエストされていることが判る。また、「資料3」は、「よくある御質問それに対する回答」という表現を用いて「争点」が摘示されていることが判る。
公法系2問
「資料1」に、「争点」についてのリクエストがある。行政法は、「事案に即して論述させる」「書くべき事項は問題文に指示・リクエストする(ヒントを出す)」ということで一貫している。出題に「ぶれ」がない。
民事系
出題に「ぶれ」がある。内部的な意思統一ができていないからである。「様々な出題形式がありうる」というのは「言い訳」である。内部的な意思統一(合意)ができないのであれば、「意思統一ができるメンバーだけに限定すること(具体的には考査委員を民事裁判官だけに限定すること)」あるいは「特定の者に強いリーダーシップを与えること」が必要である。
民事系1問
「設問1」は、「民法の解釈論(論証吐き出し)」の問題のように装っているが、実は「要件事実論(主に条文)」の問題である。「設問2」は、「親族相続の解釈論」の問題のように装っているが、実は「条文及び判例の書き写し」問題である。
民事系2問
「設問1( I ・17)」のうち、「保証債務履行請求の可否」は「要件事実論(条文)」の問題であり、「株式交換の問題点」は「条文」の問題である。「株式交換」については、「株式交換の知識が頭の中に入っていること」は不要であり、「試験の現場で六法における会社法の目次を見て、必要な情報が記載されている個別条文にアクセスすること」が必要である。アクセスした後は、「問題文及び条文を比較対象して(にらめっこして)、答案用紙に書き写すこと」をすれば足りる。「設問2( I ・18)は「債権回収に役立つ法律論」なので「手段方法の選択」の問題である。「新司法試験の論文問題」の「特徴」は、「具体的状況下において、あなたはどのような手段方法を選択するか。」というものである。「設問3」は、「会社法855条(株式会社の役員の解任の訴えの被告)」につき必要的共同訴訟と指摘した上で、「通常共同訴訟」についての「38条(旧59条)」につき「主観的追加的併合を否定する最高裁判例」の「射程」を示すこと、つまり「問題文及び条文を書き写すこと」が求められている。「設問4」は、「民事訴訟法224条第3項」と「条文を特定」した上で、問題文に即して検討することを求めている。「3項の条文の書き写し方」は、「1項の文字との相違点」を示すという方法によると、問題の所在を把握していることが明確になる。つまり、3項を書き写す際には、1項も書き写す。
刑事系1問
残念である。平成19年度(第2回)論文式試験においては、刑法の問題は「高く評価される出題形式」であった。それは、「答案用紙に書くべきこと」が「問題文に指示・リクエストされていた」からである。このような出題形式は、「採点が恣意的になることを防ぐこと」ができるので、「フェアー」である。加えて、指示・リクエストされた問題は、「事案の把握・分析」に関係していたので、その意味でも評価された。ところが、平成20年度の問題文には、書くべきことの指示・リクエストはない。これは「採点が恣意的になること」「考査委員の講義を受講していた者だけが有利になること(たとえば、受講者は特定の考査委員が強くもっている問題意識をあらかじめ知っている。)」等からして、「フェアー」ではない。確かに、平成19年度のように「書くべき不可欠な論点を示すこと」は、「論点抽出能力を不要とすること」を意味する。しかし、「各人の脳は異なる」以上、「何が、どの程度問題になるのか。」の判断は異なって当然である。「考査委員の脳が受験生の脳よりも優れている」という考えは、誤っている。もっとも、実際の採点においては、「事案の把握・分析」を軽視することはない。「論証(解釈論)吐き出し型」を「優秀である」との採点はしない。それは、「具体的な事実を示して論じなさい」という設問の文字からも判断できる。しかし、「事案の把握・分析」についての評価をする場合であっても、「事案の把握・分析」の対象となる「事実」の特定がないときは、「想像力が豊かであればある者ほど様々な事実が頭に浮かぶこと」になる。そうなると、「事案の把握・分析」についての適切な評価もできなくなる。このことを受験生の心理に反映させると、「事案の分析は浅く実施する」ということになる。それは、考査委員の意図には相反するであろう。
刑事系2問
「設問1」は、本件ノートの「証拠能力」である。検察官は「証拠物たる書面」として証拠調べ請求し、弁護人は「証拠物としての取調べには異議はない」「書証としては不同意」と意見を述べた。「その立法趣旨を踏まえ」に関する論述の有無及び量により、評価は分かれるであろう。「立法趣旨(7)」は、(1)Wと甲の会話、(2)乙から甲が入手した状況、(3)覚せい剤密売の売却価格である。「設問2」は、「甲方の捜索の適法性」である。「甲方の捜索(事例1から3)」における「司法警察員P・Qら」の「各行為ごとに項目を分けて」「適法性」を検討しているか否かにより、評価は分かれるであろう。