田舎者、おまけに方向音痴ときているから、巨大な迷路と化した東京のターミナル駅でいつも迷ってしまう。歩いて、歩いて、外に出てみたら、あれ~、反対だったなんてことがしばしば。こんな駅に誰がした!
で、今夜はJR新宿駅東口の改札から15秒の「BERG(ベルク)」へ。さすがに迷子の心配なし。オープンは新宿が熱かった1970年、ビア&カフェ、駅パブなんてしゃれた呼び名もあるらしいけど、居酒屋バカは、赤ちょうちん、と断じたい。くたくた、横丁まで間にあわないぞ、てなときも、やさしい顔して待っていてくれる。ひとりなら壁ぎわの立ち飲みで。
ぷはーっ、ちょっと奮発した樽(たる)ギネスのひと口で生き返る。つまみは手づくりソーセージいろいろ。フライッシュ・ブルストなるぶっとい一本がいける。粒マスタードをたっぷりつけてがぶり、肉汁をほろ苦ビールで流し込む。腹具合と相談し、レバー・ハーブ・パテ、ジャーマン・ポテト・サラダ、それに大麦と牛肉の野菜スープでしめる。
隅っこの棚に写真集「日計(ひばか)り」(新宿書房)を見つけた。ベルクを先代から引き継ぎ、パートナーと切り盛りする迫川尚子さんが撮ったわが町あれこれ、ホームレスのおっちゃんの顔がいい。新宿って? 「抜き差しならない相手。ただ、この人間のルツボに可能性を感じてきたの」。ここは70年代の余熱が残っている。
ところで、この止まり木がいま、家主の駅ビル会社から立ち退きを勧告されているらしい。ビルのイメージにそぐわないとかで。コラムニストの中森明夫さんが「週刊朝日」で怒っていた。<私の人生の大切な一部が奪われてしまう。かつて福田恆存(つねあり)は「守るべき日本とは何か?」と問われ「行きつけの蕎麦(そば)屋だ」と喝破したそうな>。同感。新宿らしい新宿をなくしてなんの新宿駅ぞ!(編集委員)
毎日新聞 2008年6月3日 東京夕刊