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2008/06/02

ようつべで見る懐かしのメロディー

以前、ゆうせんと契約して自宅で440チャンネルの有線を引いていたんだが、古いJ-POPSばかり延々と流す番組があって、それをDATで録音するわけだ。ひたすら録音し続けて、あとから好きな曲だけMDに移す。というような不毛な努力を続けていたんだが、貯め込んだネタを携帯電話に移動しているんだが、世の中、便利になったもんだ。で、どんな懐かしのメロディーを聴いているのかというと、


カルメン・マキさんですね。ロックする前のヤツで、紅白歌合戦に出た時の映像です。この時代、紅白の権威といったら大変なもんで、新人が初出場というと涙ボロボロで歌にならず、あわてて相良直美が駆け寄って励ますというような光景がよく見られたんだが、マキさんは全くの無表情でお人形さんのようで素晴らしいです。で、古いところではグループサウンズというのもあったんだが、おいら、アレはあまり好きではないんだが、カップスだけは別です。


ファンだったら誰でも知ってる豆知識なんだが、ゴールデンカップスというのは本牧にあったゴールデンカップという店のハウスバンドだ。米兵たちが溜まり場にしていた店で、どこよりも早く海外の音楽が入ったという。メンバーがしょっちゅう変わるハンドで、末期には柳ジョージも参加していたりして、そのために今でも柳ジョージは横浜では人気があったりするんだが、そうした例としてはクールスとクレイジー・ケン・バンドの横山剣なんぞも同じだな。横浜では、時はゆっくりと流れている。で、お古いところではこんなのも。


サヨクの「君が代」ともいえる「遠い世界に」ですw つうか、TVの懐メロ特集で爺さんが出てきて♪だけど僕達 若者が居る♪と唄うたびに笑えてしょうがないんだが、若いというのは恥ずかしい事ですね。つうか、フォークの連中というのは意外にしぶとくて、あがた森魚なんてぇのが今でもやってるわけだ。


この人、デビューの赤色エレジーがちょっと売れただけで、以後、まったく鳴かず飛ばず、地べた這いつくばって今でも同じ事やってます。赤色エレジーは林静一の漫画を歌にしたものなんだが、別に主題歌とかそういうのじゃない。勝手に歌にしてしまったらしい。で、フォークジャンボリーで吉田拓郎がステージ乗っ取り騒動起こして騒がれた折に、サブステージにも出演できずに道端で泣きながら赤色エレジーを唄っていたという伝説があるんだが、とりあえずおいら、この人大好きで、デビューアルバムも持っているんだが、ライナーに凝りすぎて間に合わず、豪華なライナーだけが後から送られて来たりしたな。ちなみに赤色エレジーで儲けたカネは自主制作映画を作るのに使い果たしてしまったそうで、以来、ずっと貧乏です。ちなみに、問題の自主制作映画「僕は天使ぢゃないよ」はDVDになってAmazonで買えます。

《監督・脚本・製作・音楽・出演》 あがた森魚
《原作》 林静一
《音楽監督》 ティンパン・アレー、松本隆
《出演》 斉藤沙稚子、横尾忠則、大瀧詠一、鈴木慶一

   駆け出しのアニメーター、イチロー(あがた森魚)とその恋人・サチコ(齋藤沙稚子)の同棲生活。その貧しくも悲しい青春の日々を、ミュージシャンのあがた森魚が林静一の『赤色エレジー』を原作に製作・監督・脚本・音楽・主演した1970年代伝説のインディーズ・ムービー。
   彼ならではのノスタルジックでわびしく抽象的、しかしどこかポップなテイストが全面に発揮されており、その意味では実に彼らしい作品となっている。ディテールの繊細さも特筆的。泉谷しげる、大滝詠一、桃井かおりなど友情出演も豪華だが、その一方ではプロデューサーとのトラブルなどで一時製作中断に追い込まれるなど、難産の末の賜物であった。

僕は天使ぢゃないよ 僕は天使ぢゃないよ
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2004-03-12

で、フォークといえば、実はこの人もフォーク出身なんだが、斉藤哲夫という人がいるわけだ。物凄くチューニングに凝る人で、ライブでは持ち時間の半分くらい、チューニングしているそうで、この人が注目されたのは何と言ってもコレなんだが、


凄いね。今の時代だったら「デブ専」とか言われて迫害されそうだが、この時代には他にも榊原郁恵なんていうデブタレもいたんだが、そこら辺はまたのちほど。

コメント

ヂパング・ボーイとヴェルヌの海底二万里一冊あれば、一瞬で少年時代に戻れますなあ。
あがたさんは去年あたりに紙ジャケの再発が大量リリースされていて、若年ファンには嬉しい限り。

ティンパン・アレーとはまた懐かしい。細野晴臣や松任谷正隆がいた
バンドですね。細野がYMO結成する5年位前のことかな。
他にも松本隆、横尾忠則、大瀧詠一、鈴木慶一 等、今にして思えば
贅沢なメンバーですね。
大御所と呼ばれて確固たる地位を築いた人たちも、色々な下積みを
経てやってきたんですね。

おいらも あがたが大好きで このLPある。
で、発売して直ぐ購入したんだけんど映画がなかなか公開にならなくて・・
札幌でも公開したんが、たしか~数年前(10年ほどかな?)。
あがたが故郷に錦を飾るにはちと寂しい自主上映・・で、お客もなかなか集まらなくって・・。
映画館は儲からないのよね~。
おいらも札幌の日劇に長~い間、テナントで入っていたんで、映画関係者の知り合いが多く・・でも、配給会社も最近は厳しいようで、天下のUIPも日本支店は撤退するし・・おいらの知り合いもこれでくびになって 今でもすったもんだしている。
配給会社はまだ、ビデオ化やTV放映で何とかやっていけても、映画館は廃れる一方で、まさに“ニューシネマパラダイス”の世界。

泉谷が笑ってしまうほど若い・・当たり前だの~だけんど。 

あがた森魚って、NHK教育の連続人形劇「バケルノ小学校ヒュードロ組」のテーマ曲歌ってますね。
http://www.nhk.or.jp/bake/ja/frame.html
http://www.aiteni.jp/special/34_many-nhk.html

柳ジョージも横山剣も大好き。
鹿児島県民だけどw

カップスには、ミッキー吉野も一時在籍していませんでしたっけ?
同時代の和製ロックバンドではサディステイックミカバンドがいま
した。
僕がはじめていったコンサートがグランドファンク。その前座
バンドがカルメンマキアンドOZでした。

姉さんのカセットテープに「頭脳警察」入ってて感動した記憶があるな。
「ボクはやだねぇ、こんなのォ♪」

http://www.takadawataru.com/index.shtml

『 タカダワタル的ゼロ 』

・・・・映画と言えば“フォーク界の仙人”高田 渡の映画が公開されています。大瀧を除くはっぴいえんど(細野晴臣、鈴木茂、松本隆)と関わっていたり、シバ・友部正人などの「吉祥寺フォーク」で語られたり、40年近く全国各地で唄い続けたのでファンが多い。 「ステージで歌いながら寝た」とか「酒が云々で、まだ死んでない」など逸話が沢山ありますなぁ~。


http://jp.youtube.com/watch?v=ngcIIpT5wxs

【 高田渡 値上げ 】大臣の国会答弁に曲をつけただけの唄。

 カルメン・マキは寺山修司のあの歌「時には~」以外、何もないけどいまだに名前が残ってるというのは、ずっとバンド活動やってるからだろうかね。ハコとか一緒に。

 ゴールデンカップス? 「長い髪の少女」以外、何があったかね? おら、立川だからザ・ダイナマイツの方がよっぽど好きだったけど。

 ちょい、全体音楽趣味、あがた森魚系で寂しい気します。おほおぼげろ

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