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潜在“脳力”を活かす仕事術

【5】タバコは肺ガンの原因ではない?

 ややこしい話なので、いったんデータを整理してみよう。危険遺伝子を持っていることで身体に現れる効果は2つある。1つは、肺ガンの発生率の上昇。もう1つは、タバコへの依存性の上昇。要するに、「喫煙者は肺ガン率が高い」ように見えるのは、それはタバコを吸うからではなく、危険遺伝子を持っているからだ、という結論になるわけだ。

 その一方で、世間には「禁煙すれば肺ガン率が低下する」というデータもあるが、これも、禁煙しやすい人はもともと依存性も低いわけで、つまり、「はじめから危険遺伝子を持っていなかった可能性が高い」と説明できるというロジックになる。

因果関係は証明できない

 現時点では、3つの研究グループの意見が割れている以上、私たちも結論を急いではいけないが、こうした意見の解離は、サイエンスの「営み」を考える上で、とても興味深い。つまり、科学(特に自然科学)には「因果関係は証明できない」という体系上の欠陥がある。この点は誤解をしてはならない。科学的に証明できるのは「相関の強さ」だけである。これは逃げられない事実である。

 そしてまた、脳には「相関の強い現象を見ると、そこに因果関係があると思い込む癖がある」という事実も同時に知っておきたい。因果関係は幻覚にすぎないのに、あたかも存在するかのように脳は実感する(これは別の機会に書ければと思う)。普段の生活では、因果律を盲信しておいて、ほぼ不都合はないが、サイエンスの現場では脳の癖の信者となっては危険である。脳の身勝手な解釈の奴隷となっては、真実を見誤る可能性があるからだ。

 タバコと喫煙の関係も、それが因果なのか相関なのかは、詰まるところ脳がどう解釈するかという問題でもある。この意味で、今回の研究が今後どう進展していくのかが楽しみだ。

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このコラムについて

潜在“脳力”を活かす仕事術

脳が持つ潜在能力はまだまだ活用していないと主張する脳研究者の池谷裕二氏が、脳の側から見て、無理なく効率的な仕事の進め方とは何かを考察します

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著者プロフィール

池谷 裕二(いけがや ゆうじ)

池谷 裕二

東京大学大学院薬学系研究科准教授。1970年静岡県生まれ。記憶や発想など、脳の働きを分かりやすく解説することで定評がある。著書に『記憶力を強くする−最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』 『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『海馬−脳は疲れない』(新潮文庫・共著)など。

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