ややこしい話なので、いったんデータを整理してみよう。危険遺伝子を持っていることで身体に現れる効果は2つある。1つは、肺ガンの発生率の上昇。もう1つは、タバコへの依存性の上昇。要するに、「喫煙者は肺ガン率が高い」ように見えるのは、それはタバコを吸うからではなく、危険遺伝子を持っているからだ、という結論になるわけだ。
その一方で、世間には「禁煙すれば肺ガン率が低下する」というデータもあるが、これも、禁煙しやすい人はもともと依存性も低いわけで、つまり、「はじめから危険遺伝子を持っていなかった可能性が高い」と説明できるというロジックになる。
因果関係は証明できない
現時点では、3つの研究グループの意見が割れている以上、私たちも結論を急いではいけないが、こうした意見の解離は、サイエンスの「営み」を考える上で、とても興味深い。つまり、科学(特に自然科学)には「因果関係は証明できない」という体系上の欠陥がある。この点は誤解をしてはならない。科学的に証明できるのは「相関の強さ」だけである。これは逃げられない事実である。
そしてまた、脳には「相関の強い現象を見ると、そこに因果関係があると思い込む癖がある」という事実も同時に知っておきたい。因果関係は幻覚にすぎないのに、あたかも存在するかのように脳は実感する(これは別の機会に書ければと思う)。普段の生活では、因果律を盲信しておいて、ほぼ不都合はないが、サイエンスの現場では脳の癖の信者となっては危険である。脳の身勝手な解釈の奴隷となっては、真実を見誤る可能性があるからだ。
タバコと喫煙の関係も、それが因果なのか相関なのかは、詰まるところ脳がどう解釈するかという問題でもある。この意味で、今回の研究が今後どう進展していくのかが楽しみだ。
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