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潜在“脳力”を活かす仕事術

【5】タバコは肺ガンの原因ではない?

 タバコは肺ガンの発生率を高める ── 。今では当たり前のように流布している“既成事実”を、改めて考え直させられる実験データが先月に報告された。世界の3つの研究グループがそれぞれ独自に報告したものだ。

 まず端的に説明しておこう。「喫煙者は肺ガン発生率が高い」というデータは、とりあえず正しいようだ。厳密に比較実験を行えば、ほぼ毎回こういうデータが得られるという(ただし、これを否定するデータも“ときおり”ある)。大雑把に見積もれば、肺ガンにかかる確率は、喫煙者では数倍にもなるという。

 しかし、解釈が難しいのはここからだ。このデータを「タバコを吸うから肺ガンになりやすい」と解釈してしまってはマズい。この違いがわかるだろうか。「喫煙者は肺ガンになりやすい」という主張と、「喫煙者だから肺ガンになりやすい」という主張は、科学的にまったく意味が異なる。相関と因果の錯誤である。

タバコではなく「危険遺伝子」のせい?

 まず知っておきたいことは、「ガンの罹患(りかん)率は遺伝することがある」という事実だ。このケースでは「親がガンになりやすかったら、その子もなりやすい(100%発症するという意味ではない)」となる。そうした傾向があるなら、こんな研究を行うことができるだろう。連鎖解析によって家系をたどり、「どの遺伝子が肺ガンの発生率を決定しているか」を探し当てるという追跡だ。

 まさにこの追跡を行って、実際に危険遺伝子の一つを発見したというのが、先の3つの研究グループからの発表である。驚くべきことに、3つのグループとも、第15染色体上の同じ遺伝子に行き着いた。肺ガンの14%はこの遺伝子で説明できるという。遺伝子名は「ニコチン受容体」である。

 この名前から容易に想像できるように、これはニコチンを感知するアンテナである。細胞の表面にあって、ニコチン刺激を細胞内部に伝える役割をしている。

 実験データによれば、この遺伝子が、人によって、わずかに違うというのだ。ちょうどABO血液型のように、どのタイプの遺伝子を持つかは、親から譲り受けることで決定される。たまたまある型のニコチン受容体を持った人は肺ガンになりやすいというわけだ。

 面白いことに3つの研究グループで結論が異なる。アイスランドのdeCODEジェネティス社のステファンソン博士らは「危険遺伝子を持っている人は、ニコチン耽溺(たんでき)に陥りやすい」という疫学データを示し、「それ故、タバコを常用し、肺ガンになる」と結論している。

 ところが残りの2つの研究グループは、この結論に反対している。「タバコと肺ガンは無関係だ」というのだ。特に国際癌研究機関のブレナン博士らのデータが象徴的である。タバコを吸わない人でも危険遺伝子を持っている人がいる。そこで非喫煙者についても遺伝子を大規模に調べたところ、「タバコを吸わなくても、危険遺伝子を持ってさえいれば、肺ガン発生率が高い」というデータが得られたというのだ。

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このコラムについて

潜在“脳力”を活かす仕事術

脳が持つ潜在能力はまだまだ活用していないと主張する脳研究者の池谷裕二氏が、脳の側から見て、無理なく効率的な仕事の進め方とは何かを考察します

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著者プロフィール

池谷 裕二(いけがや ゆうじ)

池谷 裕二

東京大学大学院薬学系研究科准教授。1970年静岡県生まれ。記憶や発想など、脳の働きを分かりやすく解説することで定評がある。著書に『記憶力を強くする−最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』 『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『海馬−脳は疲れない』(新潮文庫・共著)など。

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