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匿名発表:よくないことでもプライバシー 公的機関に広がる「非公表」の論理

 ◇匿名、匿名、匿名。

 不祥事を起こし懲戒処分された公務員らの匿名発表が続いていることが昨年4月から1年間の事例を調べた毎日新聞の調査で分かった。プライバシーや個人情報の保護を名目に、付随する情報を伏せるなど発表内容や方法にも首をひねる対応が少なくない。大学や医療機関のケースを中心に報告する。【まとめ・本橋由紀】

 ◇「今後の人生に悪影響出るから」--実績不足教授の教科名

 鹿児島大の30代職員が07年11月、泥酔して学生に暴言、暴行を加え傷害を負わせた。この職員は警察に保護されたが逮捕や書類送検はされなかった。この時点では発表されず、08年3月、諭旨解雇処分になり初めて事件が公表されたが、匿名だった。

 記者は実名での発表を求めたが、大学側は非公表を貫いた。その時に持ち出した理由は、「准教授が研究費を横領したときも公表しなかった」という前例だった。

 香川大と愛媛大の法科大学院が今年3月、独立行政法人「大学評価・学位授与機構」から大学院としての基準に適合していないと指摘された。理由は教授の一人が論文などで実績不足だったためだが、教科名すら発表しなかった。

 記者会見で「その授業を受けた学生は心配になる」と記者が公表を求めたが拒み続けた。「教授が特定されると、今後の研究者としての人生に悪影響が出る」という理由からだった。

 ◇「ホームページに載せればよし」--教授の懲戒解雇

 高知大は昨年夏、万引きして県警から事情を聴かれた教育学部教授を懲戒解雇処分にした。しかし発表方法は大学のホームページ(HP)に掲載しただけだった。しかも、処分を受けた教授についての情報は「教育学部教授、50代男性」としか載せなかった。

 大学側は取材には応じたが「処分を受けているのだから実名にしてこれ以上社会的制裁を加える必要はない。本人の将来も考えた」と身内をかばう姿勢に終始。「HPが社会に対する正式な窓口で、記者にまで発表する必要はない」との見解を示した。

 筑波大(茨城県)の付属学校の49歳の男性教諭が昨年9月、飲酒運転して物損事故を起こし免停30日の行政処分を受けた。

 この教諭は今年2月末に学校に届け出て4月に停職6カ月の懲戒処分に。筑波大は「刑事事件を起こしたわけではない」と匿名発表し「個人が特定される」と11カ所ある付属学校の学校名すら非公表にした。

 記者は11校に取材、聴覚支援特別学校が「対応は本部で」と否定しなかったため、大学関係者に確認を取り学校名を入れて記事にした。

 厚生労働省の試験研究機関、国立保健医療科学院(埼玉県和光市)が今年3月、国からの研究費補助金が余ったのに返還せず、約182万円を自分の口座で管理するなどした職員を停職1カ月の懲戒処分にした。

 発表は「室長」だけで室名、年齢、何歳代か、性別なども公表しなかった。「個人が特定される。他社は納得しており、お宅にだけ公表できない」との理由だった。「同性や同年代の室長はいないのか?」といった記者の質問に「いる」と説明したため、食い下がったが、「他社も同じ」と聞き入れなかった。

 ◇「特定避けると決めていた」--手術後死亡の患者名

 青森県立あすなろ医療療育センターで今年3月、当時11歳の女児が手術中に危篤状態になり5日後に死亡した。その2日後、県と同センター所長(担当医)の記者会見の際に配られた資料には患者の氏名、年齢、住所などがなかった。

 記者が質問したところ、所長が前日、遺族の意向も聞かずに「会見を開くが、患者のことがわからないようにする」と決めていたことがわかり、記者が抗議した。所長は遺族に電話し、遺族は了承。30分後に実名を発表した。

 山形大付属病院は07年12月、整形外科診療科長の教授を停職7日の懲戒処分にした際、匿名で発表した。05年5月に美容的外科手術を受けた女性患者に後遺症が残った問題を受けたもの。「内規で決まっている」が理由で、取材を基に、記者が名前を確認したところ認めた。

 ◇「被害者が分かってしまう」--わいせつの犯行場所

 宇都宮市教委が昨年11月、同市立小学校の50代男性副校長が勤務校内で女子児童にわいせつ行為を繰り返していたと発表した。副校長は10月下旬から11月上旬の3日間、女児を「マッサージをするから」と体育館に呼び出し、下半身などに触った。

 発表した当初、氏名だけでなく、学校名や犯行場所が体育館であったこと、何歳代かも伏せられた。被害者が特定されるとの理由だった。

 記者が犯行場所や年代を公表しても女児の特定には至らないという説明を繰り返したところ、数時間後に50代であることと犯行場所を公表した。11月末に、この副校長は懲戒免職となり、その際も匿名で発表した。副校長は「女児に好意を持っていた。感情を抑えられなかった」と話していたという。

 北海道電力泊原発(泊村)の場合、特定の個人の匿名発表とはケースが異なるが、相次いで発生した火災の発表の遅れが続いた。

 07年7月4日の原子炉建屋のボヤを周辺自治体に連絡したのは発生から約5時間半後で、報道発表はさらに遅れた。その前日の3日の原子炉補助建屋のボヤも2日後に地元自治体や警察には届けたが、報道への発表は12日だった。

 公表の遅れに対しては批判が集まり、その後は小さなボヤも公表するようになった。

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 ◇「保護法」隠れみのに--進まぬ改正、広がる情報隠し

 個人情報保護法の全面施行(05年4月)後に相次いでいる「官」や「企業」などによる個人情報保護を隠れみのにした情報隠し。同法をめぐっては、立法段階から悪用や萎縮(いしゅく)効果が懸念されていた。

 情報隠しが現実に広がる中で、政府は法改正を見送り、行政機関や民間事業者が取り組むべき内容を定めた「個人情報の保護に関する基本方針」の変更(今年4月)にとどめた。

 「国民が知るべき情報や地域社会で共有すべき情報が『個人情報の保護』を名目に隠される事態は一向に改善されていない」

 日本新聞協会は今年2月、内閣府に提出した意見でこう指摘した。新聞協会は同時に加盟社を通じた全国調査で判明した約200件の問題事例を記載した報告書も示した。

 個人情報保護法は、報道機関へ情報提供する行為について監督大臣が勧告や是正命令などの権限を行使しないことを定めている。行政機関個人情報保護法にも特別の理由がある場合は提供できる規定がある。匿名発表の急増は、これらの規定が十分機能しなかったことを示したが、基本方針の変更案を答申した「国民生活審議会個人情報保護部会」ではほとんど議論にならなかった。

 ただし、一部委員からは、懸念の声も出ていた。川崎あや委員(横浜市市民活動支援センター事務局次長)は2月の部会で「公権力が個人情報保護という名の下に隠すことと、一般市民が名簿づくりなどを控えてしまうこととは同じ過剰反応でも性格が本来違う。(前者は)国民の知る権利を侵してしまうことをきちんと述べた方がいい」と指摘した。また、地方自治体による情報隠しも取り上げられ、夏目智子委員(全国地域婦人団体連絡協議会監査)は「情報隠しをしない方向に進むようなガイドラインを作った方がいいと強く感じる」と述べた。

 だが、個人情報保護法の立法にかかわった堀部政男委員や、小早川光郎部会長、藤原静雄部会長代理らは、これらの主張を基本方針の中に文言として書くことには消極的で、川崎、夏目両委員らの主張は部会の大勢にはならなかった。【臺宏士】

毎日新聞 2008年6月2日 東京朝刊

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