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奔流中国21

〈北京五輪百日前:下〉後援、ジレンマ 企業の宣伝戦略、騒乱が逆風

2008年04月29日

 「なぜ北京五輪のスポンサーをやっているのか。応援をやめろ」

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写真五輪をテーマに独フォルクスワーゲンが車のデザインを公募。優秀作品がペイントされ、ショッピングモールで展示されている=北京、樫山晃生撮影

 中国チベット自治区ラサなどで騒乱があった直後の3月下旬。スポーツ用品メーカーのミズノには、抗議の電話が1日に5〜10件かかってきた。「不買運動を起こす」という過激なものまであった。

 ミズノは、日本オリンピック委員会の公式パートナー。五輪に出場する日本選手団を応援する立場だが、実は北京五輪組織委員会との契約はなく、北京五輪のマークを自社の宣伝に使用する権利もない。五輪前に北京で大型店を開くなどミズノも中国市場を重視するが、「『北京五輪のスポンサー』というのは誤解。スポーツ振興のための最大イベントとしてかかわってきたのだが」と担当者は困惑する。

 企業が五輪を宣伝などにどこまで活用できるかは契約によって異なる。世界中で北京五輪のマークを使用できる国際オリンピック委員会(IOC)の「トップ・パートナー」は、コカ・コーラ、マクドナルド、サムスン電子など12社。日本からは松下電器産業。スポンサー料は1社1億ドル(約105億円)以上とも言われる。いずれも中国市場を重視してきた企業だ。

 「中華民族のすべての子孫が待ち望むイベント」(温家宝(ウェン・チアパオ)首相)に向け、北京では今も至る所でつち音が響く。2月末には、観戦客の玄関口となる北京空港の第3ターミナルが開業した。空港と市内を結ぶ路線を含む地下鉄3路線も近く開通する。北京を訪れる外国人に現代的な街並みを見せたい。威信をかけた工事が、この5年で2倍に拡大した中国経済の勢いを見せつけている。

 世界中の企業が熱い視線を送る巨大市場・中国で優位に立つとともに全世界でのイメージ向上を図る。それが五輪スポンサーの狙いだ。その胸算用が、一連の騒動で揺らぎ始めた。(冨田佳志、北京=琴寄辰男)

巨大市場、移ろう機嫌 外国企業PR、もろい効果

 「五輪について特定の国とか社会の問題について特段のコメントはない。我々は五輪の精神を尊重してサポートしている」

 28日、松下電器産業の決算発表の席上、大坪文雄社長はこう語り、北京五輪関係で事業に悪影響が出ていないと強調した。

 松下は中国に合弁メーカーなど81社を持ち、中国での売上高は9417億円(07年度)に達する。88年から五輪スポンサーを続け、北京では18会場の大型映像表示装置、41会場の音響設備、テレビ約1万台などを納入。アテネ五輪の1.7倍の過去最大規模という。米CNNや欧州のスポーツ専門衛星テレビに北京五輪関連のコマーシャルを出し、スポンサー契約をフル活用しようとしている。

 だが、中国への視線が厳しさを増し、聖火リレーが各地で妨害に遭うとともに、スポンサーも批判にさらされた。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部・ニューヨーク)は17日、松下など「トップ・パートナー」を名指しし、「中国の人権状況悪化について口を開き、社会的責任を果たさなければ、ブランドへの打撃をもたらす」との声明を出した。

 松下F1・オリンピック推進室の布谷彰室長は「一部の方々から貴重な意見をいただいており、内部で慎重に検討している」と言う。北京五輪のスポンサー契約決定にかかわった松下役員OBは「いま世界各地で起きているような問題は、正直なところ予測できなかった」。

 13億の人口を抱え、5年連続で10%を超える成長が続く中国は昨年、輸出額で米国を抜き、ドイツに次ぐ世界第2位に浮上。輸入も米独に続く第3位だ。昨年の1人当たり国内総生産は北京、上海で7千ドルを超える。この巨大市場を取り込むには、やはり五輪を応援する姿勢を強調するしかない。

 28日まで開かれ、延べ60万人以上が訪れた北京国際モーターショー。独自動車大手フォルクスワーゲンのブースに銀色の乗用車4台が並んだ。ボンネットに「北京2008――聖火リレー」の鮮やかな文字。5月4日から中国大陸をめぐる聖火リレーの先導車だ。同社は、合わせて959台を提供する中国国内向け五輪スポンサー。ショー開幕の20日にはビンターコルン会長も駆けつけた。

 友人と見に来た北京の大学3年生、王センさん(21)は「聖火リレーに協力しているのを見て印象がよくなった。お金があったらフォルクスワーゲンを買うよ」。運転席に乗り込み、Vサイン姿をカメラに収めた。

 だが、こうした宣伝効果も、不買運動にさらされた仏カルフールのように、ひとたび民族主義の矛先が向けられれば霧散してしまう。

 「愛我中華、支持国貨(我が中華を愛し、国産品を支持しよう)」。モーターショー会場で、ある中国メーカーは中国国旗をあしらったステッカーを来場客に配り、こう呼びかけた。民族主義に目ざとく便乗する地場企業。05年の反日デモの時にも起きた動きだ。

 今年1千万台に達すると見込まれる中国の自動車市場は、各社の業績全体に直結する主戦場。80年代から進出、上海や長春などで生産するフォルクスワーゲンは乗用車で中国のトップシェアを争う。

 欧州のライバルメーカー関係者は言う。「生産拠点も顧客も握られ、メーカーはみな人質にとられているようなものだ。中国にものが言えるはずもない」(高田寛、ベルリン=金井和之、北京=琴寄辰男)

地元勢も好機狙う

 昨夏のサッカー・アジアカップ。イラクのチームを家族とともにテレビで見ていた、中国スポーツ用品メーカー「匹克」の許志華・副会長はひらめいた。

 「これだ。彼らのスポンサーになろう」

 本国の治安が回復しない中で奮闘するイラク選手の姿は、ブランドイメージに利用できる。

 すぐに動いた。すでに契約していた欧州メーカーから権利を買い取り、年1度の中国への合宿費を負担するなどの条件でイラク側を説得。アジアカップ準決勝からは、ユニホームが匹克製に変わった。イラクは優勝した。「一つの奇跡だ。我々中国人を感動させてくれた」

 許氏はさらにイラクオリンピック委員会と契約。北京五輪の開会式用、試合のユニホーム、靴、表彰式の服装まで提供する。北京五輪が今から楽しみだ。「中国製品が強くなったと感じてもらえるだろう」

 北朝鮮オリンピック委員会と07年にスポンサー契約を結んだ「鴻星爾克」というメーカーもある。同社ウェブサイトには「墻外開花墻里香(塀の外に咲く花が塀の内で香る)」とある。海外で評価が高まれば、国内でも売れる、という戦略だ。

 中国代表にユニホームなどを提供するスポンサーの座は独アディダスに奪われた。それでも地元企業は北京五輪を飛躍のステップにしようと策を練る。(北京=阿久津篤史)

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