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2008年06月02日(月曜日)付

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地方分権勧告―首相も首長も覚悟を示せ

 「乳幼児は、自分で意思表示できないから、国の規制が必要だ」

 市町村が保育所を新設するときに、なぜ全国一律の基準に縛られないといけないのか。そんな疑問への厚生労働省の答えがこれだった。

 こんなとんでもない理屈でしか存在理由を示せないお役所の縛りをなくし、権限や財源を移して自治体を「地方政府」に高めていく。地方分権改革推進法に基づき、地方分権改革推進委員会が、こうした内容の初めての勧告をまとめ、福田首相に提出した。

 柱は、中央政府の仕事は都道府県に、都道府県の仕事は市に、できるだけ移していくこと。そして、政府の補助金を使った公共施設の転用や譲渡を容易にすることだ。

 来春までに国の出先機関の整理・縮小や税財源の移譲についても順次勧告する。政府は分権推進計画を閣議決定するが、当面の対処方針は6月の「骨太の方針」に盛り込む予定だ。

 勧告には、住民生活と密接な問題が数多く盛り込まれた。

 例えば、保育所や老人福祉施設の基準は、自治体が条例で独自に決められるようにすべきだと求めた。多少狭くても、預かる子供を増やして待機児童を減らす、といった選択ができる。

 補助金でつくった施設を当初の目的以外へ転用しやすくすれば、市町村合併で不要になった図書館を福祉施設にするような工夫ができる。

 今回の勧告は、住民に近い自治体の権限を強める方向をはっきり示した点で、分権を一歩前進させるものだ。

 しかし、これまでの調整の過程で、権限を守ろうとする各省の抵抗はきわめて強く、自治体へ移すべきだと主張する分権委と対立し、結論が先送りされている課題も多い。

 国道や河川の管理については、事前の折衝で国土交通省から一定の譲歩を得たが、農地転用の許可について農水省は拒否したまま。こうした未決着の点の多くで、分権委は期限を区切って結論を出すよう勧告したが、政府内での議論に委ねざるを得なかった。

 また、小さな自治体へ移譲は現実的ではないとの理由から、都道府県の権限の移譲先の多くを市に限ったことで、町村に不満が残った。

 これを実行に移せるかどうかは、政治の責任だ。各省の官僚や族議員が抵抗している項目を、骨太の方針にどこまで盛り込めるか。福田首相のやる気がすぐに試されることになる。

 知事や市町村長の覚悟も必要だ。各自治体の中には、「権限をもらっても面倒なだけ」との本音もちらつく。

 分権は、政府と自治体間の単なる権限争いではない。よりよい暮らしを実現するための統治の仕組みの大改革であり、日本の再生がかかっている。住民の側からも改革を後押ししたい。

原爆症判決―これを機に幅広い認定を

 第2次大戦末期、米国が投下した原爆の放射線を浴びて病気になったのに、なぜ原爆症と認められないのか。

 そんな思いから被爆者たちが起こした集団訴訟で、大阪高裁はその訴えを認め、原爆症の認定申請を却下した厚生労働大臣の処分を取り消した。控訴審で初めての判断となった仙台高裁に続く原告勝訴の判決だ。

 厚労省は4月から原爆症の認定基準を緩めている。がんや白血病など特定の五つの疾病にかかっている被爆者で、被爆の状況について一定の条件を満たせば、ほぼ自動的に原爆症と認定するというものだ。

 大阪高裁の判決で注目されるのは、原告9人のうち、新基準の5疾病からはずれ、認定されないままになっている5人についても、原爆症と認めたことだ。被爆者を幅広く救済する判断として評価したい。

 厚労省は判決を受け入れて認定作業を進めるとともに、これ以上裁判で争うのをやめるべきだ。

 従来の認定基準は、爆心地からの距離をもとに被曝(ひばく)放射線量を推定し、病気が起こる確率をはじき出していた。

 被爆者は25万人もいるが、こうした機械的な線引きによって原爆症と認定されたのは1%に満たない。その認定基準は一連の訴訟の判決で厳しく批判され、地裁では国側が6連敗した。

 認定のあり方について昨夏、安倍前首相が見直しを被爆者に約束し、新基準づくりにつながった。

 新基準では、特定の5疾病以外の病気などの人についても、個別に審査して総合的に判断することになった。

 4月に新基準が運用されてから、300人近くが原爆症と認定され、それだけで昨年度の認定の2倍を超えた。

 しかし、新たに認定されたのは、特定5疾病の被爆者ばかりだ。5疾病以外の被爆者の総合的判断は一度もおこなわれていない。

 今回の大阪高裁の判決は「被爆の状況から発症の経緯、健康状態までを全体的・総合的に把握し、個別に判定すべきだ」と指摘したうえで、5疾病以外の貧血や白内障などの被爆者も原爆症と認めた。

 「被爆の影響が疑われる症状ならば被爆者の利益に」というのが判決の趣旨だろう。これまで原爆症の認定に厳しい枠をはめてきた厚労省は、判決を重く受け止めてもらいたい。

 厚労省からすれば、新基準でふくらんだ財政負担がさらにふえるのは困るということかもしれない。

 だが、被爆者の平均年齢は74歳を超える。提訴後に亡くなる原告が相次いでいる。残された時間は多くない。

 安倍前首相は認定基準を改める道を開いた。福田首相は上告を断念し、一連の裁判を終結させることで、幅広い救済を急いでもらいたい。

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