2006年 03月 05日
世界日報 ラフカディオ・ハーンの随筆「虫の音楽家」 日本人の「美的な感受性」称える 虫の名所や和歌 虫屋の歴史を紹介 秋の深まりとともに、野外の虫たちの鳴き声も賑やかさ増すころとなった。 日本人は、万葉の昔から虫の音に心を寄せ、 ごく普通に秋の風物詩として楽しんできた。 しかし、明治時代に来日し、 日本文化に心酔したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、 虫の音をこよなく愛し、 そのための商売まである日本の虫文化に驚嘆した。 ハーンが日本の虫文化を西洋人に紹介した エッセー「虫の音楽家」を収める『虫の音楽家』(池田雅之編訳)が、 ちくま文庫の「小泉八雲コレクション」の一巻としてこのほど出版された。 現代の日本人にも示唆するところ大きいこのエッセーを、 手軽に読むことができるようになったのは喜ばしいことだ。 ハーンはこのエッセーを、縁日の夜店の描写から始めている。 「日本を訪ねたら、ぜひ一度はお寺の祭り――縁日に行ってみることだ。 日本の祭りは夜見に出かけた方がよい。 無数のカンテラや提灯(ちょうちん)の明かりで、 あらゆるものがひときわ引き立って見える。 (中略) やがて皆さんは、きっとそぞろ歩きの足を止め、 幻灯のように光りかがやく屋台を覗き込むことになるはずだ。 中には、小さな木の籠(かご)が並び、 籠の中からはえも言われぬ甲高い鳴き声が聞こえてくる。 鳴き声の観賞用の虫を売る商人の屋台でいっせいに響いている鳴き声は、 虫の声なのだ。 不思議な光景で、外国人ならほどんどが誘い込まれてしまう」 日本の庶民のくらしや風俗へ温かい眼差しを注いだ ハーンならではの書き出しだが、 続いてハーンは、鳴く虫を飼う習慣がいつごろから始まったのかを、 『源氏物語』や『古今著聞集』など日本の古典文学の中から探る。 さらに江戸初期、 松永貞徳の『貞徳文集』に虫取りについての記述があること、 虫屋の商いが十七世紀にはあったことを、 俳人榎本其角の『其角日記』を引いて述べている。 ハーンはまた、虫を飼うことが流行するずっと以前から、 虫の奏でる音楽が多くの歌人たちに秋の楽しみの一つとして 称えられてきたことを上げる。 とくに昔の都人たちが、虫の鳴きしだくのを聞く楽しみのために、 秋の田舎の野辺にはるばる出かけたこと、 そして虫の音を聴く名所まで誕生したことに、いたく感動している。 ハーンは松虫の名所の嵐山、住吉など、 かつての松虫、鈴虫、蟋蟀(こおろぎ)の名所あわせて 十一カ所を紹介している。 それにしても、よくここまで調べたものだと感心するが、 エッセーの中で、かつて上野で虫を商っていた「虫源」の子孫から、 文献の教示を受けたことが書かれている。 一方、江戸時代の虫売りに関しては、まとまった史料を入手したようだ。 その史料を駆使して、 江戸時代、虫を売る商売がどのように発展していったかを詳しく紹介している。 それによると、東京で虫売りの商売が始まったのは、寛政年間のこと。 越後出身の町回りの食べ物売り忠蔵が、 ある日根岸を回った時たくさんいた鈴虫を数匹つかまえ、 家に持ち帰り試しに飼ってみたのがうまくいき、 近所の人たちに分け与えたのが始まりという。 さらに忠蔵の得意先に仕えていた桐山某という人が養殖に成功し、 神田に住んでいた足袋職人の安兵衛が籠を作って、 それに入れて売ることを考案し、行商人の元祖となった。 また文政のころには、 江戸中の虫屋を三十六軒に限るという掟(おきて)が定められ、 この三十六軒の虫屋が同業組合を作ったという。 これら虫屋の歴史も興味深いが、より重要なのは、 虫の音を聴いた日本人が和歌や俳句の中で、 それをどう表現したかについて述べているところである。 ハーンは、松虫から始まり、それぞれの音色を紹介し、 またそれぞれの虫の音を詠んだ歌を紹介している。 夕されば人まつ虫のなくなへにひとりある身ぞ置き処なき(紀貫之) 鳴く虫の一つこゑにもきこえめはこころごころに物や悲しき(和泉式部) 以上は、取り上げられた歌のほんの一部だが、 ハーンは、これらの歌について、次のように正確に解説している。 「こうした形式の作品の多くの場合、 その芸術的な目的は暗示的な手法によって、 恋情のさまざまな相を、 とりわけ自分自身の熱い思いを自然の移ろう姿や自然の発する音声に託して、 その憂愁の想いをほのめかすことにある」 さらにハーンは、「日本の家庭生活や文学作品で、 虫の音楽が占める地位は、われわれ西洋人にはほとんど未知の分野で発達した、 ある種の美的な感受性を証明してはいないだろうか」とし、 「われわれ西洋人はほんの一匹の蟋蟀の鳴き声を聞いただけで、 心の中にありったけの優しく繊細な空想をあふれさせることができる日本の人々に、 何かを学ばねばならないのだ」とまで述べている。 西洋人であると同時に、 東洋文化への深い共感を持ち得たハーンだからこそ、 とらえ得た日本文化の奥行きということができるだろう。 とはいえ、われわれ日本人がこのエッセーを、 単に自尊心を満足させるために読むとしたら、 それはハーンの本意ではないだろう。 ハーンは、古い日本の文化に秘められた奥ゆかしさ、 アニミズム的世界の豊かさを称えると同時に、 急速に進む近代化の中で、 それらが消えてゆくことへの強い懸念も表明している。 西洋人の目を通して、 そのユニークさを指摘された日本文化をいかに守るかは、 日本人自身の責任である。 by sakura4987 | 2006-03-05 11:11 | ■感動の話・誇れる話
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