目録へ戻る武術の原理



皆さんは「気」というものに、どういう感想をお持ちでしょうか? 何かうさんくさい、怪しい感じですか? それとも、気で動物を眠らせるといった類のパフォーマンスを思い起こすのでしょうか? 古来武術では、気の鍛錬はごくごく当たり前、かつ必須のトレーニング方法でした。現在でも優れたスポーツマンは、本人の自覚こそありませんが、みごとな気の運用を行っているものなのです。

気の鍛錬(練功といます)の効用としましては、先ず身体が健康になる、次に身体と動作の連携がとても良くなる、そして感性が鋭くなることです。副産物としては、気は柔らかな肉体ほど良く通ることから、力の抜けた柔らかな身体を手に入れることができます。ここまで身体ができてきますと、その「重さ」をも自由自在に操ることができるようになりますから、気の鍛錬は正に武術家・表現者には無くては成らない稽古法といえましょう。

ここでは、太極拳の「站椿功(たんとうこう)」と「雲手(うんしゅ)」をご紹介します。一朝一夕ではなんの効果も得られません。ましてや、ここに挙げた練功法だけでは動物を眠らせるようにはなりません(笑)。しかし、3ヶ月、半年と続けるにしたがって、みなさんの身体は強靱かつ繊細なものへと変貌を遂げることでしょう。気張らず、のんびりと継続していってください。


1.

站椿功とは?

2.

站椿功の実践

3.

雲手

4.

収功


站椿功(たんとうこう)とは?


站椿功とは、一言でいえば「ただ立っているだけ」の鍛錬法といえます(笑)。しかし、ただボケ〜っと突っ立っているわけではなく、心の中では「イメージ(中国では意念といいます)」を駆使して頭と身体を繋ぐ作業をしているのです。最近のスポーツで神経回路という言葉が頻繁に使われ、それを構築するためのトレーニング法が新たに考案されてきていますが、この站椿功こそ、正に神経回路を広大かつ精緻に張り巡らせるための鍛錬法だったのです。

また身体的にも見た目ほどたやすくはなく、一つの構えを3分も続けていれば、慣れないうちは全身がぶるぶる震えてくる程のキツいトレーニングなのです。そのかわり站椿功で培われた筋肉は、柔らかく弾力があり、頭で描いたイメージ通りに動いてくれる優れものとなるのです。

站椿功は太極拳だけの鍛錬法ではなく、中国武術各流派、気功各流派にそれぞれ独自の方法論を有す、至極普遍的なものです。ここでは太極拳の三つの構えをご紹介するに留めますが、たとえ三つといえども、しっかりと鍛錬を積めば効果は如実に表れることでしょう。


基本站椿功三つの構え


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站椿功の実践


基本姿勢

  • 足先を肩の広さ程度に取り、つま先はやや正面に向けます。
  • 膝は少し曲げ、できるだけ緩めます。(ぐらつかない程度に)
  • 骨盤は床に対して真っ直ぐに立てます(提肛の構え)。
  • 顎はやや引き気味にして、うなじを伸ばします。
  • 胸は張らず、背中には少し丸みを持たせます。
  • 全身をゆったりとリラックスさせます


腰の注意

站椿功の腰の構えは、肛門を引き締め、おへそに向かって突き上げる「提肛」の構えです。日本式の「腰の入れ」とは真逆の構えになりますので、よく注意をしてください。

提肛」の構え


諸注意

    • 目は、つむるか半眼です。
    • 呼吸は、鼻から吸って、鼻か口から細くゆったりと吐きます。
      (最初のうちはあまり呼吸に囚われずに、自然呼吸で行って下さい)
    • 舌先を上顎に軽く付けておきます。
      (口から息を吐くときは離しても構いません)
    • 心を平静に保ちます


構え[壱]

  • 両手をゆったりと下げて両太ももの外側に置きます。
  • 指先は下を向き、それぞれの指は揃えずに少し開き気味にします。
  • 両足の裏から息を吸って、下腹(下丹田と言います)に溜めるイメージを持ちます。
  • 下腹(下丹田)が徐々に暖かくなるというイメージを持ちます。
  • 下腹(下丹田)に明かりが灯るというイメージを持ちます。


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構え[弐]

  • 大きな木を抱くように、両手の平を胸に向けます。
  • それぞれの指は揃えずに少し開き気味にします。
  • 両足の裏から息を吸って、下丹田を通し、さらに上昇させて胸の中心(中丹田)に溜めるイメージを持 ちます。
  • 胸の中心(中丹田)が徐々に暖かくなるというイメージを持ちます。
  • 胸の中心(中丹田)に明かりが灯るというイメージを持ちます。


構え[参]

  • 鳥が羽を広げるようにゆったりと両手を外に向かわせます。
  • それぞれの指は揃えずに少し開き気味にします。
  • 肩を怒らせず、胸を張らず、肩のラインにゆったりとした丸みを持たせます。
  • 両足の裏から息を吸って、下丹田を通し、さらに中丹田を通過させて両手指先から息を吐くイメージを持ちます。


站椿功における注意点

  • 練功の時間帯は、朝起きた時か夜の就寝前に行うのが良いでしょう
    (用便を済ませてから)。
  • 一日に行う練功の回数は、三つの構えを1セットとして、1〜2セットで構いません。
  • 綺麗な空気の場所で行いましょう(室内で行う場合は換気をしてから)。
  • 練功の時間は、各構えにそれぞれ3〜5分くらい掛けます(熟練者は10分以上)。しかし最初は1分位からで構いませんので、少しずつ時間を伸ばしていってください。
  • 強くイメージし過ぎるのは止めましょう。リラックスが肝要です。
  • 感情が高ぶっているとき(喜び・哀しみ)、極度の疲労を感じているときは練功をお休みしましょう。
  • 稀に練功の最中に気持ち悪さ(吐き気等)を感じる人がいます。その際は直ぐに練功を中止し、体調が戻るまでしばらく練功をお休みしてください。


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雲手(うんしゅ)


下丹田、中丹田に十分溜まった「息=気」を身体の末端まで運ぶ運動です。站椿功の三つの構えを行った後は必ず行います(10〜30回)。湯船の中で同じ動きをしても波立たない程度の、ゆったりとした動きで空気をかき分けます。ちょうど自分の前腕から先が、空に浮かぶ「雲」になったようなイメージを持ちます。

  • 両前腕が、交互に、外に向かう円を描きます。
  • 顔の前に上がってきた手のひらは、最初自分の顔に向けていますが、身体の外側へそれるに従って、自分の前方に向くように返します。
  • 視線は床と平行。上がってきた手の平をぼんやり見つめます(視線の原理)。

站椿功〜雲手と続いた練功の締めくくりとして必ず行う動作です。身体中に巡った気と意識を下腹(下丹田)に収めるものです。

  • 両足を揃えながら、両手を大きく側面から回し、頭の上まで持ってきます。(2回目以降、両足は揃えたままです
  • 両手首を交差させるようにして顔の前まで持ってきます。
  • そのまま、交差させた両手を身体の正面をなぞるように下に降ろします。このとき、気と意識が下腹に向かって降りていくイメージを持ちます。
  • 手首が下腹に達したら静かに両手を外側に開きます。このとき、気と意識が下腹に収まったイメージを持ちます。
  • 以上の動作を3回行います。

アニメはこちら


注意

気の鍛錬を行う者が先ず最初に身に付けなければならないことは、実はこの「気・意識を下腹に収める」ことなのです。稀に練功後に感情の苛立ちを覚える人がいますが、これは取り入れた気が頭部に入ってしまった結果で、いわゆる「頭にきた」・「キレた」状態といえます。このような状態を回避するためには、しっかりと「気を落とせる」ことが必要なのです。必要以上に恐れる必要はありませんが、以上のことを常に頭において練功に励んでください。

「気が頭部に入ってしまった(なんとなくイライラする)」場合は、収功動作を9回ほど行ってください。そしてしばらくの間、練功をお休みしてください。