皆さんは、時代劇スターや功夫スターが格好良く「視線を決めている」のをご覧になったことがあるはずです。俗に言う「見栄を切る」というやつですね。アップで映し出される俳優さんの視線というものは、確かに格好いいものです。 しかし武道では、古来、視線こそが技の本物性を握る鍵だとされて来ました。つまりどんなに稽古を積んだところで、視線をしっかり体得していなかったなら、その技は偽物だということになるのです。 このページでは、古から伝えられる視線の原理を学びます。この原理を体得したとき、皆さんの殺陣は一歩も二歩も本物に近づくことでしょう。
武道では、視線に対する注意事項に事欠きません。古流の日本剣術では「遠山の目付(遠くの山を見るような視線)」と言われ、(かの宮本武蔵もその著書「五輪の書」で言及しているように)武士の常識でもありましたし、中国の太極拳では「二目平視(にもくへいし;視線を平行に保つ)」や「手眼相合(しゅがんそうごう;視線と手の動きを一致させる)」と謳われ、視線の在り方が厳しく規定されてきました。また、武道ではありませんが、日本舞踊・歌舞伎・狂言等の伝統芸能においても視線の重要性に変わるところはありません。 これは如何なる理由に因るものなのでしょうか? それは、一言で言えば「視線は全身の在り方を規定する」からなのです。これはあくまで筆者の主観ですが、「眼球の動きを司る筋肉は背骨周りの筋肉と連携」していますし、「瞳孔を開いたり閉じたりする筋肉は全身の微細な筋肉と連携」を保っています(『気』とも密接に繋がっていますが)。つまり、視線の位置・瞳孔の開き具合によって、全身の筋力の配分が決まってしまうということなのです。 これは、考えてみれば恐ろしい程の原理です。この事を知っているか否かによって、同じ年月を修行したもの同士の実力に雲泥の差を生じさせてしまうからです。 「そんなアホな!」と一蹴される前に(笑)、どうぞ下にご紹介するワークを試してみて下さい。きっと視線の原理に納得していただけるはずです!
ベース先ずはご覧の通り、一人が両手を合わせて構え、もう一人が拳骨を握り相手の手のひらを全力で押します。この状態を「ベース」として、力の掛け具合・掛かり具合を両人とも身体で感じ記憶しておきます。 そして、以下に述べる三つの視線で同じように拳を押し込み、それぞれの力の変化を感じ取ります。 注 慣れないうちは続けて行わずに、一回一回構えを解いてリセットしてから行うようにしましょう。
1. 視線を外す押す側が、姿勢と力はベースと同じまま、視線を少し外してみます。
2. 拳を見る次は、押す側の視線を拳骨に集中させます。
3. 視線を貫かせる最後に、押す側は「自分の拳が相手の身体を貫いて背中側に突き出た」と想像し、相手の背後の(イメージの)拳を見つめます。この場合、押し手の眼球周辺の筋肉はゆるみ、少しぼんやりとした視線となります。
答えいかがでしたか? 一番力が発揮されたのは、最後の「視線を貫かせる」時でしたね。「力が出し易い」というレベルを超え、何か「ターボ」でもかかったかのような不思議な馬力を感じた人も多いかと思います。そうです、身体の底力を発揮するそのスイッチは、実は瞳孔に隠されていたのです。先人の知恵には、ほとほと感服させられるものですね。 互いに向かい合って立ち、片方の人が、もう片方の人の両手首を両手で押さえ付けます。押さえられた人は、それに逆らうよう、両手を自分の肩の高さまで上げます。押さえている人は、力を入れてそれを阻止しようとします。(ここでは視線の違いを確かめるため、腰は最初から入れた状態で行ってください) 視線を意識しないで行った状態をベースとし、力の掛け具合・掛かり具合を両人とも身体で感じ記憶しておきます。 先の「パンチのワーク」同様、三つの視線で同じように両手を上げ、それぞれの力の変化を感じ取ります。
1. 視線を外す上げる側が、姿勢と力はベースと同じまま、視線を少し外してみます。
2. 手を見る次は、上げる側の視線を手に集中させます。
3. 視線を貫かせる最後に、上げる側は「自分の手が相手の身体を貫いて背中側に突き出た」と想像し、相手の背後の(イメージの)手を見つめます。この場合、上げ手の眼球周辺の筋肉はゆるみ、少しぼんやりとした視線となります。
結果結果は「パンチのワーク」と同じく、「視線を貫かせる」時に一番力が発揮されたはずです。押さえている側は、上げる側の身体の奥底から力が発揮されるのを感じたはずです。もしかしたら、「火事場の馬鹿力」などというものは、この様な状態を指した言葉だったのかもしれません。
最後は「合気下げ」です。「合気上げ」とは逆に、自分の片腕を剣に見立て、斬り下ろす様に下げる練習です。正に剣を振り下ろす際の身体の使い方を養成するものですので、殺陣の修行をされる方には必須のトレーニングとも言えましょう。
やり方下の写真の様に腕を組み、下ろす側は腰を入れ、丁度剣を振り下ろすような感覚で受け手の腕を押し下げて行きます。 受ける側は、こちらも腰をしっかりと入れ、腕を下げられないように踏ん張ります。 視線を意識しないで行った状態をベースとし、力の掛け具合・掛かり具合を両人とも身体で感じ記憶しておきます。 先の二つのワークと同様、三つの視線で同じように手を下げ、それぞれの力の変化を感じ取ります。
1. 視線を外す下げる側が、姿勢と力はベースと同じまま、視線を少し外してみます。
2. 手を見る次は、下げる側の視線を手に集中させます。
3. 視線を貫かせる最後に、下げる側は「自分の手が相手の身体を貫いて背中側に突き出た」と想像し、相手の背後の(イメージの)手を見つめます。この場合、下げ手の眼球周辺の筋肉はゆるみ、少しぼんやりとした視線となります。
注「視線を貫かせる」場合には、力を入れるスピードを速くし過ぎない様に注意しましょう。予想以上の威力に受け手が反応しきれず、手首を痛めてしまう虞があるからです。 いかがでしたでしょうか? 以上のワークを通して、「視線を定める」ことが単なる「格好つけ」ではないという事を理解していただけたでしょうか?
以上がこのページのまとめです。これらを常に意識して練習すれば、5年後10年後の貴方は間違いなく今よりも高い境地に辿り着いていることでしょう。 |