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皆さんは「腰を入れる」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?私の子供の頃は、スポーツだけではなく、日常生活のいろいろな場面で使われていたと記憶しています。しかし現在はめっきり聞かなくなってしまいました。もしかしたら、皆さんは「腰を入れる」という言葉に、古くさい、単なる精神論みたいなものさえ感じるかもしれませんね。しかし、「腰の入れ」は日本文化のれっきとした「身体の使い方」なのです。「腰の入れ」を身に付けた者は、下半身で盤石の力強さを発揮しながらも、上半身は優雅にリラックスさせておくことができるのです(上虚下実)。能や歌舞伎・日舞を始めとする伝統芸能、剣術・柔術を始めとする伝統武術の根幹はみなこの「腰の入れ」なのです。

殺陣を志す人間にとっても「腰の入れ」は必須の技術です。根気よくモノにして「本物の殺陣使い」を目指しましょう!!!


最近の若い人の中には、腰が固まったまま動かず、ほんの少しでも反ることが出来ない人が大勢います。そのような人が無理に「腰の入れ(に似た動き)」を練習すると必ず腰を痛めてしまいますので、先ずは簡単なストレッチから始めて徐々に身体を慣らすようにしてください。


1.

「腰を入れる」とは?

2.

「押し」のワーク

3.

「斬り」のワーク

4.

合気上げ

5.

まとめ


「腰を入れる」とは?


仙骨

骨盤の中央には仙骨という骨があります。両脇の蝶々の羽のような骨は腸骨といって、仙骨とは靱帯でつながれています(仙腸関節)。この三つが合わさった状態を骨盤といいます。

赤い部分が仙腸関節

仙骨と腸骨のつなぎ目は靱帯(筋肉)ですから、稀にズレる場合があります。よくテレビの健康番組で「骨盤のズレは万病を引き起こす」と紹介されているのは、正確には仙腸関節のズレのことを言っていたのです。

上下方向にズレた場合

そして、「ズレる」ということは「動く」ということで、身体の使い方に習熟した人は、意識的に仙骨を動かして全身の動きに反映されることができるのです。「ほんまかいな?!」といぶかしがられても困ります。だって動かせるんだからしょうがありません(笑)。


腰を入れるとは

ようやく本題に入りますが、正しく「腰を入れる」ということは、「仙骨を前方斜め下に向かって押し込む」ことをいいます。外見は下の写真のように、腰の下の方を反った形となります。ここで注意してもらいたいことは、あくまで仙骨に意識を集中させ背中に余計な力を加えないということです。骨盤が反ればそれに連なる背骨は自然に反りますが、それ以上の力を加えて反ることは背骨を痛める原因になってしまうからです。皆さんの場合、仙骨を直接動かすことはまだむずかしいでしょう。しかし、仙骨に意識を集中させながら腰を反ることで効果は十分得られますから、どうぞ気長に取り組んでみて下さい。

正しい「腰の入れ」


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「押し」のワーク


それでは、二人組になってワークを行ってみましょう。片方の人が力一杯相手を押します。押される人は、なんとか頑張ってその場に居続けて下さい。やることはたったこれだけです(笑)。ですがここで注文があります。

  1. 押される側の人は、最初「普段の自分の腰」で耐えてみます。
  2. 次に「腰を入れて」耐えてみます。押す側は相手の力の違いを感じます。
しっかりと足下を固めて
普段の腰で耐えるのは
けっこうシンドイ!!
腰を入れれば
ご覧の通り!!

いかがでしたか?腰を入れた時の方が断然力が入りましたね。また、腰の入れに習熟すればするほど、上半身の力を抜くことができます。それは「余裕」を生みだし、武術の場合は「相手の力を腰で受けながら上半身で反撃する」ということが可能となり、殺陣の場合は「腰で全身を支えながら上半身は優雅に舞うように動ける」ことに繋がります。


押し方

押す人は、相手の腸骨に両手をあてがい、片方の肩を相手の胸骨(胸の中心の骨)に当てるようにしましょう。そうすることによって、しっかりと相手を押してあげることができます。このワークは競争ではありません。相手が支えにくいような所を押したり、左右に揺らすような押し方をしては、じっくりと「互いの力を感じ合う」ことができなくなります。全力で、しかも相手が支えやすいように押してあげましょう


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「斬り」のワーク


次は「斬り」のワークです。斬る側は自分の前腕を刀に見立て、相手の身体を真っ向に斬り下ろすよう動かします。受ける側は、これも前腕で相手の力をしっかりと受け返します。

  1. 受ける側の人は、最初「普段の自分の腰」で耐えてみます。
  2. 次に「腰を入れて」耐えてみます。斬る側は相手の力の違いを感じます。
腕の位置を確認して
普段の腰では
腕がプルプルいうぞ!!
腰を入れれば
涼しげな表情(笑)

さあ、どうでしょう?腰を入れた方が力が入りやすいと感じられたら大成功です!! これも「押し」のワーク同様、慣れれば上半身の力をどんどん抜いていくことができます。上から来る力を下から受け返すには、主に「伸ばす筋肉」を使います。腰の入れが上手くできた人は、「縮める筋肉」(この場合主に上腕二頭筋)をフワフワに緩めることまで可能なのです(写真)。

見て見て!
上腕二頭筋がぷにょぷにょ!!


構え

「斬り」のワークの構えは、斬る方、受ける方どちらとも、写真のように手と足を一緒に出した構えを取ります。


注意

斬る腕、受ける腕の双方とも、前腕の柔らかい筋肉のところで行いましょう。骨と骨をぶつけては、痛くてワークに集中できないからです。


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合気上げ


合気道の基本練習に「合気上げ」というものがあります。合気道の理合い(身体の使い方)は剣の操法を元にしていますので、「合気上げ」を鍛錬することは「剣を振る身体」を養うことに繋がるのです。殺陣を修行される皆さんも、是非稽古に取り入れてみてください。

注)ここにご紹介する「合気上げ」の理合いは、全ての合気道流派に通ずるものではありません


やり方

互いに向かい合って正座をします。片方の人が、もう片方の人の両手首を、両手で押さえ付けます。押さえられた人は、それに逆らうよう、両手を自分の肩の高さまで上げます。押さえている人は、力を入れてそれを阻止しようとします。

  1. 最初上げる側の人は、普段の「自分の腰」で上げてみます。押さえる側は、それに抵抗しつつも相手の力を感じ取ります。
  2. 次に上げる側は、同じ動作を「腰を入れて」行います。押さえる側は、さっきと同じ力で抵抗しつつ相手の力の変化を感じ取ります。

手首を掴んだら、
レディ・ゴ〜〜ッ!!
普段の腰ではなかなか上がらない
腰を入れると楽々上がる
アニメ

いかがでしたか? 腰を入れた方がビックリするくらい簡単に上がりませんでしたか? この時の腰の使い方は、剣を振り上げるときのそれと全く同じですから、覚えておいて損はありませんよ!!


「合気上げ」が生まれた由来

剣を持っている相手に素手で立ち向かう場合、制するべきはその手首です。逆に、自分が剣を持っている時に手首を掴まれてしまったらどうすればいいのでしょう?「合気上げ」はそのような発想から生まれた技です。「剣を振る身体の使い方」をそのまま使って相手を崩してしまえば良いという考え方です。


上げる方向

自分の腕を上げる方向は、前方斜め上にすくい上げる感じです(写真左)。よく真上に吊り上げようとする人がいますが(写真左)、それでは腰からの力が肩で途切れてしまいます。

斜め上にすくい上げる
真上に上げては駄目


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まとめ


今までのワークを通じて皆さんは、「腰を入れて」行えば全ての動きは、効率よく、力強く行うことが出来るということに気付かれたはずです!! そして「押し」のワークでは「腰で押す」ことを、「斬り」のワークでは「腰で受ける」ことを、合気上げでは「腰で上げる」ことを体感されました。これらの体験は全てあなた方の財産となるはずです。弛むことなく鍛錬を続け、是非この「腰の入れ」を自家薬籠中(じかやくろうちゅう)のものとしてください!!

殺陣への応用

腰の抜けた構え
腰の入った構え


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