インタビュー 徒然亭草若役 渡瀬恒彦さん

---渡瀬さんから見た草若の魅力とは?

芸人(芸能人)というのは、ある種のズレというか破格が求められるところがあります。その反面、矛盾しているようだけれど、ズレがちょっと目立つと仇(あだ)になることもある。そのはざまをうまいこと生きていかないといけないんですよ。生き方の難しい職業ではありますね。でも、まったく毒がないのもつまらないでしょう。そう思うと、草若はちょっと個性的なところも持ち合わせている、芸人らしい人物なんじゃないかと思います。落語に対しては真っすぐだけれど、ふだんは飲んだくれのおっさんという雰囲気も持っていますからね(笑)。そういうどこかやんちゃな部分は魅力的ですね。

---余命わずかと告げられた草若について

草若の病床にはいろいろな人がお見舞いにやって来ます。そこでは、やって来た人たちのバックグラウンドが語られ、これからの姿をも想像させます。草若の最後の日々については、そういった描かれ方がとてもすてきだと思いますね。
 草若が亡くなるまでの期間には、すてきなセリフが散りばめられているとも感じますね。「笑ってないと、真っ正面から見つめると怖くて怖くて」とかね。「死ぬのが怖い」ではなくて「生きるのが怖い」という表現。「言葉をかみしめるって、こういうことなんだろうな」と齢(よわい)六十にして痛感いたしました。

---草若さんの最後の日々を演じていかがでしたか?

俳優として「どういう死に方をするのが一番いいんだろうな」と考えると、クランクアップした後に控え室でいつの間にか…という状況がいいんじゃないかと思うんです。舞台俳優なら、舞台の上で死ぬとかね。そんな思いもあり、今回は病床のシーンを撮影しながら「ああ、このまま死ぬのもいいかな」なんて思っていました。その時点で、大事なシーンは撮り終えていましたしね(笑)。
 俳優としてではなく、客観的に見た理想の死は、いい仕事を終えた後、2週間ほどその仕事についていろいろな人と話しながら、別れを告げていくのがベスト。そう思うと草若もある意味では幸せかもしれないですね。“いろんな人と別れる時間を与えられて過ごしていく”というのは、とってもいい形だなって思いますね。

---草若が弟子たちに残したいものとは?

やはり落語でしょうね。でも、そう言いながら僕自身は、本当にそうなのかな?という思いもあるんです。もし自分が草若だったら、死ぬときに「徒然亭の落語を守っていってくれ」と言うのかなって。それよりも弟子たちの今後を心配する方にウエイトがいくと思うんですよ。特に小草若に関しては父親ですから「早く一人前になんなきゃ困るな」と、きっと考えてしまいますね。
 草若の死は突然だし、早すぎるようにも感じます。その分、残していく人たちを心配する思いも深いかもしれない。でも、師匠が弟子より先に死ぬのも、親が子より先に死ぬのも、これはしょうがないこと。もし寿命が5年延びても、彼らを心配する気持ちはなくならないでしょう。それは、ずっと続くものなんですよ。

---上方落語の名人を演じていががでしたか。

俳優というのは、ものすごく細かいことを突っついて役を作り上げていくものなんですよ。極力うそのないように、誇張がないようにってね。落語の世界はその正反対!だから「愛宕山」を稽古(けいこ)していたころは、「ひばりがピーチクパーチクじゃなくてチュンチュンと鳴くのはおかしいだろう」って思ったりして(苦笑)。当初はその辺の戸惑いがきつかったですね。
 徐々に分かったことですが、落語においては、そういう細かなことはどうでもいいことなんですよ。どっぷりと浸り込んで楽しまないと、落語の世界は成立しませんから。今回、「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」にあたって、その辺が多少吹っ切れたかなと思っています。未だに「もうちょっとオーバーに演じてください」という注文は受けますけどね(笑)。

---弟子役のみなさんへの思いは?

弟子を演じる5人とは、疑似師弟関係みたいなものができていました。女優さんと男優さんが恋人役をやると疑似恋愛が成立して結婚するパターンがあるでしょう。それに近いかな。
 それぞれに優秀で個性的、体温が高くて面白いヤツらが各方面から集まっていて、お互いに信頼関係や尊敬し合う面もあったようです。それが弟子間の芝居にもいい影響していると感じましたね。いい5人を集めてくれたと思います。
 貫地谷(しほり)は、弟子というよりもライバル(笑)。方言、落語、三味線といったハードルを軽々とクリアするんですよ。それはもう腹が立つぐらいに(苦笑)。(桂)吉弥はプロですから落語については言うまでもありません。サービス精神の過剰なところはありましたが、そこは若さかな。ふだんは人の動きや目線を現場で一生懸命見ている。とても気の付くマジメなヤツでしたね 。青木(崇高)はどっぷり正面で勝負するタイプ。「不器用なもんほどぎょうさん稽古する。ぎょうさん稽古したもんが誰よりも上手なるんや」というセリフ。それがそのまま彼の座右の銘になっているんじゃないかな。自分が不器用だと分かっているから「努力するしかない」と思ってるんでしょうね。茂山(宗彦)からは伝統芸能が持っている力を感じました。座り方からしてもう違う。落語やらせてもうまいしね。小草若とは違って何も心配するところはありません(笑)。加藤(虎ノ介)は一生懸命落語に取り組んでいました。茂山と同じで「もっと落語をうまくできるのに」ってじれったいような気持ちだったみたいですがね。
 今回のように長く作品に携わり、たった1本の役を抱えて半年を過ごすというのは、俳優にとっては至福の経験でした。もちろん負荷の多い仕事ではありますが、弟子を演じた5人にとってもすごく幸せなことなのではないでしょうか。そしてまた、この経験は必ず俳優としての成長にもつながると思います。だから、この作品が終わった後の彼らがどういう活躍をするのかがとても楽しみですね。そしていつかまた、彼らとどこかで共演できたらいいなと思っています。
 しかし、僕のいない後の現場、誰が仕切るのかなあ。まあ、連合艦隊で何とかやっていくでしょう(笑)。

---今後のドラマとのつきあい方は?

草若は落語の名人でしたから、僕にとってはとても負荷のかかる役でした。その分、現場で出るアドレナリンの量がすごかった。のんべんだらりとやっているよりは、自分のなかで「しんどいな」と思う方が活力になっているんでしょう。僕自身もそういった役を演じているときの方がいいと感じますしね。その反動でしょうか、クランクアップを迎えて「(負荷から)解放された」という感覚が強くありました。やり終えてスッキリした感じさえあったんです。だから、役を終えた時点で僕のなかの『ちりとてちん』は完全に終了!草若がいなくなった後の台本を見たときはちょっと嫌でしたが、これからは出演者ではなく一人の視聴者として番組を楽しませてもらうつもりでいます。例えば草若という名を襲名するのは誰で、その経緯はどうなるんだろうとか…。気になる部分がまだまだたくさんありますから(笑)。

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